24「穏やかな時間」②
「おはようございます、キャロライン様、アストリット様、ナオミ殿」
代表してティーダが立ち上がり、恭しく一礼する。
レダとヴァレリーも彼に続き、立ち上がって頭を下げた。
ルナも、一応は礼をしたが、エルフのヒルデガルダは相手がよくわかっていないようで、周りにつられて同じようにしただけだった。
「楽になさってください。お世話になっているローデンヴァルト家の皆様なのですから」
キャロラインの言葉に、一同が顔を上げた。
「さ、アストリット。ご挨拶をなさい」
「はい、お母様」
母に名を呼ばれ、一歩前に出たのはアストリット王女だった。
彼女は、昨日のように寝巻き姿ではなく、高価そうな生地が使われた涼しげな白いドレスに身を包んでいた。
身なりは綺麗になり、上もしっかり整っている。
なにより、彼女の顔を覆っていた包帯がなくなり、整った容姿をはっきりと見ることができる。
「あ、あの……おはようございます。昨日は、よくない態度を取ってしまってごめんなさい」
そうアストリットは、みんなに頭を下げる。
そして、顔を上げ、レダを真っ直ぐに見つめた。
「あの、ディクソンだったわよね」
「はい」
「ありがとう」
どこか、もじもじとしたアストリットの言葉は短かった。
だが、その一言にどれだけの想いが込められているのかわかったレダは、笑顔を浮かべる。
「どういたしまして」
「あのね、実を言うと、夢じゃないかって思っていたわ」
アストリットは語る。
「でも、朝起きて、お母様の顔をまた見ることができて、人の手を借りることなくお風呂に入って、ご飯を自分の手を使って食べて――ああ、本当に治ったんだって。悪夢から解放されたんだって」
王女の瞳にはすでに大粒の涙が浮かんでいる。
きっと、暗い暗い日々を思い出すだけで、恐ろしいのだろう。
「だから、本当にありがとう!」
ついに、アストリットの瞳から涙が溢れ、頬を伝う。
彼女の後ろでは、同じようにキャロラインが涙を流していた。
「ねえ……私の顔どう見える?」
「とてもお綺麗ですよ」
「……ありがとう」
アストリットは、花の咲いたような笑みを浮かべる。
レダの言葉はお世辞ではなく、本当に彼女の笑顔は綺麗だった。
「ディクソン殿、わたくしからも改めてお礼を申します。娘を治してくださり、どうもありがとうございました。まさか、こうして娘の笑顔を見ることができるとは……うぅ」
「もう、お母様ったら泣かないでよ」
嗚咽をこぼす母に、アストリットが頬を濡らしたまま苦笑した。
昨日目にした、気性の荒い女性はもういない。
心の平穏を取り戻した、アストリットがそこにいた。
そのことに、レダは心底喜ぶのだった。
同時に、思うこともある。
彼女の浮かべる素敵な笑顔を、長年奪った人間がいるのだと思うと許せない。
それが例え王族であったとしても、レダの考えは変わりそうもなかった。
「ねえ、パパ。まさか新しい女じゃないわよね?」
「まったく。嫁が増えるのか?」
「――こ、こら! 王女様になんてことを言うんだ! す、すみません、まだ子供なものでして、失礼をお許しいただければ」
突然、王女を嫁扱いしはじめたルナとヒルデガルダにレダが慌て、アストリットに謝罪する。
しかし、彼女は気を悪くするどころか、苦笑を浮かべ、
「あら、ディクソン――いえ、レダと呼んでいいかしら? レダの奥さんになれるのなら嬉しいわ」
と、爆弾発言をしてしまう。
ルナが整った柳眉を顰め、ヒルデガルダが「やっぱりな」と嘆息し、ヴァレリーが大きく目を見開く。
「あ、アストリット様、ほ、本気では、ありませんよね?」
震える声でヴァレリーが尋ねると、アストリットが小さく声を出して笑った。
「あははっ、冗談よ、ヴァレリー。あなたたちの想い人に手を出したりしないわ」
彼女はそう言うと、レダに近づき、彼の手を取った。
「私を救ってくれてありがとう。ひどいことをたくさん言ったのに、見捨てないでくれてありがとう」
「俺のほうこそ、救わせてくれてありがとうございました」
「助けてくれたレダがお礼を言うなんて、あなた変な人ね」
「かもしれません」
レダとアストリットが笑い合う。
長年苦しんでいた彼女が、ちゃんと救われたことを確認したレダは、心から安堵した。
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