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記念日に降る雪―あの日の約束―

作者: 涼楓堂

 1.約束【ヤクソク】

――――――――――――

 1月5日。私は雪の中を歩いていた。約束の場所へと……

 前日から降り始めた雪は、久しぶりにこの街に降り積もった。大きな公園の中央広場。そこにある大きな樹。降り積もった白い雪。

 綺麗に雪化粧した大きな樹の下にあるベンチ。そこが……約束の場所。


(なんだか……ここに来るのも久しぶりだなぁ)


 ベンチに積もった雪を払い、腰掛けながら私は懐かしさのあまりつぶやいていた。

 ずっと近くに住んでいたのに、ここに来るのはずいぶんと久しぶりだった。

 ずっとずっと昔、そう、今日と同じように珍しく雪の積もった日に……

 当時6歳だった私は、ある男の子と約束をした。10年後に……またここで会おうと。


「来るかなぁ……やっぱり来ないかなぁ?」


 心の中でそうつぶやきながら、私は辺りを見わたした。

 公園の中央広場には結構たくさんの人達が居た。犬と散歩している人や、降り積もった雪で遊ぶ子供たち、それを見守る母親。

 そんな大勢の人達を眺めながら、私はあの男の子に会った時の事を思い出していた。

 正直に言うと……最近まで私はその男の子の事や約束の事もすっかり忘れてしまっていた。思い出したのは日記のおかげ。私はひらがなを習った頃から、文字の練習にもなるからと親に言われて日記を付けていた。

 どうやら私はマメな性格らしく、それから今日まで、毎日ほぼ欠かさず日記を付けている。

 年末に部屋を模様替えするために、大掃除をしながらいろいろと部屋にあるものを整理していた時、古い日記が出てきて懐かしくて思わずページをめくると、そのまま長い時間読みふけってしまった。こういう事ってよくあるよね?

 その中に……その男の子との思い出と約束の事が、まだ覚えたばかりのきたないひらがなでたくさん書かれていた。

 そして、私は思い出した。何故、忘れていたのだろうと思うくらいに大切な想い出を……

 あの日……小学生になってから始めてのクリスマス・イヴ……綺麗に飾り付けられた大きな樹の下のこのベンチに……

 私は泣きながら座っていた。幸せそうに通り過ぎる人達を見もせずに、うつむきながら……


「こんなところでなにしてるの?」


 そう、そう言ってあの男の子は私に声をかけ……えっ!?

 目をつぶり、男の子との出会いを思い出そうとしていた私は、あの時とまったく同じように声をかけられた。

 少しどきどきしながら私は目を開け、声がしたほうに振り向いた。そこには……

 想い出のあの子にどことなく似た感じの男の子がキョトンとした顔で私を見ていた。


「おねえちゃん、どうしたの?ねむいの?こんなところでねたらかぜひいちゃうよ」


 目をつむっていた私を寝ているのだと勘違いしたみたいだった。


「ううん。眠いんじゃないの。ちょっとね。昔を思い出してたんだ……って言ってもわかんないか」


 男の子に向かってそう言うと、私は大きく伸びをした。


「ねえ、おねえちゃん。そこ、すわっていい?」


 男の子は私の座ってるベンチの方を見てそう聞いてきた。

「うん、いいよ」と言いながら、私は自分の座っているすぐ横のベンチの上の雪を払った。にもかかわらず、男の子はまっすぐ私のほうへ向かってくると、ちょこん、と私の膝の上に座ってしまった。


