第二話「招集」
「じゃあ、な」
ボーイが笑顔で、右手を差し出す。
「ああ」
シンが答えて、握手を交わす。
惑星グリューンの衛星軌道上、人工衛星・ヘブンの宇宙港ゲートを出た所である。その内部は重力制御もいき届いており、有人惑星上と大差のない環境が作りだされていた。グリューン本土を目指す人間は、ここで別のゲートをくぐりなおし、ヘブン自体が目的地だった人間は、エア・カー等で移動していく。
そうして、多くの乗客がゲートから出て、思い思いの方向へと進んでいく。中には、迎えの者を待ってか、ゲートの近くで佇む人達もおり、シンとボーイが握手を交わしたのも、そんな一角であった。
別れの挨拶を交わしたものの、二人の体は直角に方向を変えたのみで横並びとなり、それ以上動こうとしなかった。
「…おまえも、迎え待ち、か?」
「そんなところだ。ボーイもか?」
「奇遇だな」
多少照れくさそうに、ボーイが肩をすくめる。この仕種がボーイの癖であることを、シンは航行中に覚えていた。
「これならけっこう、すぐに再会できるかも、な」
「かもしれん」
ボーイの言葉に、シンも答える。
すると、ボーイの視線が、シンの肩越しに動いた。
視線を追って、シンも顔の向きを変える。
人ごみの先に、すっかり記憶に焼き付いた顔を見つける。
「あの嬢ちゃんも、迎え待ちのようだな」
満足そうにボーイは頷き、シンは苦笑する。
あまり眠れなかったのだろう。軽く口を押さえながら欠伸をしている。航行中、なぜか少女は座席カプセルのカバーを閉じていなかった。寝不足の原因は、多かれ少なかれ、シン達二人が後方の席で会話していたことと無関係ではあるまい。ボーイの声は時々大きかったし、シンも無理にはとめなかった。年若い少女を不快にさせたことについて、シンは率直に、すまなかったな、と思った。
少女の横には大型のトランクがあり、片手で取っ手を握っていた。そこかしこで見られる光景ではあるが、少女の美しさが、そこだけ一枚の絵画のような雰囲気を作りあげていた。
見とれかけたボーイの視界に、ひとつの影が入ってくる。
シンも気付いて、顔を向ける。
二人の前に、僅かに息を切らした、黒髪の少女が立っていた。黒を基調にした服装は、明らかに連邦軍の制服である。
「まぁ、こちらにいらしたんですね」
呼吸を整えながら、少女がにっこりと微笑む。大きな黒い瞳が、喜びを表わしていた。
シンとボーイは視線を交わした。どうやら少女は、シンとボーイの両方に対して、声をかけている。
「お二人が一緒で助かりました。わたし、ミナヅキ・ユーキ二曹と言います。お二人を迎えにまいりました」
にこやかな表情のまま、少女は敬礼をする。
「あ、ああ…」
ボーイが多少どもりながら敬礼を返す。そんなボーイを横に見ながら、シンも返礼する。口ではなんだかんだ言いながら、異性には弱いボーイであった。しかも、ユーキと名乗った少女は、見る者すべてを惹きつけるような、屈託のない笑顔を浮かべている。体の内側から発している熱量が尋常ではない。生命力の塊のような少女であった。人種のせいか幼くも見えるが、シンには、十代後半と想像がついた。
「どうやら、一緒のようだな」
シンの言葉に、ボーイが肩をすくめる。
「おまえ、軍人じゃないって、言わなかったか?」
「言ってない筈だが」
「まあ、いいけどよ」
「では、案内してもらえるかな」
向き直ったシンの言葉に、ユーキは、困ったような表情を浮かべる。
「すみませんが、もう一人、迎えにきた方がいますので…」
シンとボーイは顔を見合わせた。まさか、という思いが顔に出る。
「あっ。いましたので、少しお待ちくださいね」
シンが頷くのを確認して、少女が小走りに駆け出す。先ほどまで二人が見ていた方向へ。金髪の少女がいる方向へと。
その後ろ姿を見ながら、シンとボーイは言葉を交わす。
「シン」
「なんだ?」
「おれ達、何のために呼び出されたのか、知ってるか?」
「いや、知らん」
「おれは今、知ったぜ」
「何のためだ?」
視線の先には、金髪の少女に話しかける黒髪の少女の姿がある。
「連邦軍主催。美人コンテストの、審査員さ」
ボーイは、真面目な顔で頷いた。
四人はエア・カーで、ヘブン内部を移動していた。
