表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
169/243

第八十四話「回想(前編)」(3)

「まず、そもそもの前提から。ぼく達が帝国領にワープした際の話だけど、システムはダメージを受け、メモリーの大半は消失しました。これらを復旧する過程で、自動修復システムの再構築を行ったのですが、これが現在、三号機メインのサイバー・ビーングとなっています。名前は、キキ。一部は実体化が可能で、ユーキさんと戦った際に、通路に飛び出した姿を確認したと思います」

「あの、黒猫ですか…」

 一瞬ではあったが、視認した。あの猫さえいなければ、ナチアに続き、ユーキも倒せていた。

「そのキキとぼくとで今回、パラレル・アタックを敢行して、失敗。ぼくの命綱は切られたけど、キキの分が残っていた。それを活用して、意識の拡散と消失は防ぎました。パンドラ・ボックスからのウイルスは、外部からの接触を遮断して、現状を維持してます」

「矛盾していますね」

「回線は切断。内部で孤立。でも、通話回線だけは、確保できた」

「通話用の回線ですか? 確かにあれは最優先系統ですが…。あまりにも細い…。そんな事が可能なのですか?」

「ぼくにだって、できるかどーか。ナチアさんが圧縮してくれてる。きっと今も」

「謙遜は不要ですわ」

 クリスの感謝の念を、ナチアは切り捨てる。自分が負けた事実に変わりはない。

「パンドラ・ボックスを察知したのもナチアさんだし…。どうやって気付いたの?」

「三号機に侵入者が現われて、迎撃に出た時ですわ」

「負けて目が覚めた?」

 クリスに悪気はないが、今のナチアは、注意する気にもなれない。

「言い訳をするつもりはありませんけれど、操縦席を出た時には、負けるつもりなどありませんでしたわ。勝てるはずのない相手が、どうして三号機に来るのか、その理由を考えた時、確実に勝てる方法を思いつきましたわ」

「なるほど…」

「二号機だけでも十分ですけど、できれば三号機や、一号機も巻き込みたい。そのために、回線の切断ができる人間を操縦席から引き離したかった…。クリスは二号機の中ですし、さらには毒ガス散布の準備にもなる。実に見事な作戦ですわ…」

 結果から見れば、最初からサイバー・ファイトを放棄し、クリスを除く三人でボーイ相手に白兵戦に臨むべきだったのかもしれない。しかしその場合、二号機内部の艦内隔壁を開くことができたかは微妙で、物理的に攻め込むことが不可能となれば、パンドラ・ボックスによる全艦汚染、という選択肢を排除するのみとなる。戦術として多少マシ、という程度の違いしかない。狭い通路の中、万全のボーイを相手に、三対一の形を取るのが困難なのは、最初から分かっていたことでもある。

「全艦のウィルス汚染を回避した、あなたの洞察は見事です」

 少女の言葉も、慰めにはならない。自らは敗北し、全艦のガス汚染は防げなかった。黙ってしまったナチアに代わり、クリスが続きを話す。

「あとは、マインド・コントロール解除の経緯だけど…。キキを再構築した際、人体の治療も可能にしたから、これで物理的手段はオッケー。残る専門的知識は、シンさんと、やっぱりナチアさんから提供してもらいました」

