113「ティーダの悩み」②
レダは、王女アストリットの夫だ。
国王やアストリット本人が、挨拶をすれば面倒ごとになってしまうからと、手紙のやり取りで許可を得てしまったのだが、これが公になれば大変なことだ。
訳ありだったとはいえ、王女が平民に嫁ぐなど前代未聞だ。
アストリットが王家の人間であることをすべて放棄したとしても、反対する人間は多いだろう。
だからこそ、アストリットはまだ表向きにも伏せっているとなっている。
世間一般では、顔にひどい傷を負ったアストリットは癇癪持ちで手に負えないとされている。
実際そうだった。
しかし、誰でも自分の顔が酷くなってしまえば人格が変わったと誤解されるほど苦しむものだ。それが年頃の女性であれば、尚更である。
だが、貴族というのは欲深く醜い。
そんなアストリットに対し「引き取り手がいないのなら引き受けましょう」と直接的ではなくとも、やんわりそんなことを言う貴族も一定数いる。
例えば、表向きは貴族の正室として扱うが、どうせ表に出ることはないのだから、使用人をつけて屋敷の一角に閉じ込めておけばいいと考えている者もいる。
例えば、見てくれがどうであれ子供が産めるのなら、王家の血を取り込むのにちょうどいいと考える屑までいる。
ティーダも貴族だが、ここまで欲深くはない。
人を人と見ないような愚かな貴族ではないのだ。
アムルスでは、アストリットが王女であることは知られている。
特に隠しもしていない。
だが、住民たちは外の人間には言わないし、出入りする商人もその情報を誰かに流すことはない。
みんながアストリットの幸せを願っているからだ。
しかし、それも限界がある。
情報はどこからか漏れる。
すでに王都では、アストリットがレダ・ディクソン治癒士に癒されたという話は出回っている。
王がレダを気に入りし、娘を嫁にするとも。
実際はもう嫁だが、貴族たちもさすがに平民に無条件に嫁がせまいと考えているのだ。
そこで、夫に立候補する貴族が出てきた。
今までは表に出られない容貌だったが、綺麗になったのであれば話は別だという。
実に酷く身勝手な話だ。
アストリットの気持ちなどまるで考えられていない。
貴族の考えなどそんなものだと割り切るべきなのかもしれないが、ティーダとしてはなかなかできなかった。
王家としては、レダは平民だからと反対する理由がないのだ。
今までに見たことのない実力を持つ治癒士であり、勇者、魔王、エルフ、ダークエルフと交流を持っている。
王家が囲わなければ、他の貴族たちが、下手をすれば他国がレダを取り込もうと躍起になるだろう。
そこで爵位だ。
爵位を与え、アストリットとの結婚を正式なものにすることで、レダは王家が囲ったこととなる。
王家的にはあまり下心はないが、王家が囲い込んだと周囲の貴族が思えばそれだけで手を出せなくなる。
ただ、爵位を与えるのはどうするべきか、という問題もあった。
レダ自身が爵位を望んでいないのも困っていた。
現状のレダの功績だけで、爵位を与えるのは十分過ぎる。
しかし、できればもう一声欲しい。
そんな時、まるで狙ったかのように「災厄の獣」が現れ討伐された。
爵位どころの話ではない。
だが、貴族たちは絶対に言うだろう。
「本当に災厄の獣などいたのか?」と。
そんな貴族たちを黙らせることができるのが国宝級を遥かに超える魔石だった。
「ふふふ、レダには申し訳ないが、貴族になってもらうよ。そうでなければ、私が心労で倒れてしまうし、胃がどうにかなってしまうからね!」
純粋に友人のために、そして自らの精神と胃のためにティーダは王家に手紙を描くのだった。




