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騎士王に召喚された私は生贄ですか?!  作者: 村田 梅
1章 異世界より来れり乙女
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2話 退路を断つ新米王

「君の名前を教えてくれないか?」


 アーサーはそう言いながらも、いつまでも自分の手を受け取らない結衣に内心首を傾げた。それもその筈だ。辺境貴族であるアーサーはその類まれなる恵まれた容姿で、数々の舞踏会を渡り歩き人脈を作り続けてきたのだから。


 沸き立つ群衆と反するように石像のように固まってしまった結衣を前に、アーサーはどうしたものかと赤と白を基調としたゆったりとした衣服を纏っている少女を観察する。


 ……確かにこの国では見た事ない服装だ。

 それに髪の色も、肌の色も違う。よく見ると瞳の色も違う。


 アーサーは視線を結衣から逸らし、地面に置いた次期国王の証である剣を見た。この剣は神による神託と共にこの国一番の大教会前に現れた台座に突き刺さっていた剣だ。

 現国王が死に絶え、跡取りがいないこの国は他所の国より王族を迎え入れようか。と話が進んでいたところ、神自らが神託によって我々にその道をお導きなさったのだ。


 “この台座に刺さった剣を引き、異界より乙女を導くその者こそが国王となる”


 国の神官に夢で告げられ、大教会の前に台座に刺さった剣が出現した。その剣を辺境貴族の子であるアーサーが引き抜き、それと同時に結衣が召喚されたわけだが。


 いつまでも伸ばされていた手を取らないのも失礼なのだろう。と思うくらいにはこの異常とも呼べる事態を理解した結衣は、指先をアーサーの指先に置いた。


 そのいじらしさにアーサーの何かが燻られたのは結衣は知らず、八の字に眉を落として、小さな声で自分の名前を名乗った。


「乙宮 結衣、です」

「名前が二つあるのか?」

「え? あ、えっと、乙宮が名字で結衣が名前です」

「ではユイという名前なのだな」


 結衣が頷くとアーサーは確りと結衣の手を取り立ち上がった。結衣も引っ張られるように立ち上がるとその振動で神楽鈴がシャンと鳴ったが、周りを取り囲む観衆の拍手でその音は掻き消された。


「うわっ……!」

「皆の者静粛に!」


 その言葉に観衆の拍手はぴたりと止み、皆がアーサーの言葉に耳を傾けた。

 今まで見たこともない貴族ならいざ知らず、夢で神託を受け、台座から剣を引き抜いた新しき王をこの目で見たのだ。自分は新王誕生の瞬間に立ち会ったのだ。そんな王の言葉を聞かぬ国民がここにいようか。

 力一杯だった熱気が静かな熱気に変わった。


 それを感じ取ったアーサーはじっくりと今自分の目の前に国民1人1人の顔を見て口を開いた。


「神より授かったもう一つの予言。100年の眠りから目覚めた凶悪なドラゴンを再び眠りへ誘う乙女が異国より現れる……私はユイこそが予言の乙女だと確信した! この場にいる皆もそう感じるだろう! 私はこの国を守護する者としてこの少女と共にドラゴンを封印する事を誓おう!!」


 その演説を聞いた観衆、否、民衆は拳を握り空に向かって突き上げ、歓喜の声を上げた。それを見た結衣は自身の手を握るアーサーを見上げると、彼は笑みを浮かべ自分を見ていた。


 その笑みは一見すると美しく、惚れ惚れする程に完成された笑みだったが、寧ろ結衣には背筋に冷たい雫が伝うものに感じた。


 このタイミングであの演説。

 この男……私の逃げ道をっ!


 この全くもって結衣に優しくない世界。正確に言うと結衣が持てる情報では理解出来ない世界。それでも確かに聞こえてきた“異界より来れり乙女万歳”の言葉。

 そんな言葉を聞いて自分がナニカに巻き込まれる訳がない。と思える程結衣の頭は悪くはない。

 よって結衣がとる選択肢は、知らぬ存ぜぬ人違いでは? を押し通すしかなかったのだ。

 しかし、その手も今も尚結衣の手を確りと握るアーサーに奪われた。


 “これだけの証言者と、期待の中お前はシラをきれるのか?”


