58「レダの気持ち」
レイチェルが自分に対し、恩義を感じていることを理解したレダだった。
同時に、朴念仁と言われたこともあるレダだったが、さすがにここまで明け透けであるとレイチェルが自分に好意を抱いていることも察していた。
(――でもなぁ)
好意は素直にありがたいと思う。
しかし、その思いを受け入れることはできない。
そもそも、恩返しもしてもらう必要はない。
レダ・ディクソンの行動原理は、人に優しく、だ。
善意には善意、悪意には悪意が返ってくると母から口を酸っぱくして育てられたことと、故郷の人たちがとても優しく暖かい人たちだったことから、レダは善意を大事にしていた。
王都で冒険者業がうまくいかず、苦しい時にこそ、善意は大事にしていた。
もちろん、善意への見返りを求めたことはない。
しかし、善意を通じて人と接したかったことはある。
それだけ、王都でも冒険者の日々は大変だった。
「えっと、アンバー様」
「そんな! レダ様にそのように呼んでいただかなくても! シュシュリーと同じように、名前で呼んでください!」
「……では、レイチェルさん」
「――はい」
キラキラした瞳を向けられてちょっと気圧されてしまう。
「俺はあなたを助けたのかもしれない。申し訳ないですが、思い出せません」
「はい、それは気にしておらず」
「だから、恩返しなんてしなくていいんです」
「…………しかし」
「こういう時に、どういう言葉が適切なのかわからないので、不快にさせたら申し訳ないですが」
そう前置きをしてレダはレイチェルを真っ直ぐに見た。
「どうか、過去に囚われないでください」
「――え?」
「俺は、よくお人よしと言われますし、甘い人間だと怒られることがあります。それでも、目の前で困っている人がいたら助けないといられない質なんです。昔は、仲間に、今は家族に注意を受けますが、そんな俺が俺らしいとも言ってもらえます」
だから、と言葉を続けた。
「俺は見返りを求めていません。恩返しも求めていません。忘れていて申し訳ないですけど、かつて助けた人が、今元気な姿でいてくれている。それが一番、俺には嬉しいんです。だから、元気でいてくれてありがとうございました。会いに来てくれてありがとうございました。自分がしてきたことが間違いない、そう思えて――報われました」
何が正解かわからない人生の選択肢の中で、間違ったことをしていなかった。
そう確信できたことは、レダにとって嬉しいことだった。
間違いなく、レダ・ディクソンはレイチェル・アンバーに感謝していた。
 




