第七十三話「自由」(2)
脱出ポッド射出より、約二十五時間。最初の関門が現われた。
「こちらは、宇宙ステーション・ミレイだ。通信官、若しくは船長を出し給え」
クリスの顔を見るなり、いかつい顔の管制官は、溜め息まじりに要求を突きつけた。
太陽系内に設置された通信ステーションに補足されたのである。こうなると、もう逃げられない。予測の範囲内とはいえ、マーベリックのエネルギー・グラフが解析されるのは時間の問題となる。
「済みません。僕が通信官兼、船長です」
あとは如何にして、解析の時間を遅らせるか、である。
「君が、通信官?」
「兼、船長です…」
明らかな嫌疑の目。当然と言えば当然。
「君は、幾つかね?」
「十四歳です」
少しだけ、胸を張って答える。
「オバールの…、いや、十四歳では、どんな資格も取れないだろう」
「例外はあると思いますが…。色々と事情がありまして…」
「ともかく、他の…大人の乗組員と代わってくれ給え」
「ですから事情が…」
「…何か、事故でもあったのかね?」
僅かに曇った管制官の表情に、クリスは乗っかることにした。
「事情、聞いてくれますか?」
「…言って見給え」
じゃあ。
と言ってから、クリスの話が始まった。
その場でつくった、適当な嘘。その嘘を聞き終えた管制官は、眉を引きつらせていた。
「…今の話を、信じろと言うのかね?」
「はい」
クリスは真剣な顔で頷いた。
「他の乗組員も、それは承知なのかね?」
「はい。承知です」
承知する筈がない。
管制官は、大きな溜め息を、小さく隠した。
努めて冷静な口調で語りかける。
「緊急の事態でもなく、今の様な話で、船を子供に任せたとなれば、重大な規則違反だ。本当に、理解しているのかね?」
「はい。責任は僕が取ります」
よどみのない答えが返る。
「君に責任と言われても…。とにかく、近くはないが、緊急用のステーションがあるから、そちらに寄る様、船長に伝えてくれないか?」
「船長は自分です」
「…そうだったね。では、そちらに寄ってくれないか?」
「ごめんなさい。時間に遅れますので」
「………」
「………」
「私としても言いたくはないのだが…」
「はい」
「君達の船は、ワープ機関を搭載している」
「はい」
「つまり、亜光速航行が可能と言う事になる」
「太陽系内部で亜光速航行をするつもりは…」
「ないとは思うが、これも規則でね。決められた通りの確認はしなくてはならない。正規の航路でないとなれば、尚更だ」
「………」
「厳しい事を言う様だが…、必要になれば、私達としても、軍の方々に対応を任せる事になるかもしれない。君達がしようとしている事は、そういう事なのだよ?」
「はい。分かっているつもりです」
それでも。
クリスは続けた。
「それでも、僕は、ロマリアへと行かなくちゃいけないんです」
モニター越しに、視線をぶつけること、数秒。
管制官が折れた。
「一回、通信を切らせて貰おう」
「はい。済みません」
「言っておくが、君達の行為を認めた訳ではないのだよ」
「はい」
何か言おうとして、しかし諦め、通信は切れた。
通常に戻ったスクリーンを前にして、クリスはゆっくりと姿勢を崩した。
「よしっ!」
そして小さく、ガッツ・ポーズを作った。
<次回予告>
最初の通信から十二時間の間に、四回、同様の通信が入ったが、これらをクリスは、ことごとく撃退した。
次回マーベリック
第十一章 第七十四話「潜入2」
「通信をくれて、有難う! こちらはオースティン号。僕の名前はシュミット・オースティン。この船の船長だよ!」