第四話「昼食」
四人は、少し遅めの昼食をとっていた。
場所はいつもどおりのミーティング・ルーム。いつもどおりの弁当であった。弁当の内容こそ毎回変わるものの、一日三回、この二週間繰り返されてきた光景である。四人の運動量を考慮してか、弁当の中身は大量で、しかも二個多い六個が支給されていた。訓練当初は、極度の疲労で食事が喉を通らないようなこともあったが、食事を摂らずに続けられるような訓練ではなかったし、慣れもあり、今では四人とも残すようなことはなくなっていた。シンやボーイに至っては、余る二個の弁当まで、二人で分けて食べていた。
ミーティング・ルームと、重力制御室、その更衣室。そしてシミュレーション・ルームと、各自の寝室。これらが、この二週間における四人の生活空間のほとんどであった。半ば孤立した区域らしく、各部屋の往来においても、他の人間に会うことはほとんどなかった。外部の人間といえば、弁当の配達人くらいしか見ない、そんな生活が続いていた。
「よく、そんなに食べますわね」
ナチアが、侮蔑の眼差しをボーイに送る。
眼前では、ボーイが自分の分の弁当を食べ終え、余った一個の弁当に手を出すところであった。シンの隣にボーイが座り、二人の前にユーキとナチアは座っている。
「体がでかいからな、当然の選択だ」
ボーイに悪びれた様子はない。新しい弁当を開け、その半分ほどを、空いた弁当へと入れる。残った二分の一をシンに渡し、最後のもう一つは自分の物として確保する。
「それとも、おまえも欲しいのか?」
ナチアは、ようやく三分の二を食べ終えたところである。
「誰が、いるものですか」
ふいっ、と横を向く。
事実、計ったような弁当の量にナチアは満足している。これはユーキも同様であるが、味に対する満足感は、ユーキとナチアで大きく違っていた。
「これ以上食べたら、太っちゃうもんね」
ユーキが可笑しそうにナチアを見る。筋肉がついただの引き締めたいだの、二人の部屋でナチアはユーキに漏らしていた。
「ほう、ダイエットしてんのか、ナチア?」
「あなたには関係ないですわ」
ボーイがナチアの体を眺め、ナチアは横目でユーキを睨む。
余計なこと、言わないでくださいません。
視線で訴える。
それを受け、ユーキは少し体を縮める仕種をする。
ダイエットなんて、必要ないと思うがな。
ボーイはナチアを見て思うが、あえて言葉にはしない。こういった場合の男女間の違い、或いは主観と客観の違いの大きさは、ボーイも分かっているつもりであった。
「でも、いつまで続くのかしらね、この訓練…」
ユーキが話題を変えた。
カリキュラムの数は落ち着きをみせたものの、訓練そのものは一向に終了する気配がなかった。
「さあ、なあ…」
几帳面に取り分けた弁当に顔を寄せながらボーイが答える。
「そろそろお休み、ほしいですわね」
ナチアが溜め息をつく。
「休暇がとれたら、なにをする?」
場が暗くならないよう、ユーキが明るく声を出す。
「そうですわねぇ…」
「そうだなぁ…」
ナチアとボーイが考えはじめる。
「ショッピングでも、したいところですけど…」
「ガール・ハントでも、したいところだが…」
ナチアとボーイの、視線がぶつかる。
なにを馬鹿なことを。
相手に対して同じことを考えるが、口に出さない。
「ゆっくり、休みたいですわね」
「ま、そんなところだな」
再び、ナチアとボーイの視線がぶつかる。
どうして真似なさるの?
仕方ねぇだろ、同じだったんだから。
傍で見ているユーキにも、ナチアとボーイの心の声が聞こえる気がした。この二人は、最近とても仲がいい。そんなことを言うとナチアが怒るかもしれないが、ユーキはそう感じている。
「ユーキは、どうなんだ?」
ボーイが振り、ユーキは肩をすくめる。
この、肩をすくめるという動作は、もともとボーイ一人の癖だったのであるが、いつのまにかチームの中に浸透していた。真似をしないのはナチアだけである。ボーイがやると何気ない行為であるが、ユーキがこれをやると、場の雰囲気を変えてしまう効果があった。
犯罪に近いな。ボーイはそう思っている。
「わたしも、二人と同じね。ゆっくり休みたいかな」
笑顔で答えるユーキに、ボーイは肩をすくめる。ユーキと違って、可愛らしさは欠片もない。
「なんだ、つまらんな」
「ボーイが疲れるくらいだもの、わたしだって疲れます」
もっともな意見である。
「シンは、どうなの?」
ユーキがシンに声をかける。
当初は、リン少尉、と呼んでいたが、シン自身の意向により、ユーキもファースト・ネームで呼ぶようになった。やはりナチアのみが、階級で呼んでいる。
「俺の意見はともかく。お前達がせっかくの休日を寝て過ごすとは…」
「思えない、か?」
シンの言葉を、ボーイが継ぐ。
