64「冒険者ギルド受付嬢セイラの憂鬱」
冒険者ギルドの受付嬢セイラは大きくため息をついていた。
黒髪をアップにまとめ、眼鏡をかけた凛とした仕事がいかにも仕事ができそうな女性だ。
実際、仕事を捌くのは早く、冒険者ギルドの受付嬢としてそれなりに経験を積んでいる。
ギルドの看板受付嬢となるような華やかさはないが、熟練の冒険者からは仕事が丁寧で早く信頼できると重宝してもらっている。
(はぁ、レダさんがまさかこんなに大物になるなんて)
若い冒険者や、下心のある冒険者が若い子たちにいく中、気づけば必ず担当していたレダ・ディクソンを思い出していた。
冒険者ギルド長が拘束されたのは記憶に新しい。
以前から、きな臭い人間であるとは思っていたが、一介の受付嬢が何か探ろうものなら何をされるかわからないので極力関わらないようにしていた。
だが、まさか、冒険者を使って悪さをしていたとは予想の斜め上だった。
冒険者をまとめる役目として、やってはいけないことを平然とやっていたことにただ驚きと失望しかなかったのだ。
いくつかの悪行のひとつに、レダ・ディクソンに関わることが合った。
回復魔法を使えるレダを、冒険者ギルドで囲い、使い潰そうとしていたのだ。その一環として、レダが所属していたパーティー漆黒の狼のリーダージールを使い、徹底的に冒険者としての才能がない、と自信を喪失させようとしていた。
パーティーをクビになったところで、ギルドが手を差し伸べて、回復魔法をするだけの人材として利用しようとしていたのだ。
実際はもっとえげつないことを考えていたようだが、思い出すのも嫌だ。
想定外だったのは、レダの行動が早すぎたということだ。
パーティーをクビになった翌日に、アムルス行きを決意してそのまま旅立ってしまった。
アムルスで辺境伯に気に入られて後ろ盾を得てしまった。
おかげで冒険者ギルドは手も足も出せなかった。
それでもなんとか金のなる木を取り戻そうと悪巧みをしていたらしい。
「はぁ」
冒険者ギルドが暗躍していたなど辺境のレダにはまったく伝わっていなかっただろう。
距離が遠すぎて、何もできなかったのだ。
せいぜい漆黒の狼がギルド長のせいで不幸な結末になったくらいだろう。
今のレダは、辺境伯の令嬢、王女と治療をきっかけに結婚したと聞く。
物語に出てくる災厄の獣を倒したとも聞いている。
「ちょっと好きだったんだけどなぁ」
恋人がいることは知っていた。
その恋人にレダが騙されていることをなんとなく知っていた。
遠回しに注意していたが、もっとはっきり言っておけばよかった。
「はぁ。あの日、レダさんが冒険者を引退しますって言ってたら、じゃあ一緒に私の故郷に行きませんか、って言おうと思うくらい好きだったんだけど、残念」
タイミングを逃してしまった。
チャンスはあったのに、一歩が踏み出せなかった。
「あー、憂鬱」
そんなレダが王都にいて、ギルドの関係者から冒険者ギルドから脱退しないようになんとかならないものかと相談されてもいる。
知るか、と上司じゃなければ叫んでいただろう。
長い間、こつこつと頑張っていたレダの実力を見抜けなかった人たちが悪い。
それでも、ギルドの職員として一応はレダと話をしなければならないらしい。
嫌われたくないので、引き止めることはしない。
最近では、回復ギルドも改革が行われたので、いずれ協力関係が築けるだろう。
一方的に搾取される関係ではなく、お互いに支え合うことのできる良い関係になるはずだ。
それもレダがきっかけだと聞いている。
王都中の冒険者は全員、レダにお礼を言うべきだ。
そんなことを考えながら、セイラは今日も受付嬢として冒険者のために仕事をするのだった。




