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第六十話「通告」(2)

 帝都防衛艦隊旗艦ミザエルの艦橋で、バラスは腕を組んで腰かけていた。

 ホワイト・キャットとの通信を切ってから数分。副官のカキザキ中佐が声をかけてくるまで、その体勢のままであった。

「やはり、降伏はしませんでしたか…」

 ミザエルは艦隊の指揮用に設計されており、大きな艦橋のさらに上部に、全軍の司令官用のスペースが設置されている。二人の会話を邪魔しないよう、周りの士官も配慮し距離を保っていた。

「当然と言えば当然。事前交渉も決裂していたからな…」

 腕を組んだまま、バラスはカキザキを見た。この男と組んで、すでに五年となる。多少硬く事務的なところもあるが、有能でよい部下だと、バラスは思っていた。

「交渉の時間が足りなかったのでしょうか。それとも、こちらが出し惜しみをしたのか…」

「ふふ。最終的には、貴官が驚く程の経済支援を提示したらしいぞ」

「艦隊の財政を預かる身としては、聞くのは控えておきましょう」

 直立不動の姿勢で、カキザキは淡々と答える。そんな副官から、バラスは視線を前方スクリーンへと移す。

「我々も、それなりに準備はしたつもりだが…。正直、謎の多い相手だ…」

「閣下の仰る通りかと」

「…カキザキ副官」

「何でしょう?」

「音声記録を、一度とめてくれ」

「かしこまりました」

 カキザキは、戦闘記録用の音声録音を停止してから、続きを待った。

「今回の相手を…、どう思う? 建前はいい。貴官の本音を聞かせてくれ」

 バラスの言葉に、カキザキは頷いた。今回の任務においては、命令から出撃までの時間が短く、情報は不足していた。上官との意思疎通を図りたいと、カキザキも思っていた。

「では、言わせて頂きます。気になる点は、二点あります。一点目が、乗組員について。キーパー、ディフェンダー、ブレイカー、パイロット、そしてシューター。何人乗っているか不明ですが、バック・ヤードを含めて、隙がありません。一つ一つの戦闘を見るならば、戦術的にも優れていると考えます。ですがその一方で、全体を通した戦略が見えてきません。軍を相手に戦っていけば、遅かれ早かれ、こうなる事は分かっていた筈です。このタイミングでも交渉に応じないとなると、彼らの目的が分かりません」

 カキザキはひとつ、息をついた。バラスは黙って、続きを待つ。

「二点目が、船の性能についてです。一回目の戦闘よりも二回目、二回目よりも三回目と、戦闘能力が上がっています。隠していたのか、理由があるのか。ともあれ、四回目に当たる今回においても更に、しかも大幅に上がっている事が観測されています。これほどの性能を支えるエネルギーを、一体、何処から持って来ているのか…」