「専門的知識と言っても…」

 簡単に解除できるものなら、帝国も二人を送り出すことはない。

「シンさんは洗脳、ナチアさんはクローンについて。たぶん、この二人より詳しい人間なんて…」

 少しだけ考えてから、クリスは断言した。「宇宙にいないと思います」

「それ程の知識が…?」

 一同を招集したヘレン・スタイナーですら、知らなかった事実である。

「まあ、人にはそれぞれ、秘密があるってことだよな」

 ボーイの言葉に、クリスも明るく答える。

「そーだね」

「裏表がないのは、それこそ、ユーキくらいか?」

「そんなことないと…」

 笑顔のボーイ。困った顔のユーキ。小さく口を尖らせるのは、クリス。

「失礼だな。ユーキさんにだって、秘密くらいあるよ」

「たとえば?」

「お母様が冒険者!」

「知ってるよ。ヨーコの大冒険だろ?」

 軽く答えるボーイに、クリスはサイバー・スペース上で胸を張る。

「そのヨーコが、ユーキさんに遺した、人類の英知!」

「クリスぅうううっ!」

 叫んだのは、当然ユーキ。「今、それ、関係ないわよね! ぜんっぜん、必要のない会話よねっ!」

「はい、すみません…」

「ははっ。なんだ、クリス、だらしねぇなあ」

「面目ないです…」

 脱線しかけた会話を、クローンの少女が引き戻す。

「もう一つ、聞いていいですか?」

「うん。なに?」

「システムを再起動した、という話でしたが…」

「帝国領に来た時だね」

「どうやったのです? マーベリック内部のサイバー・スペースは、構造的に不可分な領域の連続。当然、核心部分は黒塗りです。次世代ワープ機関の仕組みを知らなければ、仮に起動出来ても、再構築は不可能です」

「その言葉のとおり。次世代ワープ機関を知っていたから」

 あっさりとした返答。

「レベル・セブンの機密事項ですよ? その中核を、どうして知ったのです? いえ、そもそも、漏洩はしていなかった筈です」

 漏洩したのではない。クリスは、最初から知っていた。

「ぼく、発明者」

 しばしの沈黙。そして。

「…は?」

「ぼくが発明して、マーベリック博士が開発したの。だから、基礎的仕組みは、全部承知してる」

「………」

 シンとユーキ、ナチアも、初めて聞いた時は、疑った。クローンの少女が信じられないのは、無理もない。

「おれは、おどろかねーからな。クリスなら、そのくらいありうる」

「だよね! ありがとうボーイさん!」

 ボーイの言葉に、クリスは嬉しそうに応える。

「それで、打開策は思いつきましたの?」

 ナチアが面白くなさそうな声で聞く。艦内に毒ガスが充満する中、呆然とする時間も、はしゃいでる時間もない。

「…自分は元々、マーベリックのパイロット達のリーダー、という立場にいました…」

 ゆっくりと、少女が話す。

「うん、知ってる」

 クリスが頷く。

「万が一の事態に備え、機体のパラメーターを覚えました」

「うん」

 立場的にも、当然である。帝国への亡命を画策していたとなれば、なおさら。

「全部、覚えました」

「うん」

 答えに、少し遅れて。「…えええええええええっ!」

 この状況で、ヘレン・スタイナーなら、冗談など言わない。

「ここにも一人、馬鹿がいましたわ」

「全部って、全部? パラメーターって、パラメーターのことだよねっ?」

 クリスとヘレンの、決定的違いのひとつ。少年は、細かいことを気にしない。教官は、細かいことにこだわる。

「部分的に隠された記憶もあるようですが…。マーベリックの操縦にも関することですから、完全に消去された可能性は低いでしょう。マインド・コントロールの影響を、完全に排することができれば…」

 思い出すことができる。

 少女はシンを見る。

 可能。その確信を得る。

「クリスが…根幹、自分が枝葉…」

「二号機の復旧と同時に、即座に動くことができる…」

「ベースはわたくしが」

「おれがメカニックだってこと、おまえ達、覚えてるよな?」

「シンが治療で、わたしがバック・アップね」

「活路が、見えてきたようだな」

 光が射した道を、進む。そのスタート・ラインに、六人は立つことができたのである。


「すげえな、人類の英知って」

「クーリースぅう…」

「え? ぼくが怒られるの?」

「あたりまえよっ」

<次回予告>


 その後、主にクローンの少女とクリスの間で、詳細の対策が練られた。


次回マーベリック

第十三章 第八十五話「回想(後編)」


「エレンさん、って名前はどうかな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