「きゃ、ちょ、ちょっとなにす…」「あったかいね!」


 そういって男の子は私の方を見上げた。どことなく思い出の男の子の面影がある……その笑顔。

 私は膝の上から男の子を降ろす事を諦めて、逆に軽く抱きしめながら……


「そうだね。あったかいね…」「うん!」


 私の言葉に元気よく答えた男の子がとてもかわいらしく愛しく思えて……

 今日はとてもいい日になる……そんな予感がしたんだ。


「ええっと…君のお名前は?」「まさる。わたなべまさる」


 私の質問に、男の子はまたまた元気に答えてくれた。なんだかとても楽しくなってきた。


「まさる君はここでなにしてたの?」

「おかあさんをまってるの。だれかさがしてるんだって」

「そうなんだ。じゃあ、この近くにお母さんいるの?」

「うん。いるよ。でもいまはいそがしいから、じゃましちゃだめなの。ねぇねぇ、おねえちゃん」

「ん?な~に?」

「なんかおはなしして。おかあさんくるまで」

「ここにお母さん来るの?」

「うん。『この樹の下で待ってなさい』って、おかあさんにいわれたの。だからそれまでなにかおはなしして!」


 うっ。まさかこんな展開になろうとは……『おはなし』って言われてもなぁ……あっ、そうだ!こうなったら……


「う~ん、じゃあねぇ……今日、ここでおねえちゃんが待ってる人の事、お話してあげる」


 そう言って私は遠い昔の短い冬休みの……


「その男の子の名前は『ゆう』って言って……ここで初めて逢ったの」


 大切な思い出を、少しずつ、ゆっくりと、ひとつひとつ確認するように……語り始めたんだ。



 2.少年【ショウネン】

―――――――――――――

 10年前の12月24日……当時6歳だった私はここに居た。

 大きな公園の中央広場。飾り付けられた大きな樹。楽しそうに歩く人達。皆が喜んでいる。

 そんな中……私はクリスマスツリーとなったこの大きな樹の下のこのベンチに……

 一人、泣きながら座っていた。世界で一番、楽しいはずのこの日に……


「こんなところでなにしてるの?」


 泣きじゃくる私に、その男の子……『ゆう』君はそう言って声をかけてくれた。でも……最初私は、まともな返事ができなかった。ただ泣くばかりで……

 顔を上げた私を見て、ゆう君はまず驚いたようだった。

 私はうつむいていたので、声をかけてくれた時は泣いてる事に気づいていなかったようだった。


「どうしたの?なんでないてるの?」


 泣いてる事に気づいたゆう君は私の横に座って……


「だいじょうぶ?どこかいたいの?」


 と聞いてくれたが、私は首を左右に振って返事をすることしかできなかった。

 それでも、何故かゆうくんはずっとそばにいてくれた。何もせず、ただずっと横に座っててくれた……

 10分位して、私は少し落ち着きを取り戻してきた。そして……まだ半分泣きながら、ゆう君に向かって何故泣いているのか喋り始めた。

 今考えても、何故この時、まだ名前も知らないこの男の子に、自分の事を話したのか分からない。

 子供だった事もあると思う。でもそれ以上に……何故か大きな安心を感じていた事は確かだと思う。


「……ヒック…あ、あのね…ヒック…なおみちゃん……とね、ヒック…ケンカ、しちゃったの……」


 『なおみちゃん』というのは、小学校に入学して初めてできた私の友達の名前。

 入学してからずっと一緒に遊んだり、お話したり……とにかく当時一番仲の良かった女の子の事。

 その『なおみちゃん』とこの日、学校の終業式の後、ケンカしたんだ。原因は……もう覚えてない。

 でも、確か私が悪かったのは覚えてる。そして、その事を私は泣きながらゆうくんに話したんだ。


「あやまりにいこうよ」


 私の話を聞いたゆうくんはすぐにこう言った。でも、私は首を振ってそれを拒んだ。


「なんで?なおみちゃんとなかなおりしたくないの?」


 私はそれにも首を振る。もちろん仲直りしたいもの。でも、私にはもう一つ、泣いている理由があったんだ。


「ヒック…わたし…わるいこだから……ヒックもう、サンタさん、こないんだもん…ヒック…」


 そう、ちょうどこの日は12月24日、クリスマス・イヴ。子供たちがきっと一年で一番楽しみにしている日。

 私は家に帰って、なおみちゃんとケンカした事を、お母さんに話したんだ。

 当然「謝りに行きなさい」っていうお母さんに対して、私は珍しく駄々をこねた。

 なかなか謝りに行こうとしない私に、お母さんはとうとうこの時期限定の対子供用の究極のカードを切る。


「そんなに悪い子にしてると、サンタさん来ないわよ」


 まだ幼かった私に、この一言はかなり効いた。だって、サンタさんがいるって、私は信じきっていたから。

