59「レイチェルの気持ち」②
「――レダ様のおっしゃりたいことはよくわかりました」
レイチェルが深く頷いてくれて、レダが安堵した。
いや、この場にいるレイチェル以外の人物が安心したように大きく息を吐いた。
「では、個人的に恩返しをさせていただきます!」
「……あれぇ?」
「とりあえずアムルスに移住します」
「――いや、あの」
「こう見えて、魔術は得意です。アムルスを守るため、この力を存分にお貸ししましょう」
「待ちなさい! 本当に待ちなさい!」
レイチェルの発言に慌てたのは、クイン・レイニー伯爵が慌てた。
よほど慌てていたのだろう、勢いに任せて無意識に立ち上がってしまっている。
「クイン様? なぜそんなに慌てているのでしょうか?」
「慌てるに決まっているだろう! レイチェル、君は、魔術学園を主席で卒業した実力を持ち、若くして学園で働いているのだ! いずれは学園幹部か王宮に務めることも夢ではないというのに、なぜ辺境の地に行くというのだ!?」
「愚問ですね、クイン様。――そこにレダ様がいるからです」
きりっ、とした顔をしたレイチェルであったが、クインは今にも倒れそうなほど顔が真っ赤だった。
レダがそっとクインを椅子に戻す。
「……はぁ、はぁ。私もだが、レイチェル。少し冷静になりなさい。キャリアをすべて捨てるつもりか?」
「おかしなことをおっしゃります。レダ様が見つかるまで時間が余っていましたので魔術を頑張っていましたが、レダ様が見つかった以上、これからはレダ様を頑張ります」
「いえ、あの、頑張られても困るのですが」
「レダ様にご迷惑をおかけしません。私が勝手に頑張るだけです」
これがレダでなければ、「その意気込みが迷惑なのではないか」と言ったのかもしれないが、レダはレイチェルのことを「迷惑」とは思っていない。
ただし、自分のせいでキャリアを捨てる選択はしないで欲しいとは思っている。
レダも元は冒険者だ。
魔術学園を主席で卒業できる逸材の希少価値は理解している。
魔力を持つ者が少ないこの世界で、「使い物になる治癒士」は希少だが、魔術学校を主席で卒業するレベルの魔術師も希少だ。どちらが、と優劣がつけることはできない。
どちらも、喉から手が出るほど欲しい才能であった。
「……シュシュリー、お姉さんをどうしよう?」
「レダ先生、ごめんなさい。お姉ちゃんは、猪突猛進といいますか、良い意味で前向きと言いますか、一度こう思ったら有言実行する人間なのです。ごめんなさい」
「ルルウッド、君は昔からの知り合いだったよね?」
「……残念ですが、私は無力です」
「エンジー」
「僕にレイチェルさんをどうにかできるわけがないじゃないですかぁ」
レイチェルと付き合いが長い弟子たちに助けを求めるが、どうやら難しいようだ。
過去に一度会っているとはいえ、レダとしては今日初めてあった人という認識だ。
そんなレイチェルにあれこれ言っていいものかと悩んでしまう。
いっそ、伯爵にすべて任せてしまおうかと思った。
そんな時だった。
「――可愛い奥さんの登場よっ! パパに近づくメスの気配を察して飛んできたわ!」
レダの妻、ルナ・ディクソンが勢いよく扉を開けて現れた。
 