宇宙港のあるAブロックから目的地のDブロックまで、速度制限のあるエア・カーで十分弱の距離である。
ボックス席の前方にユーキ、隣にシン。向かいあう後方座席にボーイと金髪の少女が座っていた。金髪の少女も乗車前に名前だけは分かっており、ナチアスチアといった。
エア・カー上、話し始めたのはユーキである。
「ええと、宇宙港に迎えにいく前に、皆さんのプロフィール・データを拝見させて頂きました。だから、というのも変ですが、わたしから自己紹介をさせて頂きますね」
隣のシンと前の二人を、交互に見ながら話す。エア・カーは自動制御で進んでいく。
「名前はミナヅキ・ユーキ。ユーキと呼んでください。階級は二等軍曹です。これはもう、言いましたね。年齢は十七歳、テラ出身です。士官学校を卒業して、一週間前に、ここに着任しました。専攻は戦術科です」
「十七で卒業って、ずいぶん早いな」
感想をもらしたのは、ボーイである。
「卒業したのは昨年ですから、十六の時ですね。ちょっとスキップさせて頂きました」
「ちょっとじゃねえだろ。ていうか、そういや確か…」
「はい?」
「思い出した。テラ出身のやつが言ってたな。才色兼備の、すげえ女がいるって…」
「テラも広いですから」
「いや、そうだ…、ミナヅキ中将の娘だ」
「父を知ってるんですか?」
「直接会ったことはねえけどな。知らないヤツいないだろ。後方部隊の神様だぜ、あのオッサン」
「はあ…」
「おおっと、悪かった。オッサンじゃねえ。ナイス・ミドルだ」
「ありがとうございます」
くすくす笑いながら、ユーキが答えた。
「父にはずいぶん、反対されました。軍隊だけはやめておけって」
「まあ、そういう家庭もあるだろーな」
この時代、労働は権利であっても、義務ではない。あえて危険のある軍隊を選ぶ以上、反対されても不思議はない。
「でも、後悔はありません。未熟ですけど、みなさん、よろしくお願いしますね」
ユーキが挨拶を終えて、次はシンの番となる。
「シン・スウ・リンだ。カナン出身。階級は少尉だ」
反応を示したのは、やはりボーイであった。
「少尉ぃ? なんだ、士官様か? おまえ…じゃない、リン少尉は」
「呼び捨てで構わん」
「オーライ、シン。どんだけ武勲をあげたんだか…。まさかおまえまで士官学校を出ました、とか言わないよな?」
「ユーキには、すぐに抜かれるだろうな」
士官学校は、その名のとおり、士官育成のための学校である。現時点ではユーキはシンよりも階級が下だが、昇進のスピードが違う。
若干、困ったような表情になるユーキを横に、ボーイが話を進める。
「まあそれは、おれも同じだけどよ。にしても、少尉なら少尉と、最初から言ってほしかったぜ」
「すまんな」
「ずいぶん落ち着いてる…とは、思ったけどよ」
「そうか」
涼しげに答えるその顔は、ボーイの評したとおり、動揺とは無縁と思われた。ユーキよりもさらに深い色の黒髪に、精悍な顔立ち。武人として、身に纏った雰囲気も十分である。欠点を挙げるとすれば、切れ長の目が、見る者に冷たい印象を与えてしまうことだろうか。
これまでに、どのような戦歴を残したのか。いや、それ以前に、どのような人生を送ってきたのか。
聞いてみたかったが、時間が不足した。
「次は、ボーイの番か?」
シンが振り、ボーイは答えるしかなかった。
ひとつ咳払いをして話しはじめる。道行きも半ばを過ぎており、長々と話すつもりはなかった。最後に目玉も控えている。ユーキから聞くこともあった。
「名前はボーイ。ボーイ・ブロス。一応言っておくが、あだ名じゃなくて、本名だ」
シンの時と同様に、断りを入れてから続ける。
「階級はユーキと同じ二曹。ソル系マーズ生まれ。ガキの頃から軍に世話になってる。とゆーか、おれが世話をしてやってる。困ったもんさ。今回は、サバス・バレーから呼び出されて、ここに来たってわけだ」
一気に言ってから、大きな肩をすくめてみせる。「ま、よろしく頼むわ」
笑顔のボーイに、シンも肩をすくめて応え、ユーキは、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
と、頭を下げた。