 アーサーは結衣に向かって何も言っていない。言っていないが伝わってくるもの、感じ取れるものがある。結衣は察する事に長けた国に生まれ育ったのだ。

 誰しもが一度はぼんやりとでも思った事がある筈だ。

 “Noと言える日本人になりたい”と。


 例に漏れず結衣はNoと言えないタイプの日本人だった。


 観衆は結衣に期待と希望に満ちた眼差しを送り、手は強く握られている。この状況の中どう足掻いた所で逃げ切れない。だったら腹を括るしかないのだ。


「このっ、腹黒男!」

「何の事かわからないな」


 結衣の精一杯の罵声は歓声に紛れながらもアーサーに届いたが、よそ吹く風の如くアーサーは気にした様子もなくシラをきった。


 自分が式神を召喚している時に召喚され、挙句に“異界より来れり乙女”と囃され、私の手を取った金髪碧眼のイケメンは腹黒い。


 なるようになれ!

 と半ばヤケになった結衣は、確りと観衆に向き合うように背筋を伸ばし胸を張った。

 だが、心細さ故に胸元には確りと握られた神楽鈴がある。

 状況がわからないまま何か言う必要もないだろうと判断し、口は開かなかったが俯く事もアーサーの影に隠れる事もせず、そこに立ったのだ。


 その行為が隣に立つアーサーの目にどう写っているのか等、今の結衣には考える余裕すらない。思うことと言えばさっさとこの場から逃げ出したい。という事だけだ。


「ありがとう……それと、ごめん」


 耳元で聞こえた声はアーサーのものだったが、内容は感謝と謝罪だった。

 何に対する感謝で何に対する謝罪なのかが分からず結衣はアーサーに向かって身体を向けようとしたが、それよりも先にアーサーの手が肩に周り無理矢理その場から移動させた。


 大教会前で行われていた試練も済んだ今、長居する用事もない。腰に剣を携えた男たちがぞろぞろと何処からか湧いて出てきて、その中でも赤のマントを身に纏った男がアーサーに近付き跪いた。


「我が王よ。迎えに参りました」

「……ガウェイン、君にかしこまられるとどうしていいか分からないな」

「慣れてください。我が王。貴方がその剣を引き抜いたその瞬間から私は陛下の騎士です」


 困った様子のアーサーを他所に結衣は目の前に広がる光景に驚きを隠せず、目を大きくさせた。それもそうだろう。アーサーの元にやってきた赤いマントを身に纏った騎士は跪き忠誠の言葉を誓ったのだ。


 本当に片膝を地面に着くんだ……。


 映画の中のような光景に目を奪われたままの結衣は驚きの表情のまま、アーサーとガウェインのやり取りを見ていると、自身の肩に回っていたアーサーの腕に力が入り、足を1歩前に踏み出した。


「え?」

「取り敢えず王宮に連れて行くが良いな」

「はい。部屋も用意してあります」

「あの……?」


 アーサーとガウェインの間で繰り広げられる会話についていけず、私よりもずっと上にある2つの顔を交互に見るが2人共一切の説明をしてくれず、ただ流されるがままに馬車に乗った。


「先ず彼を紹介しよう」


 馬車に乗り沈黙が流れていた時アーサーが穏やかに言葉を発した。結衣は窓の外に広がる緑の景色を眺めていたが、アーサーの言葉に反応しガウェインの方に目を向けた。と、言ってもガウェインは結衣の横に座りアーサーとは向き合っているので、直ぐにアーサーに視線を向けたのだが、ちらりと横顔を見ただけでもガウェインの顔が整っている事だけはわかった。


「ガウェイン卿。僕の甥に当たるんだ」

「え?! アーサーさん叔父さんなんですか?!」

「小娘!!」


 成り立てとは言え、アーサーの身分はこの国トップクラスの国王だ。従って呼び方はアーサー王、または陛下だ。決して“さん”つけされるものではない。それに従って最上の敬意を支払うべき相手に向かって“叔父さんなんですか?”なんて気軽に話し掛けるなんて以ての外だ。

 ガウェインが結衣へ一括すると、その意図は分からずとも怒られた事だけはわかった結衣は吃りながらも萎縮した声を上げた。


「は、はいっ! ごめんなさい!」

「ガウェインいいんだ。彼女はまだこちらの世界の事を理解していないし、状況だって飲み込めてない」


 多少の事なら大目に見ようと言ったアーサーは確かに優しく見えるだろう。然し裏を返せば“この世界の事と自分の立場を理解したら間違えるなよ”と言っているようにも取れる。先程の退路を断つやり方を見た結衣は正しい意味はどちらなのか、と考えたが、知らないで恥をかくのは正直嫌なので、アーサーに対する態度を改めようと気を付けた。


 でもその前に教えて貰わないと困るのだ。

 ……何故私が召喚されたのか、神託とは何か。ドラゴンの眠りと私はどういう関係なのか。


 聞きたい事は山程ある。

 窓の外には雑木林が広がり、馬の足音が耳に入る。道は1本道で一応整備はされているものの土で出来た道だ。

 普段私が目にする道といえばコンクリートで舗装されており、この馬車と違って殆ど揺れを感じない。

 わけも分からず召喚され、所持品といえば手に持っている神楽鈴とスマホだけだ。


 こんな事になるのなら家族写真とか持ち歩くんだった。と後悔したが、そもそもこんな事が起こり得るなんて発想もしなかっただろう。と結衣は首を振って考えを振り落とした。


 そんな事を考える余裕なんて何処にもないでしょ! 私!


