第十一話「対機甲小隊戦」
その日、Bブロックは喧騒に包まれていた。
騒ぎの中心部には、二人の少女が立っていた。
すでに戦いの舞台は黒猫亭を離れ、表通りに移っていた。
背中合わせの二人の足元には、四人の男が倒れており、そのまわりを八人の男が取り囲んでいた。高速かつ強力な戦いの結果、周囲の壁のあちこちに傷が付いている。巻き添いになるのを恐れて、通りには誰もおらず、代りに建物からは、野次馬根性の旺盛な者達が高い位置の窓から観戦していた。
建物の中には、騒ぎを知って駆けつけたステーション・ポリスも入り込んでいた。しかしながら、表に出ていき、戦いをとめることはできなかった。相手はトスポリの第十三小隊である。連邦屈指の白兵戦部隊がビーム・ソードを振り回すような戦いを、一介の警官達がとめられるわけがなかった。サポート用のポリス・ロボットも複数台待機していたが、これらは一般のロボットやコンピュータと同様に、人間同士の利害調整に関与することができない。戦闘行為となれば、なおさらである。現状において、いずれも無力であった。
取り囲む建物の窓から、息を飲む気配が発せられた。
第十三小隊の男達のビーム・ソードが、その色を変えたのである。
「大丈夫?」
口元の血を拭いながら、ユーキがナチアに声をかける。
「あたりまえですわ」
答えるナチアの肩は上下していた。
バーの中で五人、表で四人。二人で合計九人を倒してきたせいである。
「それより、まずいですわね」
「ええ、そうね」
二人を囲む男達の輪が、じわり、と小さくなる。
全員がビーム・ソードを構えている。その青白い光に、朱色のスパークが混ざっている。男達がエネルギー・レベルを上げてきた証拠である。原理的には赤い色など付きはしないのであるが、注意喚起のため、加工されているのである。
キル・レベル。
つまり、このエネルギーでは人が死にます、と。
見守る群集も、その意味が分かったからこそ息を飲んだ。
「色が変わりましたわ。あれで切られたら、おしまいですわよ」
「気をつけてね」
「あなたこそ」
互いの顔に笑みを確認して、二人は視線を前方に戻す。背中を合わせ、男達の攻撃に備える。
包囲の輪が、ぎりぎりの大きさまで縮まっていく。あと数歩で、互いの攻撃の間合いに入る。
緊迫した空気が固まり、その一角だけが時間を静止させる。
最も緊張が高まる、その、直前。
「なあ、もう終わりにしようや」
ナチアの前にいた男が、声をかけてきた。
少女は無言。
「見ての通りだ。こいつで切られたら、あんたらは死ぬ」
ビーム・ソードを揺り動かして見せる。
「あんたらも疲れた。おれらも仲間をやられた。な、もういいじゃねぇか」
ナチアは無言のまま。
「なーに、悪いようにはしないさ…」
男が、これ以上ないほどの下卑た笑いを浮かべる。
「黙って、股を開けばいいのさっ」
男達がいっせいに笑い、周囲の建物がざわめいた。
ナチアは僅かに顔をまわし、横目でユーキを見た。同じような体勢で、ユーキもナチアを見る。
ナチア、かまわないから言ってやりなさい。
パートナーの瞳が語りかけていた。
ナチアは男の方に向き直り、整った、艶やかな唇を開く。
「知らないようですから、教えてさしあげますわ」
息を吸い込んでから、大きな声で宣言する。
「わたくし、馬鹿と不細工は、大っ嫌いですのよっ!」
男達が沈黙し、一瞬遅れて、建物から喝采が起こる。
「よく言ったっ。えらいわよっ」
「ほーっほっほっほっ…」
笑う二人に対して、馬鹿や不細工と呼ばれた男達の怒りが爆発した。
「てめえらっ!」
「殺してやるっ!」
独創性のない科白を吐きながら襲いかかる。
朱色のスパークを纏った光剣が、二人の少女を包み込んだ。
襲いくるビーム・ソードをくぐり抜け、ユーキの剣が、閃きをみせた。
男達は怒りに我を忘れており、だからこそ、隙が生じていた。
瞬間、ユーキのまわりに三つの光の輪が出現し、三本のビーム・ソードが宙に舞った。
剣を失った一人を切りつけ、返す刀で、横から突き出されたビーム・ソードを弾き返す。
相手が三人だけならば、勝負はついていた。しかし、単純計算でユーキは四人を相手にしなければならず、それは、少女の相棒も同じであった。