 すぐにお母さんの機嫌をとろうと必死なるが、


「お母さんに謝っても仕方ないでしょ」


 と、全く相手にされない。このままではプレゼントがもらえないかもしれない……と、私はあせった。

 泣きながら家を出たものの……どうしても、なおみちゃんに謝りに行く事ができず……

 何故か公園へと向かい、大きなクリスマツリーの下……つまり、ここで泣いてたんだ。


「やっぱり、あやまりにいこうよ」


 話を全て聞いた後も……ゆうくんの答えに変わりはなかった。


「だいじょうぶ。ちゃんとあやまりにいけば、おかあさんもゆるしてくれるよ」

「………ヒック………」

「それに、サンタさんも、きっとそれをちゃんとみててくれるよ」

「……ほんとに…?」

「うん!それに……なおみちゃんと、なかなおりしたいんでしょ?」

「…………うん」

「おともだちはね。なによりもだいじにしないとだめだって、ぼくのおねえちゃんがいつもいってるの」

「でも……なおみちゃん…ゆるしてくれるかな………?」

「だいじょうぶだよ。ちゃんとあやまれば、きっとゆるしてくれるよ」


 そう言って、ゆうくんは立ち上がると、私の手をとった。私もつられて立ち上がる。


「きっと、だいじょうぶ。だから……あやまりにいこ」


 そう言いながら、優しく、顔いっぱいの笑顔をで私に微笑みかかけてくれるゆうくんを見た時……

 私はなんだか、とても暖かな何かに包み込まれたような、そんな気がしたんだ。


 それから……私とゆうくんは手をつないでなおみちゃんの家まで行ったんだ。

 どきどきしながら、インターホンを押した。名前を言うと、玄関になおみちゃんが出てきた。

 私はゆうくんに後押しされるように、一人なおみちゃんの所へと向かった。そして……

 ただひたすらに謝った。この時、なんて言って謝ったのかははっきり覚えていない。でも……

 誠心誠意、心から、何度も何度も謝った。なおみちゃんと遊びたいって、お話したいって、何度もお願いした。

 そして……なおみちゃんは許してくれた。

 この時は気づかなかったんだけど、実はなおみちゃんもずっと泣いてたそうだ。でも、謝りに行けなかった。

 お互い……怖かったんだと思う。許してもらえなかったらどうしよう?仲直りできなかったら?

 ずっと仲が良かったからなおさら怖かったんだと思う。でも……

 何もしなければ……全て失ってしまう事に、この時の私たちは気づいていなかったんだ。そして……

 最後の一歩を踏み出す勇気を……ゆうくんは私にくれたんだ。


「よかったね!これできっと、おかあさんもゆるしてくれるし、サンタさんもきっときてくれるよ!」

「うん!」


 私とゆうくんは、手をつなぎながら、公園までの帰り道を歩いていた。

 私はサンタさんが来る事も、お母さんが許してくれる事も当然嬉しかったが、なにより……なおみちゃんと仲直りできた事が一番嬉しかった。

 もう笑顔で、鼻歌を歌いながら、ゆうくんとつないだ手をぶんぶんと振っていた。

 公園に着くと、私はゆうくんにちゃんとしたお礼も名前も聞かないまま、一目散に家に帰ってしまったんだ。


 そして次の日、私はクリスマスプレゼントを胸に抱きながら、大急ぎで公園に向かった。

 ゆうくんに……サンタさんが来たことを教えたかったんだ。そして、なんとゆうくんは公園にいた。

 昨日、何の約束もしないまますぐに帰ってしまった私に、嫌な顔一つせず「おはよう」って笑顔で挨拶してくれた……にもかかわらず、私はプレゼントを見せて「サンタさんきたの!」と叫んでた。

 まあ、元気がいいと言うかなんと言うか……自分の事ながらちょっと恥ずかしい。「よかったね!」と、また笑顔で返してくれるゆうくんと、この後、いっぱいお喋りしたんだ。

 その時になってようやく私たちは自己紹介をした。


「ぼくはさとうゆう」「わたしはさわたりかすみ」


 そして私たちは毎日一緒に遊んだんだ。12月25日、26日、27日、28日、29日、30日、31日。

 さすがに、1月1日と2日は、親戚周りとかいろいろあって無理だったけど、3日、そして4日……

 で、何をして遊んだのか……は覚えてない。けど、日記にはいろいろ書いてあった。

 まあ、特に変わったことはしてないんだ。でも……全部が楽しかった。

 その時の日記でも、そして……微かに思い出した私の記憶の中でも……私は毎日笑顔だった。


 そして約束の日。1月5日……実はこの日は私の誕生日なんだ。

 普通、この年頃の小学生なら、家に友達を呼んでお誕生会とかするんだけど(するよね?)私はしたことがなかったんだ。だって、1月5日ってまだお正月モードが抜けきらない時期だし、皆、親の実家に帰省してたり、帰ってきたばっかりとかだから出来なかったんだ。

