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泣き虫魔法少年アーサーと白猫ノーラの奇妙で憂鬱な冒険  作者: ヨシオカセイジュ


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黒服の女

 アーサーはその女性の視線から逃れようと、いぶかしげなヘンリーの腕を抱え込むようにして引っ張ると、廊下を後ずさりして自分の部屋へと戻って行った。


 黒い服の女は、アーサーが逃げるようにその場を離れたのを確認すると、ルーパスにしか聞き取れないほどの小さな声で何ごとかをそっと囁いた。

「……ルーパス様」

 レスターに対して猛り狂っていたルーパスの表情に、邪悪な笑みが浮かんだ。

「ほう……。そうか、それは面白そうだな」


 ルーパスは突如、「皆の者、帰るぞ!」とマントを翻して玄関の方へ大股で歩き出したが、途中でピタリと立ち止まるとレスターの方に顔を向け、嘲るように叫んだ。

「おい、レスター!貴様も大変だな。何かと守るものが増えて。ハッハッハッ!」

 高笑いとともに配下を連れて立ち去るその後ろ姿を、レスターは微動だにせずじっと見送っていた。


 廊下を小走りに、アーサーは一目散に自分の部屋に駆け込むと大慌てで鍵をかけた。

 ガチャ、ガチャ、ガチャ。

 鍵がちゃんとかかっているのを何度も確認すると、力が抜けたように床に座り込んでしまった。

 気がつくと、手のひらにじっとりと汗が滲んでいて、まだ体の震えが止まらない。


『あれは……あの人は、一体何なんだ?あの気配、あんな感覚は今まで一度も味わったことがない……』


 アーサーは今までの人生の中で、あれに一番近い感覚を一度だけ体験したことがあるのを思い出した。

 それはまだうんと小さい頃、ひとりで海で泳いでいて、どこまで潜れるかやってみた時だ。


『潜っていくにつれ、水温が急激に下がり、それと共に海の青さが突然深くなって、自分が知っている海とは全く違う表情を見せた時だ……。

 油断をしていたらどこまでも果てしなく深く、光の届かない暗い世界へ引き摺り込まれそうな得体の知れない怖さに襲われ慌てて水面まで必死に泳いだんだっけ』


『でも……あの女の人は、それとは違う。ものすごく純粋な、無駄なものをすべて省いた、恐怖そのものだ』


 そんなことを考えていたアーサーにヘンリーが声をかけた。

「アーサー君、一体どうしたんだい?そんなに慌てて」

「い、いえ、別に、そんな」

「まるで人ならざるもの、怪物でも見たようだよ?」

『ヘンリー先生は気づかなかったのだろうか。あの、尋常じゃない、異様な気配が』

「ルーパスさんの隣にいたあの女性がそんなに気になるのかい?」

「……じゃあ先生も、あの女の人から何か感じたんですか?」

「いや、僕にはそういうのはわからないよ。君たち一族のように魔法が使えるわけじゃないからね」

 ヘンリーは意味深に微笑んだ。


「え、それは」

『なんでこの人が、そんなことを知っているんだ?ママやノーラの話では、一族だけの秘密のはずなのに。この人、ただの家庭教師じゃなかったの?』


 いぶかしげな反応を楽しむようなヘンリーだったが、急に真面目な顔つきになると、低い声でアーサーに語りかけた。


「アーサー君。これは家庭教師の先生というよりは、年上の友人からの忠告だ。君は今すぐここから離れたほうがいい」

 アーサーは、言葉に詰まった。

「後継者選びとか、一族の事情なんて考えなくていいから、すぐに日本に帰るんだ。」

「……なんで、なんでそんな事を言うんですか?」

「それはね……」


 ヘンリーが話し出そうとしたとき、ドアがガチャガチャと音を立てた。


 思わず息を飲むアーサーに対して、ヘンリーはドアの方から視線を離さないまま、持参していた鞄に手をかけた。


「アーサー様、ぼっちゃま!もう大丈夫です!」


 メイドのフローレンスの声だった。


「フローレンスさん?」


 アーサーがドアを開けようとするのを制止して、ヘンリーがのぞき穴から外を確認すると、鞄から手を離しゆっくりとドアを開けた。


「アーサー様、もう大丈夫です。ご苦労様でした!」

 フローレンスの顔に笑顔が戻っていた。

「決してドアを開けていませんよね?」

「え、ええ、もちろん」

「大丈夫ですよ、ちゃんと守っていましたよ」

 ヘンリーが微笑みながら助け舟を出す。


 改めてフローレンスがホッとした表情を見せた。

「それはよろしゅうございました。最近のルーパス様は何だかおっかないから、極力近づかない様にとレスター様からきつく言われていますから」

「そうなんですか……」

「お騒がせしたお詫びと言ってはなんですが、今晩のディナーは料理長が腕をふるうと言っておりました!デザートも特別に大盛りにする様に私の方から伝えておきますから!」


「やったな、アーサー君」

 ヘンリーがポンっとアーサーの肩を叩く。


「先生も、ぜひお召し上がりになってくださいな」

 フローレンスがニコニコと語りかけるが、ヘンリーは残念そうに肩をすくめる。

「それはうれしいお誘いなんですが、残念なことに今晩はどうしても抜けられない用事がありまして」

「あらあらまあ、それは残念なこと」

「お食事はまたの機会ということで、お楽しみは今度にとっておきます。それでは、そろそろ失礼します」

 ヘンリーは軽く頭をさげると、鞄を持ち出て行こうとしたが、立ち止まり振り返った。


「それじゃあアーサー君、さっきの話、約束だよ?」

 軽くウインクをすると、鼻歌を歌いながら部屋を後にした。

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