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第七十四話「潜入2」

 最初の通信から十二時間の間に、四回、同様の通信が入ったが、これらをクリスは、ことごとく撃退した。相手は毎回同じとは限らず、子供用のカウンセラーや、若干であるが地位の高い人物も現われるようになった。しかし、僅か八歳で次世代ワープ機関を発明した天才・クリスの、相手にはならなかった。たいした仕事もないクリスにとっては、ちょうどいい暇つぶしであった。

 脱出ポッド射出より約三十七時間後。マーベリックに対する管制区域担当は、オバール太陽系最外周宇宙ステーション・ミレイから、首長星ロマリアの衛星軌道上宇宙ステーション・クレイへと移った。

 ミレイの時と同様の会話が繰り返され、そしてやはり同様にして、管制官達は撃退されていった。

 クレイ三人目の管制官との会話を切ったあと、クリスは、少し早めに寝ることにした。加減速をしていないとはいえ、五十時間をすぎる頃には、マーベリックの正体が発覚する予定である。その前には、きちんと起きて、色々と準備をしなくてはならなかった。

 クリスは、通信用に映像データをセットしてから、ベッドのあるリビングへと向かった。

「キキっ。明日の目覚しは、特大にしてねっ」

 自動修復システムのメンテナンス・ルームのドアに、一声かけた。

 その後、クリスがセットした映像データは、相手が誰であれ、通信を求めてきた者に対し、決められた内容を繰り返すことになる。

「通信をくれて、有難う! こちらはオースティン号。僕の名前はシュミット・オースティン。この船の船長だよ!」

 明るく挨拶をしながら、映像のクリスは大きく手を振る。

「今、僕は眠っちゃってるんだ。だから、初めて通信をしてくれた方々に、このメッセージを残しておくね!」

 一般的に、映像データは聞き流される傾向がある。それでは悔しいので、アクションは大きめにしてある。

「ええっと! 最初に、僕の素性を紹介しておくね。…僕の家は小さいながらも輸送会社をやってるんだけど、代々跡継ぎとなる者は、十四歳の時に、帝国縦断の仕事をしなきゃならないんだ。しかも、ワープから通信まで、ぜーんぶの仕事を一人でするんだ。どう? 変わってるでしょ? でね、僕がその、十四歳の次期当主って訳なんだ。ちょっと手違いもあって、こうして正規でない航路をとってるけど、でもね、許してほしいんだ。初仕事で期限内に荷物を届けられないなんて、男として、オースティン家の跡取りとして、情けないもん。待っててロマリア! すぐに行くからね! それじゃあ、みんな。またね。ばいばーいっ」

 元気いっぱいの映像データは、繰り返し再生され。やがて「シュミット君通信」という名称で、 宇宙ステーション・クレイ内部に浸透していくこととなる。

 クリスはクリスらしく、帝都への潜入を進めていたのである。



 通信記録は、軽く三桁にのっていた。

 ほとんどが宇宙ステーション・クレイからのものであったが、中に、どこから聞きつけたのか、報道機関からの取材要望が混ざっていた。

 太陽系内部とはいえ、正規の航行ルートから大きく外れており、帝国サイバー・スペースとの接続は困難が伴う。直接通信が可能な範囲に報道機関の宇宙船が存在したのは、偶然でしかない。

 朝食を取りながら、クリスは少しだけ思案した。

 帝国軍の罠であるとは考えにくい。

 この機会を上手く利用すれば、帝都の民衆を味方にできる。

 その一方で、情報漏洩の経路が増える。

 報道機関との接触を想定していないわけではなかったが、可能性は低いと考えていた。タイミングも微妙である。脱出ポッド射出より約四十八時間。そろそろ帝都ロマリアでは、仲間達三人が、具体的なアクションに入る頃である。

「…まあ、いいか」

 小さく声にして、頷く。

 せっかくの機会だし。のらなくっちゃ、面白くない。

 基本的にクリスは、ボーイの影響を大きく受けていた。


 報道機関からのインタビューは友好的に行われ、約一時間後、両機は互いに視認できるほど接近した。

 マーベリックの船体は、巧妙にコン・シールドされ、光学的には、中型の輸送船を装っていた。

 操縦席や宇宙服の画像も加工ずみ。クリス自身のプロフィール・データも偽装されている。

「色々と答えて頂き、有難うございました! それではこれより、短い間ですが、並走させて頂きます!」

「はい! よろしくお願いします!」

 若いインタビュアーに笑顔で応えながら、クリスは少しだけ、悪いなあ、と思った。

 このあとの予定では、報道機関の宇宙船は、航路を変えて帝都オバールとの通常通信が可能な宙域まで移動する。二隻の宇宙船が並んで航行するのは、長くても数十分である。

 しかし、横から別の通信が入る。

「こちらは、宇宙ステーション・クレイ。オースティン号、宜しいか?」

 きた。

 管制官の表情を見て、クリスは悟った。その時がきたのだ。

「はい。こちらオースティン号。シュミットです」

 答えながら、コンソールを操作して、並走する宇宙船へと通信を横流しする。

 この行動が、吉とでるか、凶となるか。

「近くに、報道の船が来ている様ですが…」

「通信は切っています。何か問題が?」

 さらりと嘘をつく。

「それなら良いのですが…。先程、こちらの観測ステーションから報告がありまして。それによると、君の船は、相当に大規模なエネルギー機関を搭載している様です…。間違いはありませんか?」

