08
城壁の上から朝日を見ていた。王都センターパレスは、城と市街地をひっくるめてそう呼ばれている。城と市街地を分けていう場合、城は“竜王の門”と称されていた。
“竜王の門”は俺の世界でいうと、古代中国で作られた万里の長城に似ていなくもない。城壁自体が城なわけだから、あながち間違いではないだろう。
ローラム大陸はドラゴンの領域と人の領域に区別される。圧倒的にドラゴンの領域の方が大きいわけだがそれでも、人間の領域はオーストラリア大陸ほどの大きさがあった。
ドラゴンの領域と人の領域を隔てるのはヘルナデス山脈だ。南北全長三千三百キロメート。そこに三千メートル以上の高峰が二十座以上そびえ立つ。
そのヘルナデス山脈の尾根伝いに城壁が造られた。伝説ではドラゴンとともに建設したという。城壁は延々と三千三百キロメートル続くのだ。
所々、城壁の高さは異なっていた。大まかに言うなら高峰では低く、平野沿いでは高い。規模の大きさから言えば、最も堅牢な城壁は五か所あり、それは各国に一つづつあった。幅が四十メートルで高さが三十メートル。
この五か所の特異な点は扉があることだ。それぞれ大きさが違うのだが、ここ“竜王の門”と呼ばれる場所は高さ二十メートル、幅も二十メートルで、最大を誇っている。そして、扉の両サイドに城壁搭がある。ぱっと見、巨大な門扉だ。
扉は世界樹製。両開きで、今まで開いたことはないという。また、木造であるにもかかわらず、過去に修繕したという記録は残っていない。
まったく朽ち果てないのだ。世界樹はドラゴンと同じく、魔法の産物とされる。伝説によるとエンドガーデンの全ての世界樹は切り倒され、この長城で使われたらしい。
だから、エンドガーデンには世界樹が自生していない。もったいない限りだ。家とか船とかに使えそうなものなのに絶滅させてしまっている。
ただ、世界樹はまったく滅んでしまったわけではないらしい。長城の西側、ドラゴンの領域に入ればごまんとあるという。
逆に言えば、それほどまでして人とドラゴンは巨大な門を造らなくてはならなかった。
実は、この門は文字通り、ドラゴンの通り道らしい。五つある中で最も大きい王都センターパレスは、城のみを指す場合、“竜王の門”と言われている。つまり、アメリア国の王族はローラムの竜王にとって特別な存在ということになる。
といっても、それは人間の勝手な想像で、定かではない。ただ、人はそういった伝説の類に畏怖の念を抱くものだ。現に、他の王族もアメリア国の王族に一目置いていて、アメリア国の王族はずっと各王族の盟主のような役割を担っている。
長城からの眺めは最高である。竜王の門の前は巨大な庭園で、その先に街がある。大聖堂を中心とした中世ヨーロッパを思わせる街並みで、朝焼けの風景がよく似合っていた。
絵にかいたような風景である。このような美しい街を支配するアーロン王―――。
俺はすぐにでもそのアーロン王と会わなければいけない。
どのように言えばアーロン王は、大司教と会うことを認めてくれるのか。
キースの背景はほぼ理解した。あとはアーロン王がどのような人物であるかだ。アーロン王には弟がいる。そいつは賜姓降下し、ウォーレン州で選挙に出て、知事の職を得ていた。
王位継承権を争ったとか、立憲君主制に反対したとか、巷では噂される。あるいはその両方で、継承争いに敗れたからこそ、嫌がらせで立憲君主制に反対しているのかもしれない。
弟に裏切られ、そのうえ息子たちがこの体たらくである。アーロン王も浮かばれまい。今のアーロン王は君主制の権化だと想像出来る。伝統を背負って孤独な戦いを強いられているのだろう。
そのアーロン王に、俺は大司教に会いたいと言えるだろうか。言うならそれなりの理由がいる。シルヴィア・ロザンという侍女を解放したい。だから、大司教に直談判に行く、とはまかり間違っても言えまい。
痛くもない腹を探られるし、全てを話す訳にもいくまい。そもそも王族がなぜ出自も分からぬ身寄りのない小娘に目を掛けないといけないのか。君主制の権化たるアーロン王にとってそれは全く理解不能なことなのだ。
だが、一般人の俺にしてみれば、人身売買や性奴隷が許せないのは当然のこと。だからと言って、すべての不幸な人々を解放するなんて思ってもみない。職種柄、現実が余りにも過酷で理不尽なのは分かっている。
解放してやると言った手前、あとには引けない。誰でもない、俺がやり始めたことなのだ。逃げるわけには行かない。途中でやめることは敗北を意味する。
いずれにしても、キースは危険である。妻も娘も心配だ。どういう因果で俺はこんな狂ったガキと係わらなければいけないのか。何としてでもこの世界から脱出し、元の世界に戻らなくてはならない。何かきっと方法があるはずだ。来た道があるんだ。帰る道もあろう。
昨夜会った金髪の美女。あの女とは元の世界で出会っていた。とうことはだ。あの女は俺のような入れ替わりではなく、姿そのままで来たってことになる。
いうなれば、この世界はドラゴンと魔法の世界だ。そういう魔法があってもおかしくはない。もしそうだとして、ドラゴンとの契約が不可欠。あるいは、ローラムの竜王とやらにその方法を聞くか。
そもそも俺は、あの美女とどこであったのか。それが今一つ思い出せない。あの女は何者なのか。どういう目的でこの世界に来て、どうしてあの場所にいたのか。
何かがおかしい。いや、あの金髪の女のことを言っているわけではない。地鳴り。そう、これは地鳴りだ。城が振動している。
地震? いや、それも違う。この感じ。忘れもしない。俺が若かりし頃、戦場で体感したあの感覚。
街の北端に煙が広がっている。そこから轟音と共に赤い光が一筋、また一筋と空へと上がって行く。
光は雲の高さまで高度を上げたかと思うと緩やかに向きを変えた。弧を描いて南東へと向かう。
この世界では信じられない光景だった。
南東に消えた幾つもの赤い光。それを皮切りに何百もの赤い光が轟音と共に次々と、朝焼けに燃える空へと上がって行く。
俺がいた世界ではいつもどこかで必ず見られる光景。目の前にあるのはまさにその光景、ミサイルの一斉発射と何ら変わらなかった。




