116「弟の到着」
「あぁあああああああああああああねえええええええええええうぅうううううううううううえぇええええええええええええええええっ!」
ウェルハルト・ウインザードは馬を走らせ続け、アムルスにたどり着いた。
愛馬は息も絶え絶えだ。
ウェルハルト自身も、長時間の乗馬のせいで尻が大変なことなっている。
彼も馬も、回復魔術が今すぐに必要な状態だった。
「姉上ぇえええええええええええええええええええええええええ!」
すでにウェルハルトに続く騎士も冒険者もいなかった。
誰もが志半ばに倒れている。
――もちろん、死んでなどいない。休憩をとって後から追いかけてくるのだ。
本来ならば、一国の王子を、それも次期国王であるウェルハルトを単身で移動させるなどありえない。
しかし、アムルスと姉の危機にウェルハルトは止まらなかった。
「――とう!」
何事だ、とアムルスの民が視線を向けている中、ウェルハルトが馬から飛び降りる。
着地は失敗して転がってしまった。
無理もない。
長時間、馬に乗って走っていたのだ。
そしてウェルハルトの愛馬も音を立ててその場に倒れた。
「――ファルシオン!」
倒れた愛馬にウェルハルトは手を伸ばす。
王子も馬も、泥と汗と血に塗れている。
「ここまでよく頑張ってくれた。ゆっくり休むといい、あとで水と食事をもらってやる。今は、ただ休め。――ありがとう」
感謝を伝えると、愛馬はゆっくり目を閉じた。
息絶えたわけではない、限界を超えて走ってくれた愛馬はしばしの眠りについただけだ。
「ファルシオンのためにもアムルスと姉上を救ってみせる!」
全身が痛む身体に鞭うってウェルハルトは立ち上がる。
そして、気づいた。
アムルスの住民たちが集まり、ウェルハルトに視線を向けていた。
彼らもまさか、先日まで災厄の獣の脅威が近づいていた街に王子がこの場にいるとは思っていないだろう。
しかも、数日の移動で汚れてしまっているため、顔もはっきりしない。
「――おやおや?」
ウェルハルトは首を傾げる。
現在、アムルスは災厄の獣によって厳重体制をとっているはずだ。
レダ・ディクソンたちが戦い――負けるとは思わないが、不安もあるため、こうして馳せ参じたのだ。
「――ちょっと、ウェルハルト!?」
「姉上っ!?」
人だかりの中から、ウェルハルトが心から愛する姉アストリットが現れる。
煌びやかなドレスではなく、町娘の姿だ。
「あ、姉上……再会の抱擁を交わしたいのですが、その前に質問させてください」
「汚れたあなたと抱擁はちょっと。質問だけは受け付けるわ」
「――災厄の獣は?」
「……レダたちが倒したわ」
ぱたん、とウェルハルトは倒れた。
「ちょっと!?」
「町娘姿の姉上萌え」
「あ、大丈夫そうね」
急に倒れた弟に驚くアストリットだったが、意外と元気そうな弟に少し安心した。




