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第三話「訓練」

 ヘレンの訓練は、熾烈を極めた。

 ミーティング・ルームでの挨拶がすんだ一時間後には、シン達四人は、無重力ルームでの動作訓練をさせられていた。

 簡単な動作確認から、あっという間にレベルが上がり、三十分後には、実戦さながらの模擬戦が繰り広げられていた。

 その後の訓練も同様の展開をみせ、日を追うごとに、その量と厳しさが追加されていった。

 二日目には光子・重力子工学の講習と戦闘機のシミュレータ訓練が加わり、三日目にはワープ理論の講義と有重力下の白兵戦闘の訓練が加わった。

 期限も目的も不明のまま、訓練は進行していく。

 四日目に遺伝子工学の講義と射撃の訓練が、五日目には連邦各国の歴史並びに諸データの学習と駆逐艦のシミュレータ訓練が追加された。

 この頃のヘレンを含めた五人の睡眠時間は四時間を切り、ボーイといえども、余計なことなど考えられないようになっていた。食事の時間と、実技訓練前後の着替えの時間だけが、休息の時間となっており、一同の疲労は極限に近づいていった。

 そのような状況下でもカリキュラムは増え続け、その増加に落ち着きが見えたのは、初日の模擬戦から、十日も経過した頃であった。

 四人の力を的確に見抜き、講義や訓練を課していくヘレンの教官としての能力は、驚異的であった。そして、それらをこなしていく四人の知力や体力、精神力もまた、凄まじいものがあった。

 常人。

 そう呼ばれるべき人物は、誰一人としていなかったのである。

 各々に得手はあるものの、あらゆる分野において、高すぎるほどの成績を四人は収めた。

 ボーイは白兵戦闘と機械工学に長け、ユーキは剣術と火器管制能力に秀でていた。ナチアは軍事民事を問わず、あらゆる分野で隙のない才能を示した。そしてシンは、軍事に関しては、そんなナチアをも凌駕した。訓練の中、最も多くのトップ・レコードを刻んだのは、シンである。ボーイやユーキは素直に感嘆したが、結果としてナチアには、化け物扱いされるようになった。

 そうして、二週間も過ぎる頃には、ビーム・ソードを振り回しながら、互いに軽口を叩き合えるようになっていたのである。

 最高の頭脳と、最強の戦闘能力。それらを兼ね備えた、ひと握りの集団。

 史上最強の特殊部隊が、生み出されようとしていた。


「少しは、手加減したらどうですのっ!」

 ナチアのビーム・ソードが、横殴りにボーイを襲う。

「そんな必要、どこにあるっ?」

 かろうじて身を捻り、剣先をよける。

 ビーム・ソードのエネルギーは抑えられているものの、当たれば、しばらくは動けなくなる。何よりも、相手に負けたくない、という気持ちが両者にはある。

「か弱いものに、失礼ですわっ!」

「誰がか弱いんだ、誰がっ!」

 叫ぶボーイを、少女のビーム・ソードが追う。

 ボーイの眼前、ヘルメットの数センチ前方の空間が、二つに切り裂かれる。

 二人の体は低重力のトレーニング・ルームの中ほどに浮かんでおり、動くためには、戦闘服に取り付けられたブースターの力を借りなければならない。

 つい先ほどまで、二人は床に接していたのであるが、隙をみて、ナチアがボーイを空中に投げ飛ばしたのである。ブーツの裏側が接していれば、床に固定することができる。だがその場合、互いの体格差が比較的ストレートにでてしまう。空中ならば、条件は互角になる。否、質量の小さいナチアが、スピード的により有利になるのである。

 ああ、もう。サンダー・ナックルが使えれば、決着がついてましたのにっ…。

 ナチアは悔しくてならない。もしそれを使用していれば、先ほど懐に入った時点で、決定的ダメージを与えられたのである。しかしながら、今はビーム・ソードでの模擬戦である。ナチアはサンダー・ナックルを、ボーイはヒート・ナックルを、それぞれ装着しているが、使用は禁止されている。

