プロローグ「王都から来た者」
野盗の襲撃から一週間が経過したアムルスの町では、すっかり賑やかな日常を取り戻していた。
露店が並び、店員が客に声をかける。
冒険者たちが町の外へモンスター退治に向かい、家族や友人、恋人が彼らを送り出している。
そんなアムルスに、王都から不定期に来る馬車がたどり着いた。
まだ街道の整備や、安全を確保しきっていないこの町に好き好んで来る人間はまだ少ない。
せいぜい商人や、仕事を求める人間や、冒険者たちくらいだ。
今日も新たに新天地を求めてやってきた人間や、この町にいる家族に会いに来た者、商談にやってきた者たちが馬車を降りてくる。
大人だけではなく、子供や老人まで様々だ。
そんな人たちの中に、ひときわ目立った少女がいた。
桃色の髪をツインテールにした、幼さを残す美少女だ。
年齢は十代前半に見える。
出で立ちは露出気味であり、際どい丈のホットパンツとお腹を出したシャツの上からジャケットを羽織っていた。
だが、少女の最も目を引くのは派手な髪色や可愛らしい容姿や、露出癖を疑いたくなるような過激な格好でもない。
背負う大剣だ。
身の丈を超える大剣を涼しい顔をして背負っているのだ。
近くにいる人たちが、少女に不釣り合いな武器にぎょっと驚いているのが見て取れる。
が、少女に気にした様子はなく平然としていた。
「おおーっ、ここがアムルスの町なのだー?」
少女ははじめて見るアムルスの町並みに目を輝かせていた。
辺境のど田舎の町と聞いていたが、町並みは近代的で、田舎の農村という印象は受け取らなかった。
もちろん、この町でも農業は盛んだが、どちらかというと町並みは王都の城下町に近かった。
住民は千人もいない町ではあるものの、大通りには活気があって賑やかだ。
露店だけではなく、商店や食堂をはじめとした店が並び、子供たちが元気に走り回っている。
辺境であり国境、そして森に囲まれ獣やモンスターの脅威がある町とは思えなかった。
アムルスの町並みに心を躍らせていた少女だったが、すぐに首を左右にぶんぶん振ると自分の目的を思い出した。
彼女はこの町に人を探しにきたのだ。
探し人は知人でも友人でもない。
倒すべき相手だ。
「うーん。この町のどこかにいると聞いているのだが、どこにいるのかわからないのだ!」
先日、王都に蔓延る裏社会の組織を壊滅させたのだが、どうも数人見逃してしまっていたらしい。
主要幹部はすでにあの世に送っているので、組織が復活することはないだろう。
なにやら「天使」「魔王の復活」「人工勇者」だとか意味不明なことを言っていたが、さっぱりだったので会話の最中に全員斬り捨ててしまった。
少女はあまり難しいことが好きではない。
敵だから倒す。悪人だから倒す。そのくらいで十分だった。
生き残っていた組織の人間をひとりずつ丁寧にあの世へ旅立たせていると、どうやら戦力と思われる暗殺者数名が不在だと知った。
詳細を求めるも、にやにや笑うばかりだったので指の骨を数本折ってみると、泣きながらペラペラと聞きもしていないことまで話してくれたのは記憶に新しい。
少女はその情報を基に、ひとりひとり残党を見つけては狩っていた。
どいつもこいつも洗脳され、殺しに飢えている哀れな人間だったので、組織の人間と同じように斬り捨てた。
「あとひとりだけなんだけど、なかなか見つからないのだ」
さっさと片付けて次の仕事に取り掛かりたいという欲求と、もしかしたら今度こそ楽しめるかもしれないという期待が少女の中にあった。
少女にとって日々は退屈だ。
心を踊らすような戦いは、最大の敵と呼ばれていた魔王を倒して以来皆無だ。
暗殺組織を壊滅させたのも、こうして残党狩りをしているのも、すべて暇つぶしでしかない。
少女はジャケットから一枚の用紙を取り出すと、そこに書かれている探し人の名前を確認した。
「ふはははははっ、待っていろルナ・ピアーズ!」
平らな胸を張って、大きな声で笑う少女は『焔の勇者』と呼ばれる今代の勇者だった。
特定の仲間を必要としないまま魔族と戦い続け、ついには四天王と魔王まで単身で倒してしまった規格外の強さを持つ。
「悪者はこの勇者ナオミ・ダニエルズがやっつけてやるのだ!」
アムルスに波乱が訪れようとしていた。
 




