第九十八話「対機甲小隊戦2」(2)
オーロラは傾かなかったが、リーガンの首は傾いた。
通信に耳を傾け、一同を停止させる。
ダグラス元帥の待つ司令室までは、まだ若干の行程が残っている。
さて。どうする?
「…つい先ほど、チーム・マーベリック六名に対し、捕獲命令が出た」
ユーキの右手が腰のビーム・ソードに走る。
ナチアの重心が僅かに下降する。
「抵抗するなら、生死を問わない。あらゆる武器の使用が許可された」
第十三小隊の戦士達が、三人との距離を計り始める。
オーロラ内部には重力制御が行き届いている。マーベリックの低重力に慣れていたシン達が、環境的には不利。
「我々を含め、オーロラに駐在する、すべての機甲小隊に対する命令だ。…さて。どうする?」
お前なら、どうする?
リーガンは、表情を変えない黒髪の青年に問いかけた。
「命令は、誰から出た? 正当性が確保できるのか?」
いい答えだ。
「ダグラス総司令から、らしいが…。通信が繋がらない。正当性は確保できない…」
「ならば、どうする?」
シンは逆に問いかけた。リーガンはゆっくりと頷く。
「任務続行だ。護衛を継続する」
ユーキが息を吐いた。
「しかし現在、ホット・ラインの有無を確認できたのは、我々だけの筈。他の小隊は襲ってくるぞ」
司令室が安全とは限らない。シンはナチアを見た。
「…だめですわね。マーベリックにも繋がりませんわ」
通信妨害が、もう始まっている。
「船に戻る。護衛を頼む」
シンの答えに迷いはなかった。
「了解した」
リーガンは頷き、そして部下達へ檄を飛ばす。
「宇宙港に戻るぞ! 斥候を呼び戻し、態勢を立て直せ! 敵は我が隊を除く、全機甲小隊! 問答無用だ! 遭遇次第、キル・レベルで対処しろっ!」
行くぞぉおっ!
リーガンが吼え、一同は来た道を戻り始めた。
「こちらの人数は?」
シンが聞き、リーガンが答える。
「約、三十」
「敵は?」
「さあな。少なくとも、三百」
時間との勝負。通路を走った。
遠く背後で、爆発音が鳴った。
それでも走った。
「最後尾、通信が途切れましたっ」
「生命反応、消失っ」
「想定ルート上に敵兵確認っ」
「主要経路は放棄するっ。このまま走るぞっ」
事態は悪化していく。
出会い頭に攻撃を受けた。
完全な遭遇戦。
互いに、陣地を確保する余裕もなかった。
僅かな時間で五名の味方を失いつつも、敵を撃破する。
どちらも連邦軍の兵士である。オーロラの内部が、血で染められていく。
炸裂音が響いた。最前列が崩壊し、斥候部隊と切り離される。
「展開しろっ、応戦するぞっ!」
リーガンの声が、煙の渦巻く通路に響く。
一同は通路を折れ、攻撃を始める。
「血迷ったかっ、リーガンっ」
敵兵からの通信が入る。雑音が酷いが、これだけ近ければ、言ってることは伝わる。「三人を引き渡せっ。こちらは複数部隊だっ。勝ち目などないぞっ」
くっくっ…。
リーガンはくぐもった笑い声を出した。
「どこの新兵だっ。第十三小隊に楯突くとはっ」
通路の影から破砕爆弾を投げつける。
爆風の中、シン達に振り向く。
「回り道をしている余裕はない。強行突破するぞっ」
リーガンの声に、三人は頷く。
すでに、第十三小隊は戦力を半減している。残りは十名強。精鋭とはいえ、どこまで行ける?
