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第五十七話「日常」

 ナチアは怒っていた。

 目の前には、ユーキとシンが並んで座っていた。床に直接腰を下ろし、昼食を食べている。ベッドに腰かけているのは、ナチアとクリス。数日前までは、ユーキとクリスの位置は逆であった。

 まったく、いつもいつもいつもいつも…。

 好きな男の隣で、黒髪の少女は笑顔を浮かべていた。嬉しそうに、少し恥ずかしそうに、ナチアから見れば信じられないくらいの。いつもどおりの笑顔であった。

「それでは、本日の報告をしまーす」

 全員が食事を終えたところで、クリスが報告に入った。「頼む」と応えるシンも含め、チームの一同はほぼ、前回戦闘以前の日常を取り戻していた。

 どうして、あなた方は、そんなに立ち直りが早いのです?

 ワープ・アウトからまだ三日しか経っていない。自分も望んだこととはいえ、どこか釈然としないナチアであった。 

「まず、前回の戦闘に関わる不具合個所について、まとまりましたので確認です」

 金髪の少女の心情はともかくとして、この日の報告は続いていった。

「主な損傷個所は、ミラー・シールドと重力バリアです。細かい所は他にも、いろいろありますが、幸いなことに、航行上重要な機関に影響はありませんでした。現状、ミラー・シールドの損傷率は約七十六パーセント。重力バリアと合わせて、修復には三週間以上かかります」

「それほどやられて、よく脱出できましたわ」

「はい。ぼくもそう思います」

 ナチアの嫌味を、クリスは笑顔で受け流す。

「次のワープまでは、どのくらいだ?」

「短距離であれば、約二週間で可能となりますが、あと二回のワープで不可空域の手前まで行くには、約二十五日間の準備期間が必要です」

「そうか」

「予想はしてたけど…、最後の重質量ミサイルの影響が、地味にきいてます。通常戦闘ならともかく、ワープに必要な航空管制となると、かなりの精度が必要ですから」

「ああ、そうだろうな」

 質問の主は、シンからユーキへ。

「それでも、行程の半ばは、過ぎたのよね?」

「はい。現在、帝国領の中心部より、やや連邦よりまで来ました。首長星のあるオバール太陽系までは、中距離ワープ一回の所です」

「行きませんわよね?」これはナチア。

「もちろんです。ぼく達は、そんな所無視していきます。ただ…」

「なんですの?」

「うん。次の敵襲を計算してみたんだけど…、どうも、想定される戦力を揃えるには、帝都から出てくる可能性が大きいんだ」

「考えられますわね」

「不可空域の前線からここまで、主戦力を送り込んでくるとは思えないし…。距離からいっても、今度の敵は、帝都の防衛艦隊になると思う」

「…たった一機に防衛艦隊ですの…」

 少女の小声が、口から吐き出されて、通路に沈殿する。

「一応、共通認識計っておくけど、同じ太陽系の駐屯部隊って言っても、セリオスのクラシカル・アーミーなんかとはモノが違う。首長星の防衛って体面もあるし。何より、いくつかの分隊に分かれていて、順繰りに最前線に送られるから、経験も豊富で、実力はトップ・クラス…」

「帝国の、正に最強艦隊の一角、よね」

「そうですわね」

「予想される敵戦力はどのくらいだ?」

「はい。大まかな値ですが、よろしいでしょうか?」

「頼む」

 そして提示される、敵の布陣。

「戦艦が四から六、駆逐艦が同じく四から六。空母が二から三、搭載された戦闘機が五十から八十。また、護衛艦が八から十三。以上です」

 シンを除く二人から、大きな溜め息が漏れる。

「敵襲来の、予想時期は?」

「最短で二週間。遅くても三週間程度と予想されます」

「前回と同じ手は使える?」

 ユーキの問いに、クリスは首を振る。

「簡易ワープでよければ、もちろん使えます。だけど…。戦艦と空母だけでも相当な数になります。全部を落とすのは至難です。また、駆逐艦や巡洋艦も高性能でしょうから、仮に戦艦や空母を落としたからといって、追いかけてこないという保証もありません。というか、これだけ戦力差があれば、普通は追いかけてくるかな」

「そうよね、やっぱり…」

「重質量ミサイルを大量に撃たれたら、ワープ後の戦闘はより厳しくなります」

「作戦は、シミュレーション訓練を行いつつ、もう一度考えよう。それで、その数週間後に、こちらの戦力はどの程度回復しているんだ?」

「二週間後には約六割、三週間後には約八割が出せる予定です」

「幅がありますわね?」

「この一週間の差は、大きいです」

「敵襲来が遅れた方が…いい?」

「さあ、どうでしょう」肩をすくめる。

「襲来が遅れる、ということは、それだけ大規模な艦隊を準備する、ということですから…」

「そうよね」

「マーベリックの修復率だけを見れば、今までで一番マシになるけど…。ミラー・シールドだけは、別。最初に説明したとおり、全回復は無理なので、これまでのように、初めは無理してもレーザーを弾ける、という具合にはいきません」

「その意味でも、同じ戦法は通じませんわね」

「うん。だけど!」

 クリスは力を込めた。

「帝国軍との戦いは、おそらく、次が最後」

 シンを、ユーキを、ナチアを見る。

 今回のミーティングで、これが、最も重要な共通認識。

「乗り越えることができたのならば…。その先は、こちらの推進力を九割から十割に高めることができます」

 それは、すなわち。

「どんな戦力も、追いつくことなどできません」

 連邦最高機密、レベル・セブン・マーベリックの、それが実力。

 戦艦や駆逐艦では追いつけない。足の遅い空母など論外。仮に速度で並ぶ船があったとしても、後方支援のない戦闘機などは、各個撃破の対象にしかならない。もはや、規模で戦力を測ることは無意味となる。

「推進機関をやられなければ、よね…」

 小さく笑いながらユーキが腰を上げ、ナチアが続く。

「推進機関をやられた時は、すでに宇宙の塵ですわ」

 両手を大きく広げる。

「では、そうならないよう、準備をしよう」

 次にシン。クリスは座ったまま、三人を見上げる。

「言い訳をするつもりはありませんが…、前回の戦闘において、キキは、決して自らの保身を図ったわけではありません…。自動修復システムの本懐である、乗組員の安全確保…、つまりあの時、降伏した方が、ぼく達の安全を確保できると判断したのです」

 クリスの友人として。クリスのために。クリスの意思に反しても。

「それが間違いだったと、証明させてください!」

 伸ばした手をシンが掴み、クリスは立ち上がる。二人の手に、ユーキの手が重なる。ナチアは横で見ている。

 そして四人は、各自の操縦席へと散っていった。

続く

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