四人中、三人の自己紹介が終わり、最後の一人の番がきた。ボーイが「最後の目玉」と、心中で評した少女である。
「ナチアスチア・スツーアキシナ・フォン・クラーギナですわ」
三人の視線を受け、ナチアスチアが淀みなく名を告げる。
長い名前であるが、三人が注目したのは、ファミリー・ネームであった。
「階級は二等軍曹、メルトス出身…」
いったん、息を切る。
「皆さまお気付きのとおり、クラーギナ財団の一人娘ですわ」
やっぱり。
声には出さず、三人が頷く。ボーイとユーキは実際に。シンは心の中で。
クラーギナ財団。
内惑星連邦最大の、巨大コンツェルンの名前である。四つの太陽系と、六つの有人惑星。いずれにも拠点を持ち、現存するほぼすべての宇宙ステーションと星間航路に影響力を持つ、史上最大の多恒星経済組織である。連邦全体の三分の一を占めるとまで噂される財力を有し、事実上、二つ目の連邦政府の役割を担っている。その脅威を抑えようと様々な法や制度が組まれたが、財団の膨張を防ぐことはできなかった。特にこの半世紀の財団の発展は顕著で、影では、戦争を長引かせているのはクラーギナ財団だと言う者も出るほどであった。
その巨大財団の一人娘が、三人の目の前にいた。年若くして財団会長の片腕と噂されながらも、ほとんどが謎のベールに包まれていた少女が、である。
「財団のお嬢様が、いったい軍隊に何の用だ?」
ボーイの口調が硬くなるのは仕方のないことかもしれなかった。裏がない、と考える方が難しかった。
「経営に飽きただけですわ」
「軍隊は暇つぶしか?」
「あら。何か問題がありますの?」
ボーイからの詰問を、ナチアスチアは受け流していく。
「ははーん。なるほど、な…。太陽系の内側で襲ってくるなんて、おかしいとは思っていたんだ…。海賊達の狙いは、おまえだったってわけか」
「知りませんわね。そんなこと」
かまをかけるボーイ。あしらうナチアスチア。間に入ったのは、ユーキ。
「宇宙海賊がでたんですか?」
尋ねる少女に、そっけない答えが返る。
「まあな」
「もう、すんだ話ですわ」
「だから、みなさんの出てくるゲートがちがったんですね。…でも、報道機関とか、来てませんでしたね?」
なんとか会話を続けようとするが、上手くいかない。
「情報規制されてるらしいからな」
「当然の処置ですわ」
「…軍の聴き取りとか、大変だったんじゃないですか?」
「思ったよりは、短かったな」
「心にやましいことがあると、長く感じるそうですわね」
「ああ、そうだろうよ」
「ふん」
「あの…、なにか…、あったんですか…?」
重苦しい雰囲気になりかけたところで、シンが言葉を発する。
「何にせよ、呼ぶには少し、長い名前だな」
本人は答えず、代わってユーキがシンを助ける。
「よかったら、えーと…、ナチアって、呼んでいいかしら?」
またも本人は答えなかったが、これは無言の了承であった。少なくとも三人はそう受け取った。
不本意ですけど、その程度の予想はしていましたし、我慢してさしあげますわ。
それが、ナチアスチアの心情であった。
「よろしくね、ナチア」
ユーキが、努めて明るい声を出す。
「よろしく頼む」
「まあ、仕方ねぇな」
シンとボーイが、それぞれの挨拶をする。
ひとつ息をつき、ナチアも応える。
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」
あくまでもユーキに向かって、小さな笑顔を作る。
「さぁ、そろそろDブロックに着きますよ」
ユーキの声にも本来の明るさが戻り、四人を乗せたエア・カーは“D”と標されたゲートへと滑り込んでいった。
エア・カーの駐車場から目的のミーティング・ルームまで、一同は足を進めた。
その間にボーイらは、任務の内容をユーキから聞き出そうと試みた。シンもボーイも、今回の任務内容を聞かされないまま、このヘブンに呼び出されていたのである。だが、そんな試みも、ほとんどが徒労に終わることとなった。別段ユーキが隠したわけではない。
ユーキがヘブンに着任したのが、一週間前。その後六日が待機。初めて上官に会ったのが、シン達の到着する前日であった。その上官も、シン達を出迎える旨の指示を出した他は、具体的任務内容に触れることを許さず、結果、ユーキもいまだに情報不足の状態にあったのである。