 少女は気持ちを切り替える。

 ナチアが本郷流柔術の免許皆伝者であることは、すでにボーイも知っている。サンダー・ナックルを駆使するナチアを、そう簡単に懐に入れはしないだろう。

 過ぎたことを悔やむよりは、有利に運んだ現状をどう活用するかが、重要な筈であった。

「やられておしまいなさいっ!」

 鋭さを増すナチアのビーム・ソードが、ボーイに襲いかかっていった。


 ナチアとボーイが空中で戦っている頃、ユーキは、シンと向かい合っていた。

 二人の足は床に接しており、一応の安定を保っている。

 模擬戦開始から数分。高速で動きまわる別の二人とは対照的に、ユーキは、動かないシンから一定の間合いを崩さなかった。

 何もしなかったというより、何もできなかった。

 ユーキの額を、一筋の汗が流れ落ちる。目のすぐ横を通り、頬へと流れる。ヘルメットを着けている以上、直接は汗を拭えない。

 くっ。

 攻め込めない。踏み込めない。

 焦りだけがユーキの中で増大していく。隙がないわけではない。青眼に構えるユーキに対し、シンは構えすらとっていない。男のビーム・ソードは、足下に剣先を向けたまま、微動だにしていない。

 体勢的には、隙だらけである。

 だが。

 攻め込めば、やられる。ユーキにはそれが分かっていた。他の時ならばいざ知らず、剣を持った相手の力を推し量ることはできる。いくら頭でシミュレートしても、浮かぶのは、自分の敗北した姿だけであった。

「どうした、こないのか?」

 シンの声が、ユーキを現実に引き戻す。

 しまった。

 現実を離れて、シミュレートを繰り返していた自分が情けなかった。

「四海剣塾・塾長代理の、名が泣くぞ」

 シンらしからぬ挑発であった。

 かかってこい、と言っている。

 そう、ユーキは理解した。

 胸を貸してやる、などと言われるよりは、気が楽である。

「…いきます」

 静かに宣言し、気を整える。瞳の輝きが増し、剣先が僅かに揺れる。

 連邦軍に正式採用されたほどの実戦剣法、四海剣術。それを十五で極めた天才少女。

 ミナヅキ・ユーキの、渾身の一撃が繰り出されようとしていた。


 くるり。

 ナチアの一撃を、ボーイは器用に躱した。

 大きな体を丸め、あろうことか、ナチアの懐へと入り込んだ。

「いっ! …てぇええええ!」

 赤い閃光に弾かれ、声を上げる。「なにしやがるっ!」

 僅かに痙攣する半身を押さえながら、少女を睨みつける。

「あらあら。惜しかったですわね」

 ナチアが軽く両手を広げる。装着したサンダー・ナックルから、残光が消えていく。

「あと少しで、勝てたかも知れませんでしたのに」

 笑みさえ浮かべ、悪びれる様子もない。

「ふざけんなっ。おまえの負けだ! サンダー・ナックルは禁止っ。今はビーム・ソードの訓練だろうがっ!」

「勝負に負けたが、ルールでは勝ったと?」

 穏やかな重力が、二人の体をゆっくりと下方へと誘う。

「実戦でも、同じことが言えたらいいですわね」

「実戦じゃないから、制限ありでやってんだ。ちったあ感謝しろっ」

「感謝の強制など、人格が疑われますわよ」

 空中で、少女の懐に入り込んだボーイ。

 即座に、サンダー・ナックルで迎撃したナチア。

 前者は奇策で、後者は反則。いずれにしても、相応の実力がなければ成しえない。

「まったく。おまえの負けず嫌いにも困ったもんだ…。そりゃあ、今回気絶したら、三回目だもんな。おれに抱かれるのは?」

「だれが、いつ、あなたに抱かれたのです?」

 責める方向を変えてきたボーイに、ナチアは露骨に嫌な表情となった。

「おいおい、忘れたわけじゃあ、ないだろう。訓練に疲れ、部屋の前で力尽きたおまえを、ベッドまで運んでやった愛しい青年のことを」

 訓練が始まって一週間の間に、ナチアは疲労困憊して、二度ほど、自分の部屋に辿り着く前に眠りに落ちた。

 目覚めた時は、記憶がないだけで、自分でベッドに入ったのだろうと考えた。

「偉そうに言わないでほしいですわ。運んだのはリン少尉だと、ユーキから聞きましたわよ」

 確かにそれが真実ではあったが、望ましい内容でもない。

 ちなみに、その時ベッドに寝かせ、ナチアの宇宙服を着替えさせたのは、ユーキであった。個室を与えられず、ユーキと同室であることを嫌がっていたナチアであったが、以降、文句は言わないようになっていた。