 それに1月5日にケーキって……なんか違和感ありすぎない?(とか言いつつ毎年食べてたんだけど)


 そしてこの日、誕生日プレゼントの変わりに、私はゆうくんから二つの『ばくだんせんげん』を受け取ったんだ。


 前日から降り始めて、たくさん積もった雪は、私に生まれて初めての銀世界を見せてくれた。

 ウキウキしながら私は公園へ向かったんだ。そして……いつもどりゆうくんに会って、雪でさんざん遊んだ後……


「ぼくね、あしたから、とおくにいくんだ……」


 いつもの笑顔のない顔で、本当に寂しそうにゆうくんが言った。

 それを聞いた私は半分泣きながら「じゃあ、いつかえってくるの?」と聞いた。


「わかんない……でも10ねんたったらぜったいかえってこれるよ」


 幼い私にはこの『10年』がどれくらいの長さかピンとこなかったが、すごい長い時間だという事は分かった。

 今にも泣き出しそうな私に、ゆうくんは二つ目の『ばくだんせんげん』をした。


「だからね。ぼくは10ねんご、かすみちゃんをぼくのおよめさんにしたいんだ!」


 まあ……なんというか……とっても恥ずかしいです。今となっては。しかも……

 私もまた「うん、いいよ!」と気軽に答えちゃってるみたいだし……(日記にはそう書いてあった)

 とにかく、その『ばくだんせんげん』で、何故か私の機嫌は直っちゃったみたいで……

 なんていうか……私たちってかわいらしすぎ?子供って不思議?


 そして……10年後の1月5日。つまり私の17歳の誕生日である今日……また逢おうって約束したんだ。

 私たちが初めて逢った、この公園の、この大きな樹の下のベンチで……


「じゃあ、10ねんごにぜったいむかえにくるから!」


 そう言って笑顔で雪の中を走り去っていくゆうくんが、私が最後に見たゆうくんの姿だったんだ。


 3.再会【サイカイ】

――――――――――――

「じゃあ、おねえちゃんは、そのひとのおよめさんになるの?」


 話を聞き終わったまさるくんの第一声はこれだった。正直、やっぱりきたか!って思った。


「ううん……さすがにそれは無理かな。もう10年も会ってないし」

「じゃあ、なんでゆうくんをまってるの?」

「ん?それはね……お礼が言いたかったんだ。『ありがとう』って……」


 そうなんだ……私はゆうくんにお礼を言ってなかったんだ。

 日記を見て、いろいろと思い出してみても、お礼を言った事はどうしても思い出せない。

 日記にもその事は書いてなかった。だから、もう一度会って、ちゃんとお礼を言いたかった。


 勇気をくれて、『ありがとう』って……

 友達をくれて、『ありがとう』って……

 笑顔をくれて、『ありがとう』って……


まさる!?こら、何やってるのっ!!」


 まさるくんを膝の上に乗せたまま、また、少し昔を思い出している時、近くで急に声がした。


「おかあさん!」


 そう言ってまさるくんは私の膝の上から飛び降りると、お母さんの方へと走って行った。解放された~(正直、ちょっと重かった)まさるくんのお母さんがすまなさそうな顔をして近づいてきた。


