56「元魔王は考える」
元魔王で現黒猫のノワールは、屋根の上からレダとダークエルフのフィナの会話を聞いていた。
「嵐の夜に、光に包まれて天から降ってきた赤子か……ふむ。天使の類には見えない。そもそも天界は祝福や守護を授けることがあっても、直接的な介入はしないはず」
髭を撫でながら、レダの出自を考える。
一緒に暮らすようになってまだ短いが、レダ・ディクソンは特異といえる性質を持っているように思えた。
恵まれた魔力、簡単に魔術を習得してしまう才能、覚えたての魔術を手足のように使いこなし応用してしまう柔軟性。
レダほど魔術師に向いている人間はいないだろう。
ただし、性格は甘く、お人好しなため、戦いには向いていない。
その証拠に、彼は攻撃魔法を取得しても極力使わないようにしている。それが意識的なのか、無意識なのかまではノワールにはわからない。
彼を育てたダークエルフのフィナをはじめ、故郷の村で大切に育てられたのだろう。もし、赤子のレダを保護したのが別の誰かで、彼の力に気づき利用していたらと思うとぞっとする。
「……おそらくレダ・ディクソンは――転移者だろうな」
かつての自分は、一度死を経験し、別の世界へ生まれ変わった身ではあるのでレダとはまた境遇が違う。
だが、フィナの言葉から、第一に浮かんだのが「転移」だった。
なんらかの事故かなにかで、別世界から転移してきたのなら――と、考えてしまうのは、自分が異世界転生や異世界転移という言葉を知っているからかもしれない。
もしかすると、この世界のどこかでレダを育てられず別の場所に泣く泣く転移した可能性もある。
劣悪な環境下ではあることだ。もっとも赤子を転移させる能力があるのなら、自分も一緒に逃げるだろうが。
「考えてもしかたがないか。調べる必要もないだろう」
時間をかけて調べれば、なんらかの答えが見つかる可能性があるが、それをする理由が見つからなかった。
今のレダ・ディクソンには安定した職と大切な家族が存在する。
魔術を悪用するような人間でもない。
今更過去をほじくり返す必要などないほど、彼は幸せだった。
「レダはレダでいればいい。かわいいご主人と家族たちに囲まれて、慌ただしく毎日を笑顔で過ごしていればいいのだ」
ルナとフィナに両腕を抱かれ、ミナに白衣を引っ張られて診療所に戻るレダをノワールは優しく見守った。
「できれば私にも可愛い奥さんが欲しいところだが、この身体では難しそうだな。いや、雌猫と家庭を持つのもありか……」
そんなことを考えながら、元魔王の子猫は屋根の上に寝転がり昼寝を始めるのだった。
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