63「ライリート家」③
(――さーて、困ったことになったぞ)
ルナが現れたことで、レイチェルが自分のことをあくまでも過去の思い出として気持ちを納めてくれるような流れになると期待していたのだが、なぜか応援している。
気持ちはありがたい。
とても、ありがたいのだが、違う、そうじゃない。
自分はちゃんと断ったではないか、と言おうと思った。
しかし、クイン・レイニー伯爵が、ふるふると首を横に振っているのがわかった。
彼は口に出さずとも目が語っている。
余計なことを言うな、と。
そうだ。
危うかった。
女性には逆らってはいけない。
散々、母から教わったことではないか。
(――ふう。空が、青いな)
久しぶりに見る王都の空は青かった。
一年前のレダは、地面ばかりを見ていて気づけなかった空の鮮やかさに、少しだけ心が落ち着いた。
■
「――エンジーを王都で見たですって!?」
マーゴット・ライリート男爵夫人は、部下の報告に驚き、手にしていたペンを落とした。
「……あくまでもそう言う声がある、ということです」
「そんなまさか。あの子はアムルスという辺境にいるのではないの?」
「どうやら、エンジー様の師匠にあたるレダ・ディクソン様が王都にお越しになられたようで、そのお付き添いとしてご一緒しているようです」
マーゴットは、金を使いレダ・ディクソンのことを調べた。
うだつの上がらない底辺冒険者。大したことのない男だ。
基本的な情報はそのくらいだ。
だが、マーゴットは上部だけの情報を信じない。
人間には、感情がある。
成功者を大したことないというのは、見栄のある人間ならば自然と口にすることだ。
レダ・ディクソンは成功者だ。
冒険者としてはぱっとしなかったが、治癒士としては現在王都に名が轟いている。
なんとかして、治療をしてほしい、家に抱えたい、そんなことを考えている貴族たちがいることを知っている。
そんなレダ・ディクソンが大したことがないわけがない。
回復魔術を使えるだけで、一介の冒険者よりも貴重な存在なのだ。
マーゴットはより調べた。
結論として、レダ・ディクソンはお人よしだ。
正式な治癒士でなかったとはいえ、回復魔術を困っている人にほいほい使ってしまう愚か者だ。
自分から金になる回復魔術の価値を貶めている。そんな印象を抱いた。
ただ、きっと、それだけではないのだろう。
マーゴットは金を一番に思っている。
愛する家族のことも、金があるからこそ幸せなのだと信じて疑っていない。
もちろん、家族の命と金のどちらを取るかと言われたら、命だ。
だが、その命を救うことだって金があれば何とかなる場合が多いのだ。
「レダ・ディクソン、最近その名前を聞くわね。王女と結婚したとか、伯爵令嬢と結婚したとか」
「その噂は事実のようです」
「――っ、なるほど。王女のあの症状を治せるのであれば、実力は本物でしょう。それこそ我が家でお迎えしたいほどね。まあいいわ。そのレダ・ディクソンが王都に来たから弟子のエンジーがついてきた、と」
「そのような目撃証言があります。正直、口を割らせるのに苦労しました。奥様に借金がある者が教会で見たようです」
「また面倒なところね。さすがに教会相手には何もできないわ」
「はい。ですが、王都にいるのであれば、接触はできるでしょう」
「任せていいのね?」
「もちろんです。――ただ」
「ただ?」
「行動を共にしているのは、他にもいます。例えば、ルルウッド・レイニー」
「……忌々しいエンジーを私から引き離したレイニー伯爵家の息子ね。でも、いいわ。何も争いたいわけじゃないの。一度、きちんと話をしたいのよ。私はまだ納得していないの。話だってしていないわ。きちんと、私がエンジーのために何を考えているのか伝える機会くらいあってもいいじゃない?」
「おっしゃる通りです」
「――ありがとう。なら、エンジーを見つけなさい」
「かしこまりました」
レダたちの知らぬところで、ライリート家が動いていた。




