第六十一話「対帝都防衛艦隊戦」(4)
通信が開かれてから、数秒、二人は無言で視線を交わした。
先に口を開いたのは、バラス。
「…これより、最後の攻撃を行う。言い分があれば、聞こう」
「そんな問答をする為に、通信を開いた訳ではないだろう」
シンが小さく首を振る。
レーダー上、敵戦闘機群が遠ざかっていくのが分かる。
「大型艦による中距離戦闘が目的か。戦闘機を後退させる為の、時間稼ぎとはな…」
指摘のとおりであったが、バラスは意に介さない。
「それが分かっていて、何故通信を繋いだ? もう一度合体して、包囲網を破りたいのだろう?」
「そちらの行動に、対応したにすぎない」
シンは言い切る。
二機の白い機体は合体しようと、その距離を近づけていた。
両者共に無意味な会話であると、バラスは思っていた。だが、そう思っていたのは、バラスだけであった。シンは続けた。
「バラス総司令に限らない。この通信を聞く、多くの者が、気付いている筈だ」
まずい、とバラスは思った。
敵艦との通信は、この旗艦だけとしか、繋がなかった筈なのだが。
「今回の戦いは、全て茶番だ。これ以上、無意味な犠牲を出す必要は無い」
「…貴艦が降伏すれば済む事だ」
「こちらは予定通り、次の攻撃を最後とし、この宙域を離れる。どうしても邪魔をする艦のみ、撃沈する」
よく考える事だ。
シンが言って、通信は切れた。
「………」
バラスは後悔した。
通信など、繋ぐべきではなかった。
多少の犠牲を払ってでも、そのまま強引に、中距離戦闘に移行するべきだったのだ。
茶番? 予定通り?
バラスでなければ、惑わされる。特に、ハッキングを行ったコン・シールド・マスター達は。
「…閣下、先程のハッキングの回線を利用されました。会話が漏れていたようです…。複数の艦から、通信が入っています」
副官の言葉に、首を振った。内容は分かっている。
「各艦とも、敵艦に関する説明を要求しておりますが…」
戦闘機群は包囲網の外側に撤退し、マーベリックは合体した。
「説明はしよう。ただし、戦闘が終了してからだ…」
チャンスは、恐らく一度きり。それを逃せば、あとはない。
「全大型艦より、主砲を発射だ。全てのエネルギーを注ぎ込め。最低でも三連射。その後の事は考えるな」
勝てばいい。それで、すべてが終わる。
「攻撃を開始せよっ!」
「ナチアのばかっ」
合体するなり、ユーキが叫んだ。
「感謝の言葉なら、後回しですわよ」
「そーそー、準備急がなくっちゃ」
三号機の二人は、聞き流した。
「あんな無茶して、もう…」
「一号機が落ちれば、敗北が確定しますわ。損害レベルの均等化は当然の選択…」
「え? そういうことだったの?」
「なんだと思ったのです」
「いやあ…」
「それにしたって、あんなこと…」
三人の会話に、シンが割り込む。
「話は後だ」
時間がないのは事実であった。一同は、作業に集中した。
「主砲を五回。他は全て切り捨てる。できるな?」
シンの言葉に、頷く。
「こっちは何とか。クリスは?」
「できないなんて、言えないよね。ナチアさん、相手はどう?」
「旗艦は、包囲網のやや外側。護衛艦が一隻ついてますわ。その他、軸線近く邪魔な船が、三隻…」
「合計五隻ね。数は合ってるけど…、旗艦を務める戦艦を、一撃で落とせるの?」
「分からないけど、やるしかないんでしょ?」
「そういう事だ。でなければ追撃が来る」
「最低でも旗艦だけは撃沈しなくてはならない、ということですわね。少尉っ!」
ナチアの言葉の、最後が撥ね上がった。
「大型艦全艦、エネルギー上昇ですわっ!」
「準備完了っ」
「いつでもどーぞっ」
三人の声が、ほぼ重なる。
「始めに主砲三連射っ! 最大戦速っ!」
無数の雷が、白い船体に突き刺さった。
「戦艦エイダスっ、次いで巡洋艦ラービル、駆逐艦マヴァーリエ被弾っ」
もはや、朱色の球体と化したレーザー砲の嵐の中から、青白い光線が出現していた。
遅れること数秒、敵艦が姿を現わす。
「ラービル及びマヴァーリエ、エネルギー発散を確認っ。全チャンネル沈黙っ」
「エイダスはどうしたっ?」
バラスの問いに、カキザキの声が返る。
「戦艦エイダス、航行不能。ですが艦橋は生きていますっ」
よし。
バラスは頷き、カキザキも振り向いた。
「敵艦のシールドは、ほぼ壊滅しました。主砲の残弾は、あと二つ。それ以上は不可能かと…」
「最後の最後で、あの男が役に立つとはな…」
旗艦ミザエルの艦橋から、二人の男は、立会監督官の乗る巡洋艦の姿を見た。
護衛艦としての大役を、まさか最後に果たしてくれるとは。
「少尉っ、戦艦が生きていますわっ」
その他の戦艦を落とせなくて、より規模の大きい、旗艦を落とせる筈はない。
「どうするのっ、あと二発しかないよっ」
「護衛艦が軸線上から動かないっ、シンっ?」
シールド損傷率は九割を大幅に越えた。内部にもダメージがある。ミサイルも残り少ない。これ以上の戦闘は困難。
「旗艦に主砲を二発当てる。護衛艦には退場願おう。ナチア、頼めるか?」
「…わかりましたわ。わたくしが、どけてみせますわ」
シンからの依頼を、ナチアは受けた。
「巡洋艦ステージア、被弾しましたっ」
これで決まった。
「ミザエルのコン・シールドを最大展開させろ。重力バリアに集中だ」
一発は受ける。
だが、そこまでだ。
包囲網を突破しても、残った戦闘機と駆逐艦で追撃する。相手の出方によっては、捕獲もありえるだろう。
「ステージアが回避行動に移っていますっ!」
副官の声に、答える余裕はなかった。
何故、ステージアが生きている?
