30「首謀者」③
「な、なぜですか? 仮にも、国王様自身の子供のことじゃないですか」
レダの疑問に、キャロラインは目を伏せたまま応える。
「夫は、子供たちに興味がないように思われます。もちろん、わたくしたちにも。あの方は、そういう人なのです」
レダの知る、国王はいい人間だ。
悪政を敷くことなく、民を大事にしていると聞いている。
田舎育ちのレダには、いまいちわからないが、王都に出てきてから国王の悪いことを聞いたことがなかった。
(国王としてはいい国王なのかもしれないけど……人として、親としては最低だな)
口にこそ出さなかったが、レダは心底、国王を軽蔑する。
アストリットのことを放置していた件もある。
とてもじゃないが、尊敬できるような人物ではないとがっかりした。
「……とはいえ、アストリットが光を取り戻したことはもちろん、刺客に狙われたことも伝えはします。が、国王に期待するのはやめましょう」
「では、いかがなさいますか?」
静かにティーダが問う。
場合によっては、彼もキャロラインに協力するつもりなのかもしれない。
「黒幕がはっきりしているのなら、実家の力を借ります。もう二度と、こんなことがないようにするつもりです。人生を取り戻したアストリットを害されるつもりは毛頭ありません」
「可能ですか?」
「ええ、それだけの力はありますし、家の力では側室方には優っています。ただ、今まで争うことをしなかっただけでした。そのせいで、相手が調子に乗ってしまったのなら、わたくしにも責任はあります」
キャロラインは言葉を止め、微笑んだ。
背筋が凍るような、恐ろしい笑みだった。
「二度と、わたくしとアストリットに手を出したいと思わなくなるように、徹底的に戦い、潰しましょう」
かつてアストリットが襲われ、光を失った。
以後、キャロラインは娘を守ることと治療することを優先してきた。
だが、彼女の目的は果たされ、アストリットは光を取り戻した。
ならば、次は守りに徹するだけだ。
そして、攻撃は最大の防御である。
(第二王子と第三王妃はキャロライン様の逆鱗に触れたな)
結果がどうなるかは不明だが、王妃の自信から勝算はあるのだろう。
「あの、俺たちになにかできることはありますか?」
レダは恐る恐るそう言った。
王族の揉め事に関わるつもりはなかったが、せっかく治療したアストリットのことが心配だったのだ。
「もうパパったら、お人好しなんだからぁ」
「うむ。だがそんなレダだからこそ、好ましいぞ」
「レダ様のそういうところがわたくしは好きですわ」
ルナがちょっと呆れたように、でもどこか楽しそうに。
ヒルデガルダが、苦笑しつつ。
ヴァレリーは、瞳を潤ませてレダを真っ直ぐに見つめた。
「ディクソン殿のお気持ちは大変嬉しく思います。ですが、すでにもう、あなたにはしてもらってばかりです。治療をしてくださっただけではなく、刺客から娘を守ってもくれました。あとの、王族の醜い戦いは、わたくしにお任せください」
暖かな笑みをレダに向けるキャロラインにそう言われてしまうと、レダはそれ以上なにも言えなかった。
「わかりました。どうかお気をつけください」
「ありがとうございます。ディクソン殿」
実際、レダになにができるかわからないし、足を引っ張ってしまっても問題だ。
ここは素直に彼女の言葉を受け入れることにした。
「キャロライン様、我々にできることはございますか?」
「ローデンヴァルト辺境伯殿?」
「王都での戦いはお任せします。だが、他になにかあれば、ぜひおっしゃってください」
ティーダがレダに目配せしたので、レダも力強く頷く。
キャロラインは少し困った顔をしていたが、しばらくして口を開いた。
「――お願いしても構いませんか?」
「もちろんです」
「ならば、ひとつだけお願いがございます」
「なんなりとおっしゃってください」
「しばらくの間……わたくしが、今回の一件を片付けるまで、アストリットをこの町で預かってもらえないでしょうか?」
「――お母様!?」
レダたちは、目を見開き驚いた。
とくに、アストリット自身の驚きは大きかったようだ。
まさか、ようやく治療に成功し、母娘の仲も回復した娘を置いていこうと言うのだから。
(だけど、いい判断なのかもしれないな)
「そう時間をかけるつもりはありません。ですが、わたくしがアストリットから目を離している隙に万が一があったら困ります」
「確かに……おっしゃる通りです」
「ならば、こちらで匿ってもらうのが一番でないかと思うのですが、いかがでしょうか?」
「――ローデンヴァルトとしては問題ありません。どうぞ、好きなだけ、アムルスに滞在なさってください」
「ローデンヴァルト辺境伯殿、感謝致します」
その後、キャロラインを中心にこれからの話をした。
アストリットは、アムルスに滞在することを反対しなかった。
せっかく光を取り戻したのに、王宮に戻ってはつまらないと言っていたが、母を心配させないためもあるだろう。
かつて付き合いのあったヴァレリーと親交を深めることもできるし、いいことだとレダは思う。
(早く、問題が解決して、アストリット様が安心できる日々が来るといいな)
そう願わずにはいられないレダだった。
この日の翌日、キャロラインは連れてきたメイドと騎士を引き連れて、王都に戻って行ったのだった。
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