126「ウェルハルトの願い」
ウェルハルトの見返りに、ティーダは納得したように頷く、レダは変な声を上げた。
「はいぃ?」
「なに、驚くことはない。どうせ父上たちに姉上との結婚に関しての挨拶に向かうつもりだったのだろう。ならば、ちょうど良いではないか。ついでに、拳を握りしめて私を殴る準備をしている父上から盾になってほしい」
「嫌ですよ!?」
「ははは、ついでにこの意味わからぬほど大きな魔石についての説明をしてほしい。安心して良いぞ。私を介してだが、ちゃーんと王家に献上できる」
「ちょっと待ってください! 陛下へのご挨拶はさておき、魔石に関してはウェルハルト殿下のほうで」
「この魔石を丸投げされても困っちゃうであろう!」
そりゃそうだ、とは思うが、そういう面倒なことをひっくるめてウェルハルトに丸投げしたいのだから、魔石の件で王都に一緒に来いと言われても困ってしまう。
「い、いえ、あの、魔石はウェルハルト様に」
「だーかーらー、丸投げはやめてぇ! 確かに、辺境伯では扱いきれないということには納得した。仕方がない。王家に献上することで、たとえ死蔵する形になったとしても争いが起きぬなら良しとしよう。だけど、この魔石をどうやって王都まで持って行けと!?」
「あ」
「私はレダのような便利で希少なアイテムボックスなど持っていないのだ! むしろ、持っている人間の方が少ないからな!」
「確かに、この大きな魔石をこっそり王都に持っていくのであれば、レダのアイテムボックスに入れて移動するのが一番安全だろう」
「ティーダ様までそんな。王宮の方にアイテムボックス持ちはいないんですか?」
「いる! だが、信用できぬ!」
きっぱり断言してしまうウェルハルトに、レダが顔を引き攣らせた。
王宮の人間を王子は「信用できない」と断言してしまうのはいかがなものだろうか。
だが、驚いているのはレダだけであり、ティーダは当たり前のように納得している。
「レダ兄上。あなたは良い人だ。麗しのアストリット姉上の夫に相応しい優しき誠実な男だ。だが、世の中そんな人間ばかりではない。傷に苦しむ姉を傷物として蔑んだ者も多くいる。そんな姉上を利用しようとしたものも多くいた」
「……覚えています」
「私や父で排除するにも限界がある。人間は欲深く、汚い。もちろんすべての人間がそうとは言わぬよ。それでも、王宮にいれば嫌なところばかりを見てしまう。ゆえに、王宮の人間など微塵も信用できぬ。今回連れてきた騎士と冒険者たちは長い付き合いであるから良いところも悪いところも知った上で信頼しているが、他の者たちは別だ」
よほど人間の嫌なところを目にしていたのだろう。
ウェルハルトの顔には、そのことを思い出したのか苦々しい感情が浮かんでいた。
「国宝を超える魔石を前にして誘惑に駆られない人間は少ないだろう。私は、これほどの大きさだと逆に利用するのが難しい、価値だけしかない魔石だとわかるが、砕いて売りやすくしようと考える人間もきっといるだろう」
「あ、はい。そうですね」
他ならぬレダが、一度は砕こうと提案していたので気まずい。
「私の仲間たちも気さくで良い奴らだが、養うべき家族がいる。魔石という誘惑を無駄に見せたくはないのだ。わかってほしい」
「レダ。私からも頼むよ。災厄の獣の件がなければ王都に行っていただろう? 魔石をささっと王都に運ぶついでに陛下へのご挨拶と、王都の観光をしてくるといい。ほら、新婚旅行だと思えば気が楽だろう?」
ティーダが、手を合わせてお願いしてくる。
ウェルハルトも同じように手を合わせた。
王族と辺境伯にそこまでされて「否」と言える平民はいない。
「……わかりました。ただ、家族と日程などの相談はさせてくださいね」
「ありがとう、レダ兄上! いやぁ、私は良き兄を持った!」
「私も感謝するよ。診療所の方はネクセンとドニー殿が回してくださっているので、しばらくは安心だろう。私も手伝えることは手伝おう。災厄の獣のおかげ、というのは癪だがモンスターもしばらくはおとなしいだろうからな」
ウェルハルトとティーダに感謝されたレダは、とりあえず家族に報告するために帰宅するのだった。




