72「エンジーの決断」①
「レダ先生、ミナ先輩、皆様、夕食をご馳走になってしまいどうもありがとうございました。僕、そろそろ帰ります」
レダとナオミが災厄の獣と戦うことを家族に告げるも、家族たちは反対することはなかった。この光景は、エンジーにとって衝撃だった。
レダたちの意思を汲み取り、理解していたのだ。
「エンジー? もう遅いし、なんなら泊まっていけばいいんじゃないかな?」
レダは気遣ってくれているが、今はこの空間にいたくないと思ってしまう。
酒は苦手だが、自分の部屋に戻って強い酒を飲んで眠ってしまいたい。
「いえ、さすがに、そこまでお世話になるわけにはいかないです」
「……エンジー大丈夫?」
精一杯笑顔を浮かべていると、ミナが心配したように声をかけてくれた。
「大丈夫です、ミナ先輩。ご飯、おいしかったです」
「うん。ありがとう! また食べにきてね! 毎日でもいいから!」
「あ、ありがとうございます!」
ミナは優しく微笑みエンジーに声をかける。
だが、どこか心配しているのか、エンジーの袖を掴んでいた。
優しい年下の先輩に自分の心内を悟られないように、取り繕うように表情を固める。
「遅くまですみませんでした。レダ先生、奥様方、ミナ先輩、また明日もよろしくお願いします!」
そう言って頭を下げると、ミナの手がそっと離れた。
「おやすみ、エンジー」
「おやすみなさい、レダ先生」
レダに続き、ルナたちが「おやすみなさい」と声をかけてくれる。
とても暖かい家族だ。
「また明日ね、エンジー。おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい、ミナ先輩」
エンジーは丁寧にお辞儀を繰り返して、ディクソン家を後にした。
アムルスの夜はいつもより賑やかだ。
モンスターの襲撃が――正確には災厄の獣から逃げたモンスターたちがアムルスを通り抜けようとしただけだ――を経験したが、アムルスの人たちは挫けない。
喧騒を耳にしながら、エンジーは無意識につぶやいてしまった。
「レダ先生たちの家族の子供として生まれたかった」
エンジーは、治癒士の才能を持っていて、持て囃されて育った経緯がある。
決して増長することはなく、誰かのために、家族のために立派な治癒士になろうと頑張っていた。
しかし、親類縁者は自分で金儲けすることしか考えておらず、友人たちもエンジーを友人ではなく役にたつ道具程度にしか思っていなかった。
レダたちのような優しい人の家族に生まれていたら、どれほど幸せだったか。
とくに、今日、レダが死ぬかもしれない選択をしたのに、無事を願いながらレダの決断を尊重し、信じるルナたちの姿はエンジーにとって神々しい光景だった。
「――エンジー」
ため息をつくエンジーの背後から聞き覚えのある声に名を呼ばれた。
振り返り、声の主の名を呼んだ。
「……ナオミ様?」




