81「先入観」
倒れたエンジーに、驚いたミナが駆け寄った。
「――エンジーっ?」
お世辞にも少女に見せていけない恍惚とした表情を浮かべ、鼻血を流しているエンジーだが、倒れたには倒れたということでミナは心から心配したようだった。
だが、ミナに続いて駆け寄ったウィルソンは容赦無くエンジーの頬を叩く。
「……しっかりしなさい、エンジー」
「――――――あ、あ、は、ぃ」
最初は強めに、二度、三度と軽く頬を叩くとエンジーの意識がはっきりし始めた。
「魔力に酔ったようですね。無理もありません、あれほどの魔力ですと誰でも酔ってしまうでしょう。なにやらとても気持ちよさそうな顔をしているのは、あえて追求しませんが、大丈夫ですか?」
「は、はい! すみません、失礼しました!」
正気に戻ったエンジーが立ち上がり、ミナやウィルソンに慌てて謝罪する。
彼の意識はどこかに飛んでいたようだが、無事に戻ってこられたみたいだ。
「さて、エンジー。結界術を使えそうですか?」
「――はい」
エンジーは表情を引き締めて、結界を展開した。
金の粒子が混ざった薄緑色の結界が広がっていく。
「すごい、すごい! エンジーもすぐに使えるようになったね!」
「……なるほど、素晴らしい。たった一日で、新たな結界術師が三人も生まれました。今日は歴史に残る日になりそうですね」
ウィルソンの言葉通り、今日は記録に残る日になるだろう。
結界術の適性を持つ人間は少ない。
適性者も学んだからと言って簡単に結界術を使うことはできない。
何よりも、覚えたての結界が三人のように「すぐに実用レベル」であるのもありえない。
――成功したのは、レダたちに結界術の先入観がないことが理由だろう。
特に、ミナだ。
レダは一度疑問に抱いていたが、普通は他人の魔力を使って魔術を使えない。
知る知らないの問題ではなく、わざわざ教えることでもない。
――普通は使えないのだ、と長い歴史の中でそう伝わっている。
しかし、ミナは子供で先入観がない。
良くも悪くも堅苦しい魔術に染まっていない。
そこで、ウィルソンは試してみたのだ。
ミナに「さも当然」のようにレダとエンジーを介して結界術を使わせた。
そして成功した。
ミナがウィルソンを疑わず、誰かを介して魔術が使えることにも他者に魔力を使うことにも疑問を持たなかったことが良い方向に作用した。
ウィルソンの賭けは、勝ったのだ。
仮に失敗しても、結界が発動しないだけだったので、やってよかったと思っている。
「…………しかし、これだけではもったいないですね」
ウィルソンは近くのシスターに指示を出す。
すでに聖女ディアンヌをこちらに呼んでいた。
今のミナならば、結界術の適正のない者を介して結界を使えるだろう。結界を使う感覚をその身で覚えれば、適性がないと言われたた者でも結界術を使えるかもしれない。
そもそも適正という言葉も、本来合っているのかどうか怪しいのだ。
これはウィルソンをはじめとして魔術を学んだ者がそうだが、過去から現代まで培った知識、技術、経験から最適解を学んでいる。
結界術も、過去の人間が適正のあるものだけが使える、と判断した者であり、現代人は「そう理解」している。
今まで、「できない」と言われたことに挑戦しなかった人間がいないわけではない。
実際、過去に「できない」と言われた魔術を「誰でも使える」と証明されたパターンもある。
――もしかしたら、今日、魔術が変わるかもしれない。
ウィルソンは年甲斐もなく心を躍らせた。




