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泣き虫魔法少年アーサーと白猫ノーラの奇妙で憂鬱な冒険  作者: ヨシオカセイジュ


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MI6 part1

 その石造りの建物はロンドン市内を流れるテムズ川近くに建ち、一見何の変哲もない古いビルの一つにしか見えなかった。

 だがその内部は地上三階、地下四階に渡り改築を繰り返し、強固な警備と最新鋭の設備を備えたMI6の本部として、日夜ヨーロッパをはじめとする世界情勢の情報の収集や分析、武器開発が行われていた。


「だからボス、理由を説明してくれませんかね」

 ヘンリーは徹夜明けの疲れた顔で、ビルの二階にある上司のエドガー・マクファーソンのオフィスで説明を求めていた。

「何度も言わせるな、ヘンリー。簡単なことだ。こんなおとぎ話のような報告書で、誰が予算と人員を割くと思うんだ?俺たちにはやらなければいけない仕事が山のようにあるんだぞ」

 マクファーソンは薄くなってきている頭を片手でさすり、もう片方の手でヘンリーの書き上げた分厚いレポートを突き返した。

 先の大戦では最前線で多くの武勲を挙げ、たとえ上官相手でも理不尽な命令には真っ向から異議を唱えた“恐れ知らずのエド”の鋭い眼光はいささかも衰えることなく、ヘンリーを見据えている。


「確かにおとぎ話のようで、馬鹿げているとは思いますよ。でもね、俺は見たんですよ、あの女を」

 ヘンリーはその射竦めるような視線から目をそらす事なく、顔を近づけると、ひときわ力を込めて話し出した。

「あれは我々が追いかけていた、ナチのヒトラーと共に行動している“黒い服の女”で間違いありません。ウォルズリー家の後継問題に、ドイツが関わっている証拠です!」

「ヘンリー、もういい」

「昨年、課員のアダムがベルリンのホテルで謎の死を遂げた事件、あれだってあの女が関わっているとしたら説明がつくんです。だからボス、もう一度本格的な調査をー」

「ヘンリー!おまえは俺の命令が聞けないと言うのか!」


 二人の声が大きくなりかけたその時、ドアが小さなノックとともに開き、黒髪をお団子状にまとめた黒縁メガネの秘書が顔を出した。

「何の用だシャーリーン。悪いが今は取り込み中だ」

「あら、それは失礼。久しぶりにいい豆が手に入りましたので、お二人ともいかがですか?」

 シャーリーンと呼ばれた秘書は、絶妙のタイミングで熱いコーヒーが注がれた二つのマグカップを運んでくると、一礼してオフィスを出る際にヘンリーに向かって唇の動きで『レ・イ・セ・イ・ニ』と告げ、小さくウインクをして出ていった。


 二人は一旦沈黙すると、コーヒーに手を伸ばした。

 マクファーソンはデスクに座るとタバコに火をつけ、深く吸い込んだ。

 ヘンリーはコーヒーをゆっくりと味わい、一呼吸置いてから話を再開した。

「ボス、それだけじゃあないんです。報告書にも書きましたが、昨夜、俺たちを襲ってきた化け物。あんなものを自由に操るなんて、あの女は人間じゃない。怪物ですよ」

 マクファーソンは沈黙を守っている。

「この件は、ウォルズリー家の単なる相続問題でもないし、ドイツの内政干渉といった問題でもない。もっと根本的にヤバい事件の可能性があるんです」


「もういいヘンリー。そこまでだ」

 タバコをもみ消すと、マクファーソンはヘンリーの話を遮った。

「おまえはもう、この件から手を引け」

「はあ?何ですって?待ってくださいよ、あの家に家庭教師として潜り込むのを提案した時に賛成してくれたのはボスじゃないですか」

「ヘンリー。この件はもう、終わりなんだ」

「そんな…上からの命令ですか?しかし、おかしいじゃないですか!我々にこの件の調査を依頼してきたのは政府の方からでしょう?」

「おまえが考えることじゃあない。終わりと言ったら終わりなんだ」


 怒りで言葉が詰まったヘンリーは、オフィスのフロア中に書類をぶちまけると部屋を出て行こうとする。

「ヘンリー!どこへ行く!」

「俺は、俺のやり方で調査を続けさせてもらいますよ。このまま手をこまねいているわけにはいきませんから」

 ヘンリーの頭に、モーターサイクルに夢中になっているアーサーの顔が浮かんだ。

『…あの子を、不幸な目に合わせるわけにはいかない』


「待て、ヘンリー。最後に一つだけ言っておく」

 マクファーソンはあたりを窺うように、声を潜めて話し出した。

「ドイツ政府からは昨年からの我々の調査に関して、強硬な抗議が入っている。今の内閣は、ドイツと揉め事を起こしたくはないんだ。

 それだけじゃない。全くの別ルートでイタリア政府からの中止要請も入っている」

「イタリア……?何でイタリアが?」

「それはわからん。だが、くれぐれも用心しろ。この件は、おまえが想像する以上に厄介な案件なんだ」


 ボスのオフィスを出てからもヘンリーは繰り返しずっと考え続けていた。

「ドイツだけじゃあなく、イタリアまで……。一体、どういう事なんだ?」


「とりあえず、できる事はやっておかないとな」

 ヘンリーは地下へと続く階段のドアを開けた。

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