「あれぇ、そうだったっけなぁ?」

 首を捻りながら、ナチアが反論する前に話題を転換する。

「おや、あっちも決着がつくようだな」

 少し離れた、シンとユーキの方を見る。

「まったく、わざとらしいったら、ありませんわね」

 そう言いながら、ナチアも視線を向ける。

 すでにナチアとボーイの体は、あと少しで床に接するところまで降下しており、その数メートル先で、もう一組の模擬戦が終わろうとしていた。


 ユーキの手元から、ビーム・ソードが弾き飛ばされた。

 よく、もったな。

 率直な、それがユーキの感想であった。

 渾身の一撃を受け流され、続く攻撃も止められ、それ以降、ずっと受け身の立場であった。

 時間にして、約二分。

 シンの猛攻を凌ぎ、耐え、そして剣を失った。

 剣を失っても、さらに体を動かしたのは、半ば無意識の行動であった。

 最後の瞬間まで勝機はある。

 四海剣塾の教示のひとつであり、自らが、塾長代理として、門下生に伝えてきたことであった。長年接してきた教えが、ユーキの体を突き動かした。

 剣を飛ばされた体勢から体を丸め、右足を軸に回転する。左足を床に平行に突き出し、低空の後ろ廻し蹴りを放つ。高速で。流れるように。

 当たる寸前、縮めた体をバネのように解き放つ。左足は超高速で軌道を変え、シンの脇腹へと吸い込まれる。

 決まった。

 そう確信した。

 躱せはしない。いかな強者であっても。

 だが、直撃を確信した蹴りは宙を切り、ユーキはバランスを崩した。

 眼前に、シンが現われる。

 軌道を変えた廻し蹴りを、かがみながら、よけた。よけて、逆に少女の軸足を刈った。

 ユーキがそう理解したのは、ヘルメットに拳が突きつけられた時である。

 拳にはビーム・ソードの柄が握られており、床面に平行に青白い光を放っていた。

「ま…いり…ました…」

 ユーキのかすれた声が届き、シンが拳を引いた。

 完敗であった。

 ユーキの腰から、力が抜けた。

 低重力下では、力を抜いたくらいで倒れはしない。足が床から離れ、ゆっくりと座り込む形となる。

「大丈夫か?」

「はい…」

 返事をする、声がかすれる。

 目の前では、ビーム・ソードのエネルギーを切って、腰にしまう男の姿がある。

「いい太刀さばきだった」

 シンが世辞を言わないことを、すでにユーキは知っている。事実なのであろう。

「はい」

 故に、負けた悔しさも大きい。

「攻守ともによかったが、最後の廻し蹴りが一番だな。ひやっとさせられた」

 ユーキ自身、そう思う。あと一歩だった、と。

「それが何故、最後に諦めた?」

 シンが、淡々と語る。

 ユーキには、意味が分からない。

「勝ったと思った敵が、油断することもあるだろう。相手が女、子供であればなおさらだ。勝敗条件は、ビーム・ソードの接触の筈だ」

 ここまで聞いて、ユーキにも理解ができた。

 ユーキはいまだ意識を保ち、「敵」は眼前にいる。

 最後の瞬間まで勝機はある。

 教えが、再びユーキの体を突き動かす。

「はいっ!」

 言うなり、手刀を繰り出す。

 一直線にシンの鳩尾を狙う。

 今度こそ、当たった。

 しかし視界は反転し、白色に染まった。

 そう、それでいい。

 満足そうなシンの声を、聞いたような気がした。

<次回予告>


 四人は、少し遅めの昼食をとっていた。

 場所はいつもどおりのミーティング・ルーム。いつもどおりの弁当であった。


次回マーベリック

第一章 第四話「昼食」


「わたしは、桜色…。そうです、薄いピンクが好きです」

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