四本目の剣は、弾き返されたあと、軌道を変えて再度ユーキに襲いかかってきた。
ユーキが地を蹴り、壁に向かって跳んだ。男がそれを追う。壁を蹴って、さらに上空へ跳ねる。道をはさんで、反対側の壁に到達。振り向きざまに、追撃してきた男へと切りかかる。空中で一息に二回切り結び、そこで鍔迫り合いの形となる。
どんっ。
鍔迫り合いの体勢のまま、空中から地面へと落下する。互いに若干、体勢を崩すが、剣はからまったまま。
視界の隅に、とどめを刺し損ねた二人が見えた。飛ばされた剣を拾っていた。
まずい。
ユーキの頭に危険信号が灯る。
ビーム・ソードは設定さえ変えれば、銃としても使用が可能である。私闘で使うのは邪道であったが、すでにキル・レベルを使用する相手である。気にする筈はない。これまで使用してこなかったのは、有重力下の接近戦においては剣が銃に優ることを、理解していたからにすぎない。しかし、剣が銃に対して優勢なのは、重力の大きさにもよるが、せいぜいが十数メートル以内の白兵戦闘である。遠方から狙われたら、文字どおり太刀打ちができない。さらには動きを封じられている。
目の前で、刀を合わす男が、無表情のまま圧力をかけてくる。
まずい。
相手の刀を弾くことができなかった。流すこともできなかった。体の位置を動かそうとするが、それすらも満足にできない。
四海剣術の有段者。
かなりの自己流が混ざっているが、同じ剣術を学んだユーキの目は誤魔化せない。本来であれば、たとえ有段者であろうと、塾長代理まで勤めたユーキの敵ではない。しかしユーキは疲弊しており、男の強さは本物であった。
トスポリの第十三小隊。
ユーキは唐突に、男達の所属名を思い出した。
連邦屈指の白兵戦部隊。
甘かったのだ。如何なユーキとナチアといえど、たった二人で戦いを挑んでよい相手ではなかったのだ。
遂に。動きをとめたユーキに対し、二つのビーム・ソードが、銃となって照準を合わせる。
「ナチアぁあっ!」
ユーキは、相棒の名を呼んだ。
ナチアも、苦戦を強いられていた。
男達の懐に入ることができないのである。
ナチアの本領は、そのスピードにある。剣も銃も用いず、足運びと体重の軽さを最大限に活かし、人ならぬ速さを実現させる。相手の攻撃をサンダー・ナックルで受け流し、懐に入り、とどめを刺す。それがナチアの必勝パターンであった。
けれど、襲いくる四人の男達の前に、その速さは封じ込まれていた。
ナチア自身のスピードが落ちてきたこともある。しかしそれ以上に、男達の連携が上手かった。人間としての成熟度はともかくとして、相手の四人は、戦士として、ひとつの完成形に到達していた。ナチアのこれまでの戦いぶりを見て、男達も戦法を変化させてきた。四人は交互に、或いは同時に、ヒット・アンド・アウェイを繰り返してきたのである。
ナチアは一人も倒せないまま、体力を削られていった。
ふっ。
息を吐きながら、身を縮め、相手の眼前に体を移動させる。
「ちいぃっ」
男が奇声を発しながら、ビーム・ソードを振り下ろす。
それを右手のサンダー・ナックルで受ける。
接面から火花が飛ぶ。
サンダー・ナックルは、拳だけでなく、肘までを覆うように取り付けられている。受け止めたのは、ちょうど甲と手首の間。そこから、相手の勢いを殺さず、力の向きだけを変える。
相手の剣が火花を散らしながらナチアの右側面に流れる。ナチアの体が前に出る。懐に入る。
その瞬間、後方から別のビーム・ソードがナチアを襲う。
絶妙のタイミングであった。初めに剣を振った男が、囮だったのである。
だが。ナチアの体は反転し、後方から振り下ろされた剣を受け流す。今度は左側面に。
罠を張ったのはナチアの方。
回転した勢いを殺さず、体を滑らせる。
今度こそ、相手の懐に入った。邪魔はない。
一人倒せた。
そう思った、瞬間。
「ナチアぁあっ!」
唐突に、パートナーの呼ぶ声が聞こえた。
迷わず地面を蹴る。
挟み込んだ二人の間から抜け出し、腰のビーム・ソードを掴む。
ユーキが敵と鍔迫り合いをしている姿が見えた。
「ユーキぃいっ!」
叫ぶと同時に、男にビーム・ソードを投げつける。
視界の横から別の男が現われる。
距離が近い。
防御が間に合わない。
ナチアの体に、朱色の混じったビーム・ソードが叩きつけられた。
続く