 ここまで話した時、カキザキの宇宙服の通信機に、艦橋からの通信が入ってきた。

「どうした?」

 バラスの声に、カキザキは、やや困惑気味の表情で答える。

「巡洋艦ステージアより、通信が入っています」

「あの男か…」

 バラスの表情も、硬いものとなる。

「如何しますか?」

「繋がった以上、切る訳にもいかんだろう…」

「では、お繋ぎします」

 僅かな空白のあと、前方のスクリーンに一人の男が現われた。神経質そうな顔立ちで、軍服の上に宇宙服を着て、さらにヘルメットまで被っている。

「バラス総司令、通信が繋がるのが遅すぎます」

 甲高い声が、バラスには不快であった。恐らくは、カキザキにも。

「すでに本艦隊は、戦闘態勢に入っております。御容赦を願えますかな、ルートイック立会監察官殿」

「私からの指示と確認は、今回の任務に必要です。最優先で、確実に繋いで頂きたい」

「戦闘中の指揮権は、私にあります。誤解の無い様に、お願いしたいですな」

「ふん…。その指揮が正確かどうかを判別するのが、私の仕事ですから…」

「それで、御用件は何ですかな?」

 話を途中で遮られて、ルートイックは露骨に不満そうな表情を作る。

「先程の交信は、どういう事ですか?」

「敵艦との交信ですかな?」

「勿論です。他に何があると言うのです」

「何か問題でも?」

「今回の任務は、敵艦の捕獲です。撃墜などされては困ります。何の為に、帝都の防衛艦隊が…これほどの大艦隊が指名されたと思っているのです?」

 ああ、その話か、とバラスは思った。

 早い段階で、このくだらない話を切り上げたかった。

「反撃をするのが確実な相手に、これから捕獲します、などと言えというのですかな? 我が軍の士気が、それで上がるとでも?」

「下っ端の兵士が、どう思おうと知りませんが、総司令が忘れていなければ良いのです」

 下っ端の兵士、という発言に、カキザキは眉をひそめた。

「我々の任務は、敵艦の捕獲、それが出来なければ、撃墜です。最終的にどちらになるのかは、私の判断です」

「ふん…。もう一つ、条件がありましたね。今回の任務で、撤退は許されません。最後の一艦となっても戦って頂きます。前回の特務艦隊の様な失態は許されません」

「話は以上ですかな。では、これにて失礼させて頂きます」

 バラスは手で合図し、何か言おうとしたルートイックを待たず、カキザキが通信を切った。

「…人の艦隊に乗り込んで来て、一体、何様のつもりでしょうか」

「ふん。全滅してもいいから捕獲しろと言うか。任務がそれほど重要なら、立会人にもそれなりの人物をよこして欲しいものだ」

 バラスもカキザキも、ともに苦い表情である。

「重要、ですか…」

 カキザキは、少し考えてから言葉を続けた。「先程の続きともなりますが…。宜しいでしょうか?」

「敵艦のエネルギー機関か?」

「はい。あれほどの性能を支えるエネルギーなど、本来、ありはしないのですが…」

「オニキス、か…」

「やはり、お気付きでしたか」

「帝国と連邦を合わせても、数える程しか無い筈だ。上層部がやっきになるのも、当然だな」

「それが事実なら、彼らの目的も頷けます。オニキスを持って、連邦に亡命…」

「………」

「他にも疑問は残りますが、そう考えると、一応の筋が通ります」

「ふむ…。貴官は、二年程前の噂を知っているかね?」

「噂、ですか? いえ…特には…」

「トライアングルの内側で、巨大な時空震があったそうだ。大きさもさる事ながら、何故か、ワープ・アウトのみで、ワープ・インした形跡が無かった。すぐに緘口令が敷かれたが、連邦が新式ワープ航法を試したのではないか、などと…囁かれていたらしい」

 カキザキの顔が、僅かに曇った。

「閣下。まさか…」

 敵艦のレーザーは、連邦製を模して作られている。そう聞いていた。模しているのではなく、本物なのか。

「余計な事を言った様だな…」

 バラスは笑みを浮かべてから、首を振った。

「我々は軍人だ。噂や、ましてや自分勝手な憶測で動く訳にはいかない。違うかね?」

 その言葉に、カキザキは頷いた。

「私の方からも、一つ、噂ではありませんが、よろしいでしょうか?」

「貴官からか? 聞かせて貰おう」

「メルビスという男を知ってらっしゃいますか? 前回の、特務艦隊の司令官です」

「戦闘データは見たが…」

「あれは、私の士官学校での同期です」

「ほう」

「特に、交友という程の物はありませんでしたが…。ここに来る直前、彼から連絡が入りました。よほど心に残る物があったのでしょう…」

 バラスは黙って、次の言葉を待った。

「あれは化け物だ、気を付けろ、と」

「化け物、か…」

「そう言っていました」

「歴戦の勇者からの進言ならば、大切にせねばならんな」

「はい」

 バラスは立ち上がり、前方のスクリーンを見据えた。

「…カキザキ副官」

「はいっ」

「全軍に檄を飛ばせ。あの船を落とせば、勲章物と伝えろ」

「かしこまりました。戦闘機のパイロットには、十字勲章を約束します」

「昇級もだ」

「はいっ」

「ミナミシエの力、思い知らせてくれるわ…」

 バラスは呟き、カキザキは頷いた。


 相対距離が一千万キロを切り、マーベリック艦内でも、緊張が高まってきた。

 やるだけのことはやった。

 シミュレーション訓練も繰り返した。

 あとは、たったの一回。やり直しのきかない、この一回をクリアするのみ。

「マーベリック全艦、第一種臨戦態勢へ移行。天頂固定。レーダー全面展開。主砲準備に入れ」

 シンの声が響き、艦内の空気と重力が変化していく。

「距離三百二十万で主砲発射だ。クリス、それまでに敵艦コン・シールドを突き崩せ」

「オッケー」

「生きて、連邦に帰る。…帰ったら、買い物にも付き合おう」

「…ありがとう、シン」

「ぼくも連れてってね」

「二人とも、荷物持ちですわ」

 四人の視線が、モニター越しに交わされる。

「では、いくぞ。コン・シールド展開。最大戦速へ移行」

 一瞬、蜃気楼のように姿を揺らめかせた白い船体が、さらなる加速を開始した。

<次回予告>


 旗艦ミザエルにおいて、カキザキは制御シートから上官に報告した。


次回マーベリック

第九章 第六十一話「対帝都防衛艦隊戦」


「リミッター解除っ、つっこみますわよっ」

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