第十一話「対機甲小隊戦」(2)
「がっ!」
ユーキの眼前で男がのけぞり、加わっていた力が消失する。
何が起こったか分からなかったが、助かったことは確かであった。
足に力を込め、のけぞった男の横を跳躍する。
間一髪、それまでユーキが占めていた空間を、二条のビームが通過する。
その内の一条がユーキの黒髪に当たり、ちぎって舞わせる。
銃が使われたと知り、建物から覗いていた群集から悲鳴が上がる。この時のビームが死傷者を出さずに、建物の壁を焼いただけであったのは、誰にとっても幸いであった。
けれど。群集も、黒髪も、気にしている余裕はユーキにはなかった。
振り向いたが、そこに相棒の姿がない。
否。
男達がいた。男達に囲まれるようにして、倒れるナチアがいた。
「ナチアぁああっ!」
駆け出すユーキを、二つの影が遮る。
ユーキを撃った男達である。最初に剣を飛ばされた男達である。
「どけぇえええっ!」
ユーキが吠え、剣を振るった。
宙に描かれた二つの光の輪は、ふた振りの光剣に弾かれた。
「!」
驚くユーキに、二人の戦士が襲いかかる。もはやその目に、慢心の色はない。
ナチアっ、ナチアっ、ナチアぁあ…っ!
次第に、ユーキは追いつめられていった。
男達は、少女の死体を取り囲んでいた。
キル・レベルのビーム・ソードで袈裟懸けに切った。うつ伏せで倒れる少女のまわりに血だまりができるのは、時間の問題であった。
「ちっ、もったいねぇことしやがって」
一人が、金髪の後頭部を見下ろしながら言った。初めに、下卑た言葉を吐き出した男であった。
「…持ち帰ったらどうだ?」
少女を切った男が、無愛想に答える。
「それもいいかもしれんが…」
もう一人の少女の方を見る。二人の仲間が戦っている姿が目に入る。
「ま、温かい方がいいに決まってるからな」
舌なめずりをして、残る三人に指示する。
「ビーム・ソードのレベルを下げろ。ウサギ狩りを始めるぞ」
ユーキの視界の中で、四人の男達が向きを変えた。
向かってくる。自分の方へ。
襲いくる二本のビーム・ソードを半ば無意識で躱しながら、ユーキは、たった一人のことを考えていた。
ナチア。
ナチア、ナチア、ナチア、ナチアナチアナチア。ナチアっ。
一対六。もはや、勝てない。
それだけは分かった。
ならば、せめて、相棒の側で!
ユーキが地を蹴ろうとした、その時。
「!」
襲いくる二人。その後ろ。
迫りくる四人。その後ろ。
立ち上がる、金髪の少女。
「ナチアぁああっ!」
ユーキの目から涙がこぼれた。
振り向いた時には、もう遅かった。
仲間が二人吹き飛び、男も、横に転がって逃げるのが精一杯であった。
馬鹿な。
言葉が声にならない。
目の前では、黒髪の少女が、金髪の少女に駆け寄っているところであった。
体勢を整える頃には、残った仲間が近くに来ていた。
三人。自分も入れて、四人。形勢は逆転した。
黒髪の少女が、金髪の少女の安否を気遣っていた。金髪の少女が、黒髪の少女の僅かに失われた髪を気にしていた。時間にすれば、ほんの数秒。そして、二人が向きを変える。
「よくも…、やってくださいましたわね」
少女の声が、どこか遠くに聞こえた。
「何故…」
自分のものとも思えない声が、自分の口から出ていた。
切られた筈の体からは、一滴の血も流れてはおらず、黒色のスーツだけが裂かれていた。
「この程度の用意は、してきましたのよ」
言いながら、切り裂かれたスーツの上着を脱ぎ捨てる。
「戦闘用…ボディ・スーツ?」
黒のスーツの下には、やはり黒のスーツが着込まれていた。
しかし、同じスーツでも、その目的と働きが、完全に異なるものであった。
ぴったりと体に密着したそのスーツは、人工筋肉として身体能力を向上させる他、熱や衝撃、電撃等をシャット・アウトする性質を有していた。白兵戦闘を職業とする者にとっては、必需品ともいえる物である。
男達も、同じ物を着用していた。いや。同じ名前の物を。
「馬鹿な。キル・レベルに耐えるボディ・スーツなど…」
ありえない。
その言葉を飲み込む。現実に、それは目の前に存在していた。
「ほほっ。特注品ですのよ」
金髪の少女が胸を張る。ボディ・スーツに包まれた形のいい膨らみが、僅かに揺れた。
「さあ、どうなさいます?」
ナチアは、男達から戦意が薄れたことを悟った。
「泣いて謝れば、許してさしあげてもよろしくてよ」
そんなナチアを、はらはらしながらユーキは眺めていた。もはやこれ以上、体力は残っていない。相手が逆上して、戦いを挑んでくることだけは避けたかった。見れば、ナチアの足も微かに震えている。如何なクラーギナ財団特製のボディ・スーツとはいえ、完全にダメージを遮断できるわけがないのである。
「どうなさいますの?」
ナチアの問いに、男達は互いに視線を交わし、結論をだそうとする。が。
男達も少女達も、それに気が付いた。
来たのである。望んでいたものが。ここにいる、誰もが待っていたものが。
けたたましい音が近づき、あたり一面に響き渡る。
ヘブンに駐在する、連邦軍の憲兵隊。今、事態の仲裁ができるとしたら、彼らしかいない。
サイレンが近づき、小型運搬車が現われ、そして車から、軍服姿の男達が降り立つ。
「…!」
絶望が、ユーキに襲いかかる。
四人の男達が、喜びの奇声をあげる。
「どうしたんですの?」
ナチア一人が、不思議そうな声をだす。
そう。ナチアは知らない。眠ってしまったから。
ユーキは覚えていた。その、スキン・ヘッドを。
「まさか…」
ナチアも気が付いた。第十三小隊に増援が到着したことを。
でも、おかしい。
ユーキは頭を急回転させる。
実際に、憲兵隊の鳴らすサイレンは、すぐ近くの歩道から聞こえる。通常の車なら地下の専用通路を使うから、ここまでは登ってこれない。おそらくは、スキン・ヘッド率いる増援部隊も、憲兵隊と同じルートでCブロックから来た筈である。
なぜ、彼らだけが、来たのか?
なぜ、そこにいる筈の憲兵隊は、来ないのか?
ユーキの疑問を晴らしたのは、他ならぬ、スキン・ヘッドの大男であった。
「また、会ったな」
ゆっくりと近づいてくる。後方には、二十人ほどの軍人が控えている。
「安心したまえ。憲兵隊の連中とは、話がついている」
ユーキの顔から、血の気が引いた。
「決着がつくまで、彼らに邪魔はさせない…」
増援は、ちょうど二十名。計二十四人の敵。
気が付くと、ユーキの片手をナチアが握っていた。
最後の瞬間まで勝機はある。それが、四海剣塾の教え。
だが、しかし。
ごめんね、ナチア。
ユーキは心を決める。
手を握り返し、そしてほどく。
ナチアが、怪訝な表情をしているのが分かる。
双方どちらかにでも死者がでれば、憲兵隊も出てこざるをえない。そう信じたい。
バイバイ、ナチア。
許してね。これしか方法がないの。
捨て身の覚悟で一歩を踏み出す。その、視線の先に。
一瞬見えて、そして滲んだ。自分達にも仲間が来てくれた。頼れる仲間達が。
「シンっ! ボーイっ!」
相棒の声が、背中に聞こえた。
続く