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第八十四話「回想(前編)」(2)

 パンドラ・ボックスが開き、毒ガスが充満したマーベリックで、六人の戦いが始まろうとしていた。

 口火を切ったのは、クローンの少女である。

「今回の作戦は、二号機が接続した時点で、ほぼ終了。パンドラ・ボックスが開放されて、完了しました。毒ガスは、最終的勝利を早めるための、駄目押しに過ぎません。よって、状況の打開は不可能と推測します、が…、可能性があるとすれば、全ての土台から覆す必要があります」

「その前に、確認ですわ」

 割り込んだのは、ナチア。本人の唇は動かず、艦内スピーカーからの音声だけが響く。

「ボーイはともかく、あなたは信用できますの?」

 当然の疑問である。かつてヘレン・スタイナーは、自らの意思で、部下達を窮地に追い込んだ。

「信用するかしないかは、あなた達が決めて下さい。いずれにしても、現状において自分の協力は必要と考えます」

「あなたの意思を聞いていますわ」

「他に選択の余地はありません。帝国に降伏しても、自分にその先はないのですから」

「………」

「マインド・コントロールを敵に解除されたクローンなど、不用品として処分されるだけでしょう」

 表情に起伏はない。単なる事実を述べているに過ぎなかった。

「言い分は了解した」

 応えたのは、シン。「彼女には協力してもう。それでいいな?」

 三号機のメンテナンス・ルーム中央にシンが立ち、その隣でナチアは横になっている。

「よろしいですわ」

 全員の協力が必要なのは、ナチアにも分かっている。あくまでも確認のための質問であり、異存はない。キキによる治療中のため声は出せないが、擬似音声で了解の意思を伝える。

「ユーキとクリス…、ボーイも構わんな?」

「ええ」

「もちろん」

 やはり艦内スピーカーからの返答。

 ユーキは一号機、クリスは三号機の副操縦席に、それぞれの身を置いている。ただし、クリスについては、肉体は睡眠状態にあり、精神は二号機のサイバー・スペース内部にあった。

「おまえ達とまた、一緒に戦えて嬉しいぜ」

 ボーイはクローンの少女と並んで、シンの前に座っている。「まあ、これが最後の戦いでした、なんてことにならねーように、頼むわ」

 大きな肩を小さくすくめて、笑顔を見せる。

「では、考えを聞かせてもらおうか」

「はい」

 少女は頷き、話を再開する。

「対策を立案するに当たり、重要なのは、前提を崩す事…、つまり、帝国とヘレン・スタイナーが知らなかった事実が、どれ程あるのかにかかっています」

「想定外を探す、ってことか…」

 クリスが声を返す。現状、サイバー・スペース上では青年なので、声も相応の低さとなっている。

「幸いにして、既に材料があります。まず、ここに至るまでの過程を再確認しましょう」

 艦内センサーに、そして、メンテナンス・ルームにいる面々に対して、視線を動かす。

「二号機が接続し、ボーイが白兵戦に乗り込む。平行してサイバー・ファイトを開始しますが、ここでそれぞれ、シンとクリスを足止めします」

「足止め、か…。面目ないです…」

 そこでクリスは、二号機サイバー・スペースに突っ込んだあと、命綱を切られた。

「その後、自分が三号機に乗り込んで、ナチアやユーキと戦った訳ですが…。これについては、結果がどうなろうと構いませんでした」

「………」

「………」

 ナチアとユーキが肩を落とす。どうなろうと構わない戦いで、ナチアは敗北し、ユーキもキキがいなければ負けていた。

「パンドラ・ボックスが開いて、全艦を侵せば、それで終わり。何らかの手段で防御したとしても、二号機内部の汚染までは止められません」

「二号機は一度、強制パージしてるから、そこのところも対策済みで、簡単にはいかない…か」

 さらには、接続機関の一部を解かされ、パージの難度は上がっている。

「毒ガスも同様です。仮に二号機内部に留めたとしたら、周辺に待機する帝国艦隊からの攻撃が始まっていました。その点については、空気と引き換えに、多少の時間的余裕が出来た、とも言えます」

「教官のクローンにしては、ポジティブな意見だね」

 クリスとしては、率直な意見を言っただけ。少女としては、ただの事実を言われただけ。両者ともに、嫌味としての認識はない。

「そこから先、何らかの理由で自分やボーイが寝返ったとしても、最早どうにもなりません。二号機が足手纏いで、ワープは出来ず、戦闘行動も不可能。修復するにしても、そこまでの時間はないのですから」

「…それって、全部が想定内で、どうにもならないってこと?」

「いいえ。違います」

 小さく首を振る。「自分では推測出来ない事が、いくつもあります」

 それこそが、今必要とされる、想定外。

「何故、クリスは二号機のサイバー・スペースで精神を保っていられるのです? まわりは、未知のウイルスだらけの筈。しかも、一、及び三号機がパンドラ・ボックスの影響を受けなかった、という事は、二号機との回線を切断したのでしょう? 尚更、命綱を維持できている理由が不明です」

「なるほど…」

 クリスにとっては、既知の事実。しかし、クローンの少女にとっては、不可解。

「そもそも、どうやってパンドラ・ボックスの存在に気付いたのです? 一度は回線を開いたのですから、最初からではない筈。パンドラ・ボックスというのは概念です。分かりやすく、箱の表面に名前が書いている訳ではありません」

「そりゃ、そーだね」

「そして最後に、如何にして自分やボーイのマインド・コントロールを解いたのか、という点です。医療設備は二号機にありますが、勿論、今は使用不能。仮に起動できたとしても、機能もデータも足りません。通常のマインド・コントロールとはレベルが違います。特に私の分は。しかも、この短時間でとなると…、想像が出来ません」

「オッケー」

 今度は、クリスが語る番。「それじゃ、ひとつずつ、説明します」

「お願いします」

続く

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