「いくぞっ」
さらに複数の爆弾を放り、その爆発とともに、曲がり角を飛び出す。
多くの味方が、ここでも失われた。
「立てるか?」
シンが問いかけた。
第十三小隊は、もはや、小隊ではなかった。
膝を付き、肩で息をする。
隊長のリーガンと、側近の二人。それのみ。
「さすがだ…。俺達が勝てなかった…だけはある…」
護衛される三人は立ち。護衛する三人は立てない。
もはや、これまで。
「ここは抑える。行け。あと、少しだ…」
リーガンの言葉に、シンは頷き、背を向けた。
「感謝する。行くぞ」
ユーキとナチアに前進を指示する。
黒髪の少女が、残される三人に敬礼する。そして、背を向ける。
金髪の少女が、リーガンに近づき、そっと抱きしめる。そして、背を向ける。
「行っちまったな…」
「ふん…。隊長、役得だったな」
「そう思うか? ひでえ女だ」
「あん?」
「………」
「できるだけ敵を道づれにしろ、だとよ」
「なるほど。ひでえ女だ」
「…来やがった」
「できるだけ、引き付けろ」
「ひでえ隊長だ」
「こんな所で、最後か…」
「ぼやくな。次の休暇で、またおごってやる」
トスポリ平原守護艦隊所属第十三機甲小隊隊長。ユーキとナチアに敗北を覚悟させたことのある、数少ない強戦士。
その戦士は。仲間とともに。凄まじい爆発とともに。
オーロラの通路で、四散した。
短くも激しい戦場を駆け抜けて。仲間達の待つ宇宙港まで、曲がり角を、あと二つの所まで辿りつく。
その角を覗いたユーキが、戻ってきた。
背を合わせて座る二人に声をかける。ナチアが視線を返し、指でヘルメットの横を叩く。
ユーキは近づき、ナチアの肩に手を乗せる。
「聞こえる?」
「聞こえますわ」
返事を確認してから、自分も膝を付き、背中を合わせる。三人の背で三角形を作る。
「少なくとも二個小隊。三個小隊いるかもしれない。港の様子も不明…」
そっちは、どう?
「見ての通りですわ。ジャミングはマックス。マーベリックとの通信など、論外ですわね」
もはや、接触する以外に通信方法がない。或いは、巨大なスピーカーでも用意するか。
「…どうしますの?」
ナチアが聞いた。ユーキも顔を向ける。
「ジャミングをかける」
シンは答えた。
「三人同時に、重ね合わせる」
「そっか。なるほど…」
「この状況で、さらに通信を妨害する馬鹿などいないですわね」
三人は、宇宙服のコンソールを操作し、タイミングを合わせた。
「お願い、届いてね…」
「よろしいですわ」
「いくぞ。二…、一…、スタート」
そして、無音の、数秒間が過ぎる。
「こーゆーの、帝国でもあったね…」
「三人とも疲弊。それでも船を目指す…。ここは本当に連邦ですの?」
少女達の言葉に、シンが答える。
「ボーイと、エレンがいる」
「そうでしたわね」
「クリスなら、気づいてくれる。ボーイなら、もう外にいる。エレンなら、絶妙のタイミングで合わせてくれる…」
仲間を、信じるしかない。
「さあ、いきますわよ」
「ええ」
三人が立ち上がる。
マーベリックからの反応はない。そろそろ追っ手がやってくる。いずれにしても、これが最後のチャンス。
ユーキの手元から光剣が伸び、ナチアのサンダー・ナックルが輝きを発する。
「死ぬなよ、二人とも」
シンの言葉に振り向き、視線を交わす。
「当然ですわね」
「あと少し、がんばろう」
口元に、それぞれの笑みを浮かべ、前を向く。ユーキが前衛。シンが主攻。ナチアが最後尾。間隔は狭く、ほぼ三人が一丸。
そして一歩を、踏み出す、その直前に。
巨大な爆風が三人を飲み込んだ。
<次回予告>
場所は、マーベリック艦内。三号機の自動修復システム用メンテナンス・ルーム。オーロラ内部の白兵戦から、明けて翌日。いつもどおり、クリスから口を開いた。
次回マーベリック
第十五章 第九十九話「謀略」
「メイン・レーザーの軸線上で踊っていたとは…。笑えませんわね」