「ごめんなさいね…うちの子が何かご迷惑をかけたみたいで……」

「いいえ、そんな事ないですよ。すごく楽しかったです。ね?まさるくん!」

「うん!ありがと!おねえちゃん!」


 そう言って笑うまさるくんの笑顔は、どことなくゆうくんの面影がって、正直ちょっとどきっとした。

 深々と何度も私に頭を下げて、まさるくんのおかあさんがまさるくんを連れて行こうとした。


「ばいばい。まさるくん」

「ばいばい。おねえちゃん。『ゆうくんのおはなし』、とってもおもしろかったよ!」


 その言葉を聞くと同時にまさるくんのお母さんはこれ以上ないくらい驚いた顔で息子を見た後、私のほうに振り返り、少し急ぎ足で近づいてくると……


「あなた…もしかして……『さわたりかすみ』さん?」


 と、見事に私の名前を言い当てた。何故か少し涙目になってる……驚きながら私はなんとか返事をする。


「え?は、はい。私『沢渡 香澄』ですけど……なんで……?」

「……よかった…覚えててくれたのね……」


 そう言ってとうとう、まさるくんのお母さんは泣き出してしまった。そして……泣きながら……自己紹介をしてくれた。


「私、あなたと10年前にここで逢う約束をした『佐藤 ゆう』の姉で、美香といいます」

「えっ!?あっ、で、でも……まさるくんは『わたなべ』って……」

「はい。7年前に結婚して、名字が変わりましたから。今は『渡辺 美香』です」


 私は口をあんぐりあけて驚いていた。ゆうくんのお姉さんが来た……ゆうくんも約束を覚えてたんだろうか……

 でも、何でお姉さんが?ゆうくんはここに来てないんだろうか?少し……嫌な予感がした。

 恐る恐る……私はお姉さんに尋ねた。


「あ、あの……『ゆうくん』は……ここに来てるんですか?それに、なんで泣いて……」

ゆうは……あの子はここには来れません………もう、あの子はどこにもいないんです……」

「えっ!?」


 胸がざわめく……不安が広がっていく……この先の言葉を……私は聞きたくないって思ってる……


「ちょうど9年前の今日に……あの子は亡くなりました……」


 しばらく……私はその言葉を信じられなかった。『ゆうくん』が……死んだ?

 呆然とする私に向かって、涙目のお姉さんは喋り続けた。


「でも……あの子との約束を覚えててくれたなんて……」

「…………」

「私以外の家族の皆が、行ってもどうせ誰もいない、無駄だって言って……でも……あなたはいてくれた」

「…………」

「家族以外にも…あの子の事をちゃんと覚えていてくれる人がいた……よかった……ほんとに……」


 そう言って……お姉さん、美香さんは泣き崩れて、その場にしゃがみ込んだ。

 まさるくんが心配そうにお母さんの顔を覗き込む。


「どうしたの?おかあさん。どこかいたいの?なんでないてるの?」


 そう言うまさるくんも少し泣き声になりかけてる……

 美香さんはそんなまさるくんを抱きしめると、泣き声で……


「大丈夫よ……お母さんね。今とっても嬉しいの……だから泣いてるのよ……」

「うれしくてもなくの?」

「ええ……本当に、心から嬉しい時にも、涙はでるんだよ……」


 優しく、囁きかける様に美香さんはまさるくんにそう言うと、少し落ち着いたようで、カバンから何か取り出すと、私に差し出した。


「あの子から……ゆうからのあなた宛のメッセージです。今日はこれを渡したかったんです」


 私はまだ何も理解できない頭で、それでも何とか、まだ封の切られていない、かわいらしい封筒を受け取った。その中には・・・



 ぼくのおよめさん、だいすきなかすみちゃんへ

 おたんじょうびおめでとう!!またあえたね!!