「ミザエル被弾っ!」
スクリーンが白色に輝き、強い衝撃に艦橋が揺れた。
非常事態を知らせるサイレンと、赤い光が明滅する。
「続いて第二撃っ、直撃しますっ!」
艦橋に、響き渡った。
「やったあっ!」
歓喜の声が響いた。響かせたのは、クリスである。
「敵旗艦、撃沈しましたわっ。エネルギー発散っ、完全に…、撃沈しましたわっ」
ナチアの声も、僅かに震えていた。
「ねぇ、ナチアさん、どーして護衛艦がどくって分かったのっ?」
笑顔のままで、クリスが尋ねる。ユーキも驚いた表情である。
「あの護衛艦には、臆病者が乗っていたのですわ…」
答えるナチアの声は、落ち着きを取り戻しながらも、充足感がこもっていた。
航空管制をしていて、途中で気が付いた。帝国艦隊が、空母さえ含めた包囲網を形成する中、一隻だけ、旗艦の傍を離れない船があった。主砲の射程が長い旗艦ならば、後方からでも包囲網の一翼を担えるが、巡洋艦では不十分である。自己保身に走るような司令官には見えなかったから、何か事情がある。ナチアはそう読んだ。
だからこそ、威力が低い、副砲の一撃で逃げだしたのだ。
マーベリックの副砲とは、つまり三号機の主砲。だからシンはナチアに頼んだ。その期待に、自分は応えることができた。
「さあ、クリス、残った艦隊に通信を開くぞ。弔い合戦など、やられてはかなわん」
「あ、うん」
そして回線は開かれ、シンの短い演説が始まる。
勝利を宣言するものではなく、戦いを終わらせるための演説が。
「帝都防衛艦隊全ての士官、及び乗組員に告ぐ。戦闘は終結した。我々は、勇猛なる総司令、バラス少将に敬意を表し、これより戦域を離脱、本宙域をあとにする」
マーベリックは包囲網を越えて、さらに帝国軍から離れていく。
「もとより、こちらに交戦の意志は無い。これより先の、一切の流血は無用である。今後、我が艦よりの攻撃は行われないものと、信じて頂きたい」
総司令を失った防衛艦隊の中で、率先して通信に入ろうとする者はいなかった。少なくとも、このまま放っておけば、自分達の命は安全である。巡洋艦ステージアでは、立会監察官が何か叫んでいたが、旗艦の護衛を放棄した艦内で、もはや賛同する者はいなかった。
「貴艦隊の負傷者救出を急がれ、これ以上の犠牲が出ぬよう、心から願うものである」
戦闘の中止をためらっていた者達にも、大義名分が与えられた。防衛艦隊は、その内部で無言の了承を交わし、戦いの終結を決定した。
「貴艦隊と、失われし魂に光あらん事を…」
一言を付け加えて、シンは通信を切った。
お見事ですわ…。
ナチアが呟き、ユーキが同調した。
万が一、敵艦隊からの返信があった場合であっても、通信は一方的に流れるのみで、受信しないよう細工をしていた。その点も含めて、見事な演説と言えた。
マーベリックは、四回目の、そしておそらくは最後の敵襲を、防ぎきったのである。
<次回予告>
シンは、操縦席の後部ドアを開けた。
一人の少女が、そこで待っていた。
次回マーベリック
第九章 第六十二話「再会」
「ごめんね、邪魔しちゃった?」