異世界召喚ガチャ ~引き当てろ!ウルトラスーパーデラックスレジェンドレア~
当たるも八卦当たらぬも八卦。
自分の胸に手を当ててみましょう。
薄暗い部屋。床に胡坐をかいて仄かに輝く石板を見つめる女性。
ボサボサの髪の毛、荒れた肌、虚ろな瞳からは生気が失われているのが容易に見て取れる。
「コモン……コモン……アンコモン……コモン……コモン……」
半開きの口でぶつぶつと呟きながら、瞬きすらせずに石板を見つめる。
いちいち声に出すのは指差喚呼の一環なのだが、殆どコモンかアンコモンしか出て来ない、代り映えのしない石板に対してのそれはぞんざいになる。
もう何日、何ヶ月、何年……こうしているだろうか。
食事も睡眠も排泄も必要ない女神という存在である彼女にとって、喉が渇いたから、お腹が空いたから、眠たくなったから、トイレに行きたくなかったから、何時間くらい経ったという人間的な指標は無い。
歯を磨かなくても風呂に入らなくても清浄が保たれ、常に気品ある芳香に包まれている女神なので、この薄暗い部屋にずっと篭ったままだ。
魔王を倒す力を持った勇者を、異世界から召喚する儀式。
勇者に相応しい強力な魂の持ち主を探し出す儀式。
この女神こそ、運に任せて選ばれた魂を、勇者として採用するかどうか決める、この儀式で最も重要な【運命の女神】だった。
魂には、勇者としての適性に応じてコモン、アンコモン、レア……とランク付けがされており、魔王を倒すには最上級のウルトラスーパーデラックスレジェンドレアの魂が必要である。
レアの上にはデラックスレア、スーパーレア、ウルトラレア、レジェンドレア、スーパーデラックスレア、ウルトラデラックスレア、ウルトラスーパーレア、デラックスレジェンドレア、スーパーレジェンドレア、ウルトラレジェンドレア、ウルトラスーパーデラックスレア、スーパーデラックスレジェンドレア、ウルトラデラックスレジェンドレア、ウルトラスーパーレジェンドレア、そしてウルトラスーパーデラックスレジェンドレアの15ランクがある。
コモン、アンコモン、レアと合わせて合計18のランク付けがあるが、魂の99.99%はコモンで、残る0.01%のうち99.99%がアンコモン。
つまりレア以上が現れる確率は0.000001%となる。1/100,000,000だ。
ある魂が……
アンコモン以上である確率
10の-4乗
レア以上である確率
10の-8乗
デラックスレア以上である確率
10の-12乗
スーパーレア以上である確率
10の-16乗
ウルトラレア以上である確率
10の-20乗
レジェンドレア以上である確率
10の-24乗
スーパーデラックスレア以上である確率
10の-28乗
ウルトラデラックスレア以上である確率
10の-32乗
ウルトラスーパーレア以上である確率
10の-36乗
デラックスレジェンドレア以上である確率
10の-40乗
スーパーレジェンドレア以上である確率
10の-44乗
ウルトラレジェンドレア以上である確率
10の-48乗
ウルトラスーパーデラックスレア以上である確率
10の-52乗
スーパーデラックスレジェンドレア以上である確率
10の-56乗
ウルトラデラックスレジェンドレア以上である確率
10の-60乗
ウルトラスーパーレジェンドレア以上である確率
10の-64乗
ウルトラスーパーデラックスレジェンドレアである確率
10の-68乗
女神は、たった数文字で書き表せる有限の数字を引き当てるだけでよい。
石板をタッチすれば次の勇者候補が表示される。とても簡単な仕事だ。
「コモン……コモン……ウルトラスーパー……コモン……」
女神は流れ作業で次の勇者候補を呼び出した瞬間、戦慄した。
今流したのは、ウルトラスーパーデラックスレジェンドレアではなかったか?
心ここに在らずで、ウルトラスーパーレアとウルトラスーパーデラックスレジェンドレアを混同したとしたら……。
ウルトラスーパーレジェンドレアだったかも知れないが、ウルトラスーパーデラックスレジェンドレアだったとしたら……。
大変な過ちだ。
次に流したという事は不要という事である。
他のランクの場合は、確率に従って同じ魂が何度も石板に表示される可能性があるが、ウルトラスーパーデラックスレジェンドレアという特殊な魂に限っては、一度流したら二度と石板に勇者候補として現れない。
運命の女神と真の勇者に相応しい魂は一期一会なのだ。
女神は、石板を静かに床に置くと、立ち上がり、部屋の隅へと歩いた。
眼を見開き歯を食いしばり、渾身の力で壁を殴る。
女神の拳が突き刺さった場所は大きく凹み壁一面にひびが入るが、聖なる素材で造られた神殿は、この程度ではビクともしない。
女神が腕を離すと、壁は綺麗に修復されて元どおりとなる。
破壊と修復が繰り返され、女神の打撃と共鳴するように、巨大な神殿が何度も揺れた。
ひとしきり壁を殴った女神は、部屋の中央に向き直る。
「よくぞ召喚に応えた。勇者よ!」
魂を選んでさえいれば勇者が召喚された筈の魔法陣の前で、女神は声を張り上げる。
「我は運命の女神。そなたは魔王を倒す運命を帯び、召喚された!」
本来なら光り輝く筈の魔法陣は、真っ暗に沈黙している。
「魔王を倒し、世界に平和をもたらすのだ!」
何の反応も示さない魔法陣を、ただじっと見つめる。
地の底で呻く亡者のような声で頭を掻き毟り、完全防音の神殿を破壊してしまうのではないかという程の絶叫を上げると、とぼとぼと歩いて床に座り石板を持ち上げ、女神は作業に戻った。
「コモン……コモン……コモン……コモン……」
これは異世界から魂を召喚する使命を帯びた女神の物語のほんの一部。
あなたが異世界に召喚されても駄女神などと蔑まず、優しく接してあげましょう。
そして、再び自分の胸に手を当ててみましょう。