 たった2行だけのメッセージ。そして……

 封筒の中には、おそらく手作りだろう折り紙で作られた指輪も入っていた。

 全部ひらがなのメッセージ……折り紙で作られた指輪……ゆうくんの時間は子供のまま止まっていた。

そして、時の止まったそのメッセージと贈り物で……私はゆうくんがもうこの世にいない事をようやく理解した。


 気がつけば……私は手紙を握り締めながら……泣いていた。

 胸の奥から……悲しみとも違う、切なさとも違う、冷たくて、それでいて暖かなモノ……

 そう、ずうっと昔の今日、ゆうくんと二人で遊んだあの雪のように……冷たくて、それでいて暖かなモノ……

 その暖かなモノが……私の心を、優しく包み込むように、ぎゅっと締め付けるように込み上げて来て……

 涙が止まらなかった。

 そんな私に気づいて……まさるくんが私のほうに寄ってきた。そして……


「おねえちゃんもうれしいの?」


 と聞いてきた。その時、なるほど、まさるくんはゆうくんの甥なんだ……どうりで面影があるはずだ……なんて事考えながら、それでも涙は止まらなくて……


「嬉しいのかな?悲しいのかな?………なんで泣いてるんだろ?分かんないや……」

「………?わからないのになくの?へんなおねえちゃん」

「……そうだね。変だね。私………ふふふふふ」


 そう言って笑いながらも、涙はどんどん溢れてきて………

 私はとうとう、大声で泣き出してしまったんだ。


 4.心残【ココロノコリ】

――――――――――――――

 ようやく落ち着いた私と、美香さんとまさるくんは、公園の近くの喫茶店にいた。

 まさるくんは疲れてしまったのか、お母さんの膝の上で寝息を立てている。私と美香さんはずっと、ゆうくんの話をしていた。

 美香さんは今年で30歳。まさるくんは6歳。当時の私やゆうくんと同い年だったんだ。

 だいぶ年の離れた姉弟で、美香さんはゆうくんをとってもかわいがってたんだって。

 両親が共働きで、ゆうくんの面倒はずっと美香さんが見てて……なのに……

 10年前の今日。美香さんたち家族はお父さんの転勤で、引っ越す事になったらしくて、それがきっとゆうくんの言ってた遠くへ行くって事だったんだ。

 10年後って言うのは、単純に10年経ったら大人になるから、また逢いに来れると思ったみたい。

(まあ、10年経っても、私はともかく、ゆうくんは結婚できなかったんだけど、子供の考える事ってかわいい)

 引越しも無事に済んで、新しい生活にもなれた頃……その事故は起った……

 ゆうくんが交通事故にあって……入院した。幸い、その時は一命を取り留めたんだけど……その後、すっかり体を弱くしてしまった優くんは急に倒れてりして……入院と退院を繰り返して……とうとうその年の12月に入院した時に、お医者さんから覚悟していてほしい……って言われたらしい。

 それから一ヶ月の入院生活の中で、美香さんは私の事を聞いたんだって。いきなり「おねえちゃん、ぼくおよめさんがいるんだよ」って言われてびっくりしたって。話を聞いて、


「じゃあ、早く退院して元気になって、お嫁さん迎えに行かなくちゃ」


 って、励ましてたそうなの。私の話をするとすごく嬉しそうに笑ったって……

 私がさっきもらった封筒も、ゆうくんが元気のない時に、励ますために書いてみたら?と勧めたんだそうだ。


「あの子は……賢くて、優しい子だったから……自分がもう助からない事に気づいてたんだと思います」


 そして、9年前の今日、つまり1月5日に……最後まで家族を心配させまいと、笑顔のまま……


 ゆうくんはこの世を去って逝った………


 その後結婚して、生まれた自分の息子に……美香さんはまさると名付けた。

 あの子の様に優しい子に育ってくれますように。そして、最後まで家族を思い、笑顔を見せ続けてくれた優しい年の離れた弟を……いつも忘れないように……

 そう願って、美香さんは自分の息子に名前を付けた。


 1月5日……私が生れ落ちた日。ゆう君が天に昇って逝った日。二人の約束の……そして再会の日。だから今日は記念日だ。私の中で、きっといつまでも忘れない、一番大切な記念日……

 私はそう言って、この記念日に、また会いましょうと美香さんに言った。泣きながら、美香さんは何度もうなずいてくれた。


 美香さんたちと別れた後、私はまた、約束の場所に向かっていた。辺りはもう暗くなっていて、公園の中は静まり返っていた。

 大きな樹の下のベンチ……約束の場所にはやっぱり誰もいなかった。しばらく……ぼぅとベンチを眺めていた………

 ふと……私の目の前を何かが通った。私は反射的に何故か空を見上げた。


 雪が…………ちらちらと降り始めていた。


 私が手のひらを広げると、雪が一粒、その上に落ちた。私はそれを握り締めると、瞳を閉じて……


『ありがとう……ゆうくん。勇気をくれて…………』

『ありがとう……ゆうくん。友達の大切さを教えてくれて……今でも、直美ちゃんとは親友だよ』

『ありがとう……ゆうくん。いっぱい、いっぱい笑顔をくれて…………』

『君にもう一度逢いたかったよ……君に直接お礼を言えないのがとても悔しいよ…………』

『君に逢った事……私、もう二度と忘れないよ…………』


 心の中でそう呟いて、そして……瞳を開いた。すると…………

 新しく降り積もった雪が、いつの間にか出ている月明かりに照らされて、キラキラと輝いていた。あたり一面の懐かしい銀世界。それを見た時、これは天国のゆうくんが私にくれた、誕生日プレゼントのような気がした。

 空に向かって、今度は声に出して、「ありがとう!」って微笑みかけてから…………私はキラキラ光る銀世界の中を、天国のゆうくんに心配をかけないように笑顔で……一人、家路についたんだ。


記念日に降る雪【キネンビニフルユキ】・・・完

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