「ふふ。そうかもね」
「だな。確かに」
「なにか失礼ですわ」
二人は同意し、一人は反発する。
「しっかし、真面目な話、そろそろ目的くらいは、はっきりしてもらいたいもんだ」
ボーイのぼやきに、ユーキが頷く。
「目標ないと、やる気、だしづらいですよね」
「それにしちゃ、よくやってるけどな。…おまえ達」
最後の弁当を広げながら、ユーキと、ナチアを見る。
ボーイ以外の三人も食べ終える頃で、一息をついた。
「わたし達、ですか?」
「正直、すげえと思うぜ。こんだけの訓練、軍の男連中でも、普通はついてこれねえよ…」
他の二人は傍観を決めた様子で、会話はボーイとユーキで続いていく。
「体力だけは、自信あります」
「だけじゃねーだろ、だけ、じゃあ。白兵戦に艦艇戦、サイバー・ファイトに戦術戦略、政治に経済、医学薬学心理学…、追い込まれて、脳内にデータぶちこまれて、てーかほんとに、何をやらせたいんだ? 教官様は?」
「前線勤務、は、ないですよね…」
少しだけ残念そうなユーキである。
「ユーキも、自分の年齢わかってるだろ? ありえねーな。実戦部隊は十八以上だ」
「ですよね…。でも、それ以外で、こんな訓練、必要なんですか?」
「可能性は二つだな。おまえ達が十八になるまで、これが続く。または、年齢度外視の極秘任務か何か…」
「あと何年も続くのは、ちょっと…。でも、極秘任務は、かっこいいですね」
「嬉しそうなのはいーけどよ。結局は、非合法の部隊だ。いいことなんかないぞ。ドロドロの汚れ仕事だ」
「そうですか…」
肩を落とすユーキから、ボーイはもう一人の少女へと、視線を動かす。
「いずれにしても、事情を知ってるやつがいる筈なんだけど、な」
ボーイにつられて、ユーキもナチアを見る。
「…なんですの、その目は? 知りませんわよ」
「おれは三十二、シンは十九」
「十九歳で、少尉ですの?」
「普通はありえねえ。おれも驚いた。だが、今、大事なのはそこじゃない」
大きな両手を、大きく広げる。
「おまえは、いくつなんだ?」
ボーイの問いに、ナチアは嫌悪の顔になる。
「女に年齢を聞くなど…、ソルのマナーは、相変わらず最低ですわね」
「任務に関係するかもしれないから、聞いてんだ。軍の中じゃあ、当然の会話だ。ガキのくせに、レディ気取るんじゃねえ」
僅かな睨み合いのあと、ナチアが折れた。
「十六ですわ。残念ですわね。あと、二年足りませんわ」
「くそ。わけーな。じゃあ、おれ達は、二年後の実戦配備に向けて、訓練してんだな?」
ナチアは首を振る。
「知らない、と言いましたわよ」
「嘘つけ。クラーギナの娘が何も知らずに、こんな超過労働するわけねーだろ」
「待遇に不満があるなら、しかるべき窓口に相談したらどうですの」
「ふざけんな。チーム・メイト同士、そろそろ、ぶっちゃけたらどーだ」
「くどいですわね」
「ちっ。可愛げのない女だな」
「ふん」
「まあまあ、二人とも…」
ユーキが仲裁しかけた時、ミーティング・ルームに電子音が響いた。
一同が顔をまわすと、スクリーンの横に設置されたインター・ホンが着信音を鳴らしていた。
四人は顔を見合わす。インター・ホンの存在は知っていたが、この二週間で使用したことはなかった。
ユーキが立ち上がり、初めて聞く音を鳴らすインター・ホンに向って僅かの距離を歩く。残りの三人は、黒髪の少女が受話器を取って話す姿に注目した。
短い会話のあと、首を傾けてユーキが三人に問いかける。
「教官からだけど、各自、好きな色はあるか、って」
ボーイとナチアが目をあわす。シンは無表情のまま、
「黒」
と答えた。
「おれは青だな。晴れた日の空もよし、透きとおる海もよし、だ」
「ゴールドですわ」
ユーキが受話器越しに、仲間達の答えを伝える。
「色なんか聞いて、どーすんだ?」
「知りませんわよ」
背後の会話は、ヘレンにも届いていたかもしれない。
「わたしは、桜色…。そうです、薄いピンクが好きです」
最後にユーキ自身の好みを伝える。
その後、短いやり取りを交わしてから、インター・ホンを切って振り返る。
喜びと当惑が半分ずつ。そんな表情を浮かべている。
「どうした?」
三人を代表して、シンが尋ねる。
多少つっかえながら、ユーキが答える。
「今日これからと、明日…」
三人の意識が、次の言葉に集中する。
「訓練は、お休みだって…」
言い終えるユーキ。
しばらくの間をおいて、全員の顔が緩む。
「よっしゃーあっ」
叫んだのは、ボーイであった。
<次回予告>
翌日。
街は、人で溢れ返っていた。
ユーキが声をあげ、ボーイも息を飲んだ。
その隣には、当然のように、シンとナチアがいる。四人はこの時、Bブロックの大通りに来ていた。
次回マーベリック
第一章 第五話「休日」
「問題ない。下がっていろ」