「わかっているのは、教官の名前くらいですね」
ユーキが、一同を案内しながら振り返る。
「教官?」
聞きとがめたのはボーイである。
「おれ達は、なんか教え込まれるのか?」
当然の疑問に、ユーキが申し訳なさそうに首を振る。
「ごめんなさい。わからないんです。てっきり、わたしと同じような新人ばかりを集めるのかと、思ってましたから…」
ユーキの疑問も、もっともであった。性別も経歴も違う。士官と士官候補、下士官の混成部隊に、いったい何を教えるというのか。メンバーが少数であることも気になる。まったくもって、不自然な招集といえた。
ふむ、と首をかしげるボーイに代わり、ナチアがユーキに問いかける。
「それで、その教官の名前は、何とおっしゃいますの?」
ユーキは振り向き、にっこりと微笑む。質問されるのを待っていたのである。
三人に向かい、厳かにその名を告げる。
「ヘレン・スタイナー、というのよ」
ちょうど、目的のミーティング・ルームに着いたところであった。
その部屋は広く、五十人は入ろうかというスペースの中央に、ぽつんと六つの椅子が置かれていた。正面には大きさの異なるスクリーンが三つほど並び、その前が教壇のように、やや高くなっていた。
シン達が入室した時、その教官は教壇の上で、一同に背を向けた姿勢で立っていた。
「ミナヅキ・ユーキ二曹、ただいま戻りました」
ユーキの声に僅かに遅れて、教官が振り向く。
「待っていました。私が、あなた達の教官を務める、ヘレン・スタイナー少佐です」
四人の敬礼を受け、ヘレンが返礼する。
褐色の肌にブルネットのショート・カット。ブルー・グレイの瞳に、引き締まった口元。軍服を完璧に着こなす、すらりとした長身。
ほぉう。これは、これでまた…。
思わずボーイは、口笛を吹きそうになった。
連邦軍に女性がいないわけではないが、軍隊という性質上、やはりある程度、数は限られる。男女の比率が均衡しているのは、後方勤務だけである。
どんな女傑が待っているかと思ったら…。
ボーイにとっては、嬉しい誤算である。
いくら美しくても、ユーキやナチアのような子供より、ヘレンのような大人の女が、自分の好みには合う。
そんなことをボーイが考えている間に、ヘレンは、肝心の任務内容を話しはじめた。
「あなた達には、これより先、暫くの間、特殊訓練に就いてもらいます」
どれだけあったら、口説き落とせるかな?
ボーイにはまだ、余計なことを考える余裕があった。
「目的、及び正確な期限は機密事項とし、質問は許しません。また、訓練内容についても機密事項に準ずるものとし、口外する事は許しません」
場の雰囲気が、徐々に張り詰めたものへと変換していく。
「通信用機器を含め、サイバー・スペースへの接続は、全てこちらで制限をかけます。…質問は?」
なければ訓練に移る、とは、わざわざ口にしない。
「よろしいですか、スタイナー少佐?」
シンが口を開き、ヘレンが応える。
「教官と呼びなさい」
「はい、教官。メンバーは我々だけなのでしょうか? また、我々の所属、並びに部隊名を教えて頂きたいのですが?」
ヘレンは頷き、返答する。よく通る澄んだ声であった。
「メンバーは、あと一名が遅れて来る予定です。また、我々の所属は、連邦軍統括幕僚本部の直轄となります」
一同の表情が引き締まる。ヘレンの言葉が真実であれば、軍中枢の直轄部隊である。先ほどの「機密事項」という言葉が、急速に重みを増してくる。
「正式な部隊名は機密事項であり、これも教える事はできません。その代わり、別名の使用を許可します」
ヘレンの声が、大きめのミーティング・ルームに響く。
「チーム・マーベリック。それが、我々の呼称です」
ヘレンは、この部屋で初めての笑みを浮かべる。
「あなた達には、期待しています」
<次回予告>
ヘレンの訓練は、熾烈を極めた。
ミーティング・ルームでの挨拶がすんだ一時間後には、シン達四人は、無重力ルームでの動作訓練をさせられていた。
次回マーベリック
第一章 第三話「訓練」
「少しは、手加減したらどうですのっ!」