「教えて下さい。私が呼ばれた理由を……この世界の事を」

「あぁ。勿論だ」


 結衣の向かいに座るアーサーが頷き口を開いた。


「この世界には滅びを齎すドラゴンが6体眠っている。その6体は大陸ごとに封印を施されているが、100年でその封印は解かれてしまう。君には再びドラゴンを封印する要になって欲しい」

「……何故その役目が“私でなければいけない”のでしょうか?」

「それは僕には分からない。全ては神の意向に導かれるがままだ」


 ……そんなの説明しているようで何の説明にもなっていない。

 私じゃないといけなかった必要性等ない、と言われているのと同じようなものだ。


「然し、歴代の乙女たちは皆魔法が使えたと記録されている」

「魔法……ですか」

「我々にも使えるがそれは精霊と契約したもので、呪文によって力を借りるものだ」


 待ってください。私、魔法は使えないです。

 一応神力の術陣は身体の中に存在するが、まともに使えた試し等一度もない。


 結衣がそう思った所でアーサーの説明は止まらないまま、淡々と温度のない言葉が続いていく。


「ただ歴代の乙女たちの話はそれだけだ。どんな術を使いドラゴンを封印するのか、その後の乙女たちがどうなったかは記されていない」


 僕が知っているのはたかが貴族間の話であって、王城に行けばもう少しまともな資料が手に入るかも知れない。その言葉に結衣は首を傾げた。


「アーサーさんは」

「様だ」

「……アーサー様は、元々貴族なのですか?」


 フランクに話し掛けた結衣に対し、ガウェインが窘めた。

 不服ながらも結衣は言い方を正し、敬称をつけ疑問に思った事を口に出すと、一瞬空気が固まった。正確に言うと空気が張り詰めた、と言うべきだろうが結衣にはさっきまでの空気が変わった、という事しか認識は出来なかった。


「え……、あの?」

「確かに僕は辺境貴族の子だよ。しかも養子だ」

「陛下!」


 ガウェインがアーサーの発言を窘めるように声を出すが、アーサーは意に介さず右手を上げてガウェインを静止させた。命令のような強制力はなくとも従わざるを得ない事をアーサーやガウェインは身に染みて分かっていた。

 位が上の者の言う事には従うべきである。それが貴族の暗黙のルールなのだから。



「僕の事も話そう。だが僕ばかりが話すのは面白くはない」

「えっと、私の事も話せってことですよね? 大丈夫ですよ。元々話すつもりでしたから」


 確実に高いであろうグレーを基調としたスーツを着こなすアーサーはスラリとした長い脚を組み結衣に向かって笑いかけた。

 常に笑顔である事を努めるその姿勢は、拙い処世術しか身に付けていない結衣の目には違和感を残したが、それについて何か言う必要もないと判断した結衣は何も言わず口を開いた。


「先ず私の事ですが……」

「ただ話し合うだけならつまらない。ガウェイン、君コインは持っているかい?」

「はい」


 結衣の台詞を遮ったアーサーの掌にガウェインが所持していたコインが置かれ、アーサーはそれを指で弾き手の甲に着地させすかさず、空いている手でコインの表面を隠した。


「ユイが表か裏を当てられたらどんな質問にも答えよう。逆に外したら僕の質問に答えてもらう」

「回答に関する拒否権は?」

「あると思う?」


 ないのだと悟った結衣は、深く溜息を吐き、表。と答えた。

 アーサーがコインを隠す為に置いた手を退けると、横顔の女性の模様が描かれたコインが手の甲に置かれていた。


「残念。裏だ」

「成程」


 この世界のコイン事情など知らない結衣は、アーサーの言葉に素直に納得したが、この世界に生まれ城に仕え、勿論コインの表裏が分かっているガウェインは言葉には出さなかったものの、アーサーの言葉に素直に納得する結衣を見て呆れたように肩の力を抜かした。


 普通はどちらが表かを確認してからやるものだろう。


 この時の結衣はアーサーに嵌められた事にまだ気が付いていない。


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