120「ウェルハルト駆ける」
「ウェルハルト殿下!」
「やあ、ティーダ・アムルス・ローンデンヴァルト辺境伯。急な来訪申し訳ない。風呂まで借りてしまい、感謝しているよ」
「いえ、それは構いませんが、あの、どちらに」
浴室から出たというウェルハルトは、ティーダに会うことなくメイドを通して感謝を伝えると、すぐに身支度を整えて屋敷の外に出てしまっていた。
レダとティーダが慌ててウェルハルトを追いかけ、馬に乗ろうとしているところを見つけ、声をかけた。
「もちろん、道中やむをえず置いてきてしまった仲間を助けにさ」
「それは、我が街の冒険者たちが」
「無論、聞いている。心からありがたく思っている。だが、彼らは私の仲間だ。災厄の獣という未知なる化け物と戦おうとする私についてきた友でもある。姉上の命で治療だけではなく食事と風呂までいただいてしまったが、これ以上は仲間に申し訳ない! ――とう!」
馬に飛び乗ったウェルハルトは手綱を握る。
「レダ、簡単な挨拶で申し訳ない。あとでゆっくりと話をしよう!」
「ウェルハルト様」
「では、また後でな!」
そう言い残しウェルハルトは馬で駆けていく。
「……ウェルハルト様は良い王になるでしょうね」
「仲間を想い、民を思う良き方だ。そこは疑っていないが、殿下が動くというのに私が動かないわけがいかぬ! 我が街の冒険者を信じていないわけではないのだろうが、ああ、もう!」
さすがに王子が仲間を助けるために動いているのに、ティーダが屋敷の中で待機することはできない。
それはレダも同じだった。
生来のお人好しもあるが、アムルスのために戦いにきてくれた騎士と冒険者のために何かをしたい。
そう思えばすることはひとつだ。
「ティーダ様、俺もお手伝いします」
「レダ、しかし、病み上がりでは」
「戦うわけじゃありませんし、治癒士も必要でしょうからぜひお手伝いさせてください」
「――助かる!」
レダとティーダは手早く身支度を整えると、ウェルハルトに少し遅れて飛び出した。
■
「……あら、幻かしら。ウェルハルトが馬に乗って街の外に向かったのだけど」
炊き出しの準備を手伝っていたアストリットは「待っていろ、仲間たちよ!」と叫んで馬を走らせる姿を見て目を擦った。
だが、幻ということにして炊き出しの準備に戻る。
しばらくしてから、今度はレダとティーダが馬に乗って「ウェルハルト様!」と叫び同じように馬を走らせる姿を見て、アストリットはさきほどのウェルハルトの姿が幻ではなかったと理解した。
「レダとティーダ様まで……ウェルハルトが引っ掻き回しちゃって、あとで謝っておかないと」
馬には追いつけないので、アストリットは三人が戻ってくるのを待った。




