第九十七話「対包囲網戦」(2)
「ナチアっ」
重くなる空気を吹き飛ばすように、シンが叫んだ。
「現状を報告しろっ」
まだだ。まだ、諦めない。
仲間を護る。護って、連邦に帰る。そう誓った。
「方位0‐9正面にトスポリ平原。その手前に帝国艦隊、総数約八百」
迷いと絶望を振り切り、ナチアが応える。「中央に、帝国側の攻撃要塞を確認。平均距離、およそ十億っ」
さらに追い討ちが続く。
「後方にも時空震っ。敵艦隊のワープ・アウトっ…。推定総数、百…。いえ、二百を突破…」
最低でも、大型艦が一千隻。この広い宇宙で、挟み込まれた。
運が悪い?
いや、通常の長距離ワープなら、この位置で間違いない。それは最初から分かっていた。あと一歩が、足りなかった。
「距離は?」
「十億から十五億」
「囲まれた、か…」
シンが、ナチアが、沈黙する。
ボーイが、エレンが、ユーキがクリスが、言葉を失う。
降伏。
脳裏に、その言葉が浮かぶ。だが。
「やるぞ」
シンの一言に、全員の顔が引き締まる。
「エレン」
「はいっ」
一度裏切った、その罪を償う。そう決めた。邪魔はさせない。
「短距離ワープだ。マーカーは同じ、連邦側攻撃要塞。五十分で準備。五十分でワープ・イン」
「通常空間で五十分…。不可能ですね。やってみます」
帝国艦隊より、通信が届く。
「シン、降伏勧告、来たわよ?」
「無視する。ユーキはエレンをサポート」
「了解っ」
六人で連邦に帰る。みんな揃って。すべては、それからだ。
「ボーイも、サポートを頼む」
「オーライ」
ここまで来て諦められるか。こいつらを、今度こそ、護りきる。
「少尉、前方の艦隊より、ミサイル射出を確認。亜光速で接近中。総数は、約八千。…降伏勧告も形だけですわね」
「むこうもやる気だ。ナチアは航空管制。時空震をフィード・バック」
「わかりましたわ」
他に選択肢など、ありはしない。目の前の道を、ただ進むのみ。
「クリス」
「うん」
絶対に負けない。帝国になど、負けてやらない。
「連邦に通信を繋ぐぞ。守護艦隊の旗艦。総司令に、直接だ」
「オッケー。そのために、ぼくはこの道に入った」
「守護艦隊は、帝国の向こう側に確認できますわ。だいぶ出てきてますわね」
「好都合だ。俺が各自のバック・アップに入る」
急ぐぞ。
白い船体に向けて放たれたミサイルは、この時すでに、一万を越えていた。
後方の敵艦隊も、次々と通常空間に移行し、ミサイルを発射する。すべてが、リミッターを外された、重質量ミサイル。マーベリックのワープを阻止するための、なりふり構わない飽和攻撃。
最初のミサイル接触まで、推定で十分弱。遂にクリスが、通信を繋いだ。
現われたのは、柔和な顔立ちの、壮齢の軍人であった。
「こちらは連邦軍、トスポリ平原守護艦隊総司令、ダグラスだ」
落ち着いた声に、見る者すべてを包み込むような表情。明るいブラウンの長髪が、その奥の理性的な瞳を僅かに隠している。
「通信を開いた、理由を聞かせてもらおう」
エルネスト・ダグラス。
連邦軍三元帥の一人であり、実戦部隊の頂点に立つ男であった。
「こちらの艦名はマーベリック。代表のリン少尉。貴艦隊の、援護を願う」
相手が誰であろうと、シンは平静を保つ。「通信がオープンなのは恐縮ですが、時間がありません。詳細はデータで送ります。本艦はこれより、帝国領から不可空域を越え、連邦領内にワープ・アウトします。そのための援護を!」
ダグラスの顔が曇る。
「突然、何の冗談かね?」口調は穏やかに続ける。「つい先日、両国の和平条約が成立したばかりだ。その反対勢力というのであれば…」
だから、帝国は、これほどの戦力をトスポリに集中できた。
シンは納得したが、細かく説明している時間はない。元帥との会話よりも、必要な情報の伝達を優先させた。
「マーベリックの計画を、提督なら聞いたことがある筈です。二年前の、セリオス最外周で起こった惨事についても。この船は…、連邦の船! その証拠を、お見せします」
そして通信に、二人の少女が現われる。
「お久しぶりです、提督。中将ミナヅキの娘、ユーキです」
「わたくしとも一度、晩餐会で、お会いしていますわね」
中将の息女と、クラーギナの後継者。どちらも、出会ったことを忘れられるような人間ではない。
表情を固めたダグラスの前に、四人目の人物が現われる。
自分と同じブラウンの髪。ブルーの瞳。懐かしい顔立ち。なぜ、ここに…。
「クっ、クリスぅっ!」
少年は、照れ笑いを浮かべていた。
「久しぶりだね、父さん」
映像にノイズが入る。帝国からの妨害が強まった。
「残念ですが、ここまでのようです」
シンが言った。
「連邦の人間を守るのが、連邦軍の役割。期待しています」
そして、通信は切れた。
続く