「はい。間違いありません」

 ステーションと軍の連携が不十分なのは、分かった。報道の船とも通じていない。それで十分。賭けにでる価値がある。

「一体、何を運んでいるのか、教えて貰えますか?」

「これはまだ、誰にも話していなかったのですけど…」

「はい」

「少し、長い話になりますけど…」

「聞かせて下さい」

「じゃあ…」

 通信官が頷き、インタビュアーが息を殺し。そして物語が始まる。

 始まりは、数ヶ月前。

 船は、貨物への影響を考慮し、非常にゆっくりとした航海を行っていた。

 それが災いしてか、宇宙海賊に襲われる事態になった。

 窮地に陥ったオースティン号を、だが、一機の戦闘機が救ってくれた。

 ホワイト・キャット。

 それが、戦闘機の名前であった。

「でもね、その戦いをどこかで観測していた軍の人達が、勘違いしちゃったみたいなんだ」

 軍は「勘違い」して、ホワイト・キャットを海賊船と認識し、これを追跡、数度の攻撃を行った。

 シュミット少年は「たまたま」航路がホワイト・キャットと一緒だったために、これらの戦いを目撃した。

 オバール太陽系へ向かう、最後のワープの直前にも、ホワイト・キャットは軍の艦隊と戦った。

 それも、シュミット少年は目撃してしまった。

「あんなの、酷いよね。たった一機の戦闘機に対して、帝都の防衛艦隊が出撃してくるんだもん」

 いかに帝国軍が情報規制しようとも、完全な隠蔽は不可能の筈。防衛艦隊の一部が大きく損壊したのは、紛れもない事実。

 あとは、横で聞いている報道機関に、どの程度の自由があるのか。

「ぼく、思うんだけど。ああいうの、弱い者苛めだよね」

 シュミット少年は、憤慨のポーズを示す。

「でも、ホワイト・キャットは、逆にこれをやっつけちゃったんだっ!」

 通信官の表情が、困惑の色を濃くしていく。この話、どこまで信じればよいのか迷っているように見える。

「それでね、ホワイト・キャットの人が、どうしても帝都に行きたいって言うから、ぼく、船に積んであげたんだっ」

 シュミット少年は、大きく胸を張った。

「ぼく、一度助けられたもんね。このくらいは、お礼しなくちゃって思ったんだ。ホワイト・キャットみたいな人達を、義賊って言うんだよねっ」

「つまり…、君は貨物スペースに、戦闘機を積んでいる…と?」

「はい」

「それは…、あ、いや、それで…、彼らの、ホワイト・キャットの目的を聞いてもいいかな? 何故、帝都に?」

「仲間の救出だって言ってるよ」

 いずれは潜入がばれるであろう三人の仲間と、そして巨体の優男のために、クリスは熱く弁明した。

「犯罪者でもない、無実の人だって。軍の人達が、無理矢理さらっていったんだ」

「だけど…、その人達は、本当に良い人なのかな。君にも分からないんじゃないかな?」

「そんな事ないよ。これまでの戦いだって、全部、軍の方から仕掛けてきたもん。どう見たって、ホワイト・キャットは悪くない」

 そして、シュミット少年は、とんでもない提案をする。

「でね、これから、ホワイト・キャットの推進機関も併用して、急いで帝都に向かいたいらしいんだ」

「それは…」

 管制官は、それ以上、何も言わせてもらえなかった。

「ごめんなさい。重大な規則違反なのは、承知しています。帝都の皆さんには、迷惑かけないから。だから、攻撃なんかしないで下さい」

 帝国風の敬礼とともに、オースティン号が加速を開始する。

「オースティン号、船長、シュミット・オースティン! これより、義によりて、亜光速航行に移行しますっ!」

 報道機関の宇宙船を引き離し、亜光速の世界へ。

「ロマリアでお会い出来るのを、楽しみにしています!」

 最後にもうひとつ、やるべきことが残っている。

 様々な想いを噛み締めて。クリスは通信が切れるまでの間、敬礼の姿勢を崩さなかった。

<次回予告>


 タラップから降りた瞬間に、警報が鳴り響いた。


次回マーベリック

第十一章 第七十五話「対グラウンド・ワールド戦」


「即座に出て行けっ! さもなくば、ここにいる全員が相手になるっ!」

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