61「ルナとレイチェル」②
「――一過性の感情と言いましたか?」
「ええ、言ったわぁ」
少女たちが睨み合う。
ひとりは余裕を見せ、ひとりは剣呑に。
その原因であるレダは、またしても胃の痛みを覚えた。
残念ながら、精神的なものから来る痛みにはレダの魔力任せのヒールも効かないのだ。
「私のレダ様への想いが、すぐに消えてしまうようなものと言いたいのですか?」
「違うのぉ? 別にそれならいいのよぉ。でもねぇ」
「……おっしゃりたいことがあればどうぞ遠慮なくおっしゃってください」
「あら、そう? じゃ、遠慮なくぅ。えっと、レイチェル、様だっけ」
「どうぞ、レイチェルと」
「じゃあ、レイチェル。あんた、ずっとずっと会いたかったパパと会うことができてお熱になっているだけじゃないのぉ?」
「――っ」
言われることは覚悟していたのだろう。
だが、レイチェルの顔が赤くなった。
怒り、だろう。他の感情は見えない。
「あんた、パパと結婚したいとか言ったわよねぇ?」
「はい。もちろん、無理強いするつもりはありません。レダ様が受け入れてくだされば、ですが」
「だから、その程度でしょう?」
「――――な」
はっきり気持ちを露わにしていたレイチェルは、まさかルナから「その程度」と言われるとは思ってもいなかったのだろう。
口を大きくあけて、言葉が出ないようだ。
対して、ルナは自慢するように語り出した。
「パパがダメって言ったら諦めるくらいの想いとかぁ、大したことないわねぇって言ったのぉ。あたしね、パパに救われて大好きになって絶対に結婚しようと誓ったわ。とりあえず娘になったけど、虎視眈々と狙い続けのよぉ。その結果、あたしは奥さんだものぉ。これが想いの強さじゃないのぉ?」
ドヤ顔をしながらルナは続けた。
「それにぃ、パパだけの問題じゃないんですけどぉ。あたしがいてぇ、ミナがいてぇ、ヴァレリー、アストリット、ヒルデもいるんですけどぉ。その辺ってどう思っているのかしらぁ。パパの良いところしか見ていないのも問題よねぇ」
ルナの言葉に、レダがどきりとした。
レダ自身、自分が完璧な男ではないとわかっている。
わかっているのだが、悪い面をルナたちから聞くことには緊張する。
「パパだって完全無欠じゃないわよぉ。甘ちゃんだしぃ」
「ぐはっ」
「ミナのことになると暴走するしぃ」
「ごはっ」
「女の子にぐいぐいこられると弱いしぃ」
「ごへっ」
「毎日、朝晩と鏡でおでこの生え際チェックしているしぃ」
「――な、なんでそれを!?」
「ミナを抱っこする前に、自分の匂いを確認しているしぃ」
「やめて! 俺の秘密を暴露しないで!」
最初はさておき、後半は隠れてしていたことだったのに、まさかバレているとは思わずレダは心に大きなダメージを受けた。
レイニー伯爵をはじめ、ルルウッド、エンジーの瞳が優しい。
シュシュリーが「大丈夫です! レダ先生は禿げていませんし、臭くもないですよ!」とフォローしてくれた。
「――私は、レダ様が禿げていても臭かったとしても気にしません!」
「……えっと、あたしは別にパパが禿げていて臭いとは言っていないんだけどねぇ。そういうことを気にする普通の三十代ってことを言いたかっただけなんだけどぉ」
「騙しましたね!」
「騙してないからー!」




