42「伯爵夫妻の喜び」
ミナたちが焼き菓子を美味しそうに食べている姿を、レイニー伯爵夫妻は目を細めて優しげに見ていた。
「可愛らしいお嬢さんたちだ」
「本当に」
「ルルウッドが小さい頃に、女の子の格好をさせていたことを思い出すな」
「ええ。きっと今も似合いますわ」
(今、凄いこと聞いた気がする!)
レダは目を丸くするが、さすがに不躾な質問をするつもりはなかった。
容姿端麗なルルウッドのことだ。幼い頃は可愛らしかったのだろう。
彼の方を見ることはできないが、きっと、大きく反応しないことが優しさのはずだ。
「ここにアストリット王女殿下とヴァレリー嬢がいないことが残念でしかたがない。お二方も立場があるので、お忙しいのは承知している。しかし、アストリット王女殿下には、できれば御目通りしたい」
「アストリットに時間があれば、大丈夫かと思います」
「ぜひ、お願いしたい。王女殿下が辛い思いをしていることは私もよく知っている。治癒士や回復薬を探すお手伝いをさせていただいた。まさか、レダ殿ような素晴らしい治癒士がいたと知っていれば、もっと早く王女殿下も……いや、よそう。聞けば、今はとても幸せそうにしていると聞く。結果が全てだ」
レイニー伯爵――クイン・レイニーは、アストリットの境遇に心を痛めていたひとりであった。
それゆえに、快癒した姿が見たいと思うのは自然なことだ。
「ルルウッドやエンジーたちも、レダ様のような素晴らしい治癒士になってくださると願っています。
レイニー伯爵夫人――ミラベル・レイニーが、期待と若干の不安を込めた言葉を言う。
レダは夫人を安心させるように、ルルウッドとエンジーを見てから視線を戻す。
「ふたりは現時点で優れた治癒士です。俺は、冒険者をしながら必要な治癒をしてきただけですので勉強不足なところもあり、ふたりはもちろん、みんなから学ばせてもらっています」
「まあまあ!」
レダの言葉に夫人は喜び、笑顔を息子たちに向けた。
「聞けば、エンジーも立派になったと聞いている。勇敢にも災厄の獣に立ち向かったとか」
「はい。エンジーがいなければ、俺はここにいなかったでしょう。ルルウッドたちが駆けつけてくれなくても、やはりここにはいませんでした。彼らは勇気があり、俺の恩人です」
「そうか、そうか。立派になったな、ルルウッド、エンジー」
「――はい」
「はい!」
「特にエンジーは以前よりもしゃんとしている。こう自信がついたというか、地に足がついたというか。あの堕天使はやめたのだろう?」
「も、もちろんです」
かつて、と言っても少し前の話だが、エンジーは堕天使を自称することで気弱な一面を必死に隠していた。
しかし、今のエンジーに堕天使は必要ない。
ありのままのエンジーとして、ここにちゃんといるのだ。
「ははは、冗談だ。エンジーのことは信じていた。必ず一人前になると。君は我が子同然だ。親として、成長を心から嬉しく思う」
「――ありがとうございます!」
クインはエンジーの成長を破顔し喜んでいる。ミランダは、涙を流していた。
彼らは本当に、エンジーを我が子のように思い心配していたのだろう。
その想いがレダたちにも伝わり、心が温かくなった。




