62「ルナとレイチェル」③
レダは顔を覆ってしくしくと泣いた。
三十代に入ったくらいからちょっと髪質が変わった気がした。
最初はサラサラしていた毛が少し癖が現れたのだ。
スキンヘッドの冒険者の先輩が言った。
「それが、はじまりだ」
以来、レダは鏡と向き合う日々だ。
可愛い奥さんがいるのだ。髪の毛がなくなったって気にする必要はない。
ないはずなのだが、男の性というべきか取り返しがなくなるほど失うまで抵抗してしまうのだ。
――だが、まさかこっそり頭皮のチェックとケアをしているところをルナたちに把握されているとは思わなかった。
(も、もしかして、俺がダメ元で頭皮にヒールをかけていることまでは知らない、よね?)
指の隙間からルナを伺う。
視線があったルナは、ウインクをした。
きっと何もかも知っているのだろう。
「レダ殿、男には、いや、人は老いから逃げることはできない。悲しいかな、それこそ生きている証拠なのだよ」
「……クイン様」
「私も貴族だ。付き合いで不摂生と言われてしまう日々を送っている。少しずつ腹が出て、髪も全盛期にくらべてボリュームを失った。しかし、それが生きているということだよ」
「……はいっ」
レダとクインは固く握手をした。
悩んでいるのはレダだけではない。
誰もが失ったものを取り戻したいと願いながら、叶わぬ夢だと涙しているのだ。
「……え、いや、レダ先生っておでこは知りませんけど、髪はあるほうでは?」
「しっ、シュシュリー。男は些細なことを気にしてしまう生き物なのだ」
シュシュリーが疑問符を浮かべている。
ルルウッドが指で静かにとジェスチャーをし、エンジーが頷いている。
いつでも男の子は繊細なのだ。
もちろん、女性にも女性の悩みがたくさんあるだろう。
「って、感じでぇ、こういうパパなんですけど、あんたの理想像と同じだったかしらぁ?」
「……それは」
「別に責めているわけじゃないよぉ。数年前に助けられたのなら、今とも環境も違うでしょうから。でもそれってお互い様よぉ」
「……そう、ですね」
「そーもーそーもぉ。貴族の政略結婚じゃないんだからぁ、お互いのことをきちんと知るって余裕はないのぉ?」
「――っ」
「…………そこで初めて気づいたぁ、みたいな顔をされても困っちゃうんですけどぉ!」
ルナの言葉に、レイチェルが心底驚いた顔をしていた。
どうやら、長い間レダを見つけることができなかったことから、レイチェルもレイチェルで思い詰めていたのだろう。
「見つけてお礼を言って、恩返しをする」と決めて、それ以上の細かなことは決まっていなかったようだ。
ただ、レダに対する好意と、結婚したいと思った気持ちまで疑うつもりはない。
「あたしも一言は言えないけれどぉ、とりあえず、パパとの時間を作りなさい。別に恩返しが結婚しなきゃってわけじゃないんだから、良き友人でもいいじゃない。接してみて本当に好きなら、応援してあげるかは別だけどぉ、頑張りなさい」
「――っ、ルナ、様。よろしいのですか?」
「あたしだって女の子だものぉ。気持ちはわかるし、応援したいわぁ」
「……ありがとう、ございます!」
レイチェルはルナに深々とお辞儀をしたのだった。




