06
玉座の後ろ側の階段を上がった。連れていかれた部屋は地下のフロアと地上のフロアの中間にあたる。ドアを開けると円卓があり、その奥の壁はガラス張りであった。この部屋からは、音楽を奏でる舞台から玉座まで地下全体を俯瞰出来る。下での様子が手に取るように分かった。
円卓には男が十人座っていた。どいつもこいつも、胸や肩に詰め物をしたプールポワンを着ていた。俺を見てもピクリとも動かない。歳は若いやつでも四十代ぐらい。上はよぼよぼの老人だった。ガラス張りの壁からの光で逆光になって、表情は読み取れない。
髪に白髪が混じるオールバックの男が立ち、貴族風の礼を見せた。
「ご健在で何より」
俺は返事を返さなかった。白髪混じりの男が続けた。
「祝いの品が明日、届くだろう。今日は気兼ねなく遊んで行ってくれたまえ」
祝いの品? キースへの贈り物。嫌な想像しか出来ねぇな。「それは有り難いが、気分がすぐれないんだ。今日は挨拶だけにして、これで帰らさせてもらうよ」
「そうか。それは残念だ。では、明日を楽しみに」
「ふーん、明日ね、待ちきれないな。何が届くんだ」
別の男が言った。笑い交じりの声だった。
「君は、物は喜ばない」
また別の男が言った。
「あなたは剣とか、宝石では満足しなかった」
やはりな。こいつら、また子供を俺によこすつもりだ。「それについて話しておきたいことがあるんだが」
さっき、笑い交じりで言った男の声色が変わった。低い声で部屋に良く響いた。
「まさか、断ろうっていうんじゃぁないだろうな」
白髪交じりの男が言った。
「すでに宮廷とは話がついている」
別の男が言った。
「そこでも大金が払われたってことだ」
何が大金だ。てめぇらが旨味を吸うために投資しているってだけだろ。こっちは知ったことではない。
「実は、ここに来たのは祝いの礼を言いに来た訳ではない。少し不満があって、それについて話し合おうと思ってな」
俺は、ガラス張りの壁の方へ向かった。そこからだと“十人の後見人”の表情がはっきりと分かる。「俺はそういうのを止めようと思っている」
一番年上のじじいが下品に笑った。
「我々との関係を断ちたいというのか。これは笑える」
「まぁ、待て。早とちりしてもらったら困る。俺はあんたらみないな者を全て否定しているわけではない。世の中、綺麗ごとばかりで収まらない。それは十分承知しているつもりだ」
「一度死んで随分と賢くなったな」
じじいはまた、下品に笑った。白髪交じりの男が言った。
「提案を聞こうか。お前はどうしたい」
俺は部屋の外を眺めた。玉座はほぼ真下だった。地下の王国に、神のように振舞う闇の住人。そんな構図がこの地下全体の構造から見て取れる。
「今日連れて来た男があんたらとのつなぎ役となる」
カリム・サンが心配そうにこちらを見上げていた。
「俺の性癖の方はあんたらが心配しなくていい。もう解決出来た。それで双方問題はないだろ?」
口ひげを生やした短髪の男が言った。
「いや、大ありだ。カリム・サンは議会の回し者だ。議会はカールを全面的に支援している。アーロン王はそれが気に入らない。そもそもアーロン王はカールの恋人を妃にした。二人には確執がある」
はぁ? 回し者? で、確執、まじでか。王立騎士学校に行って全部知った気でいた。確かに、歴史古文書局長はこんなことは教えられない。
が、しかし、口ひげ野郎が嘘を言っているとは思えない。カリム・サンが俺のことが気に入らなかったのも、キースの行動をよく心得ていてそのうえで放置していたのも、口ひげ野郎の論で筋が通る。
白髪交じりが言った。
「カールはいつか廃嫡の憂き目にあう。ただし、あんたが健在ならな。あるいは、カリム・サンはだだの監視役ではない。議会はあんたが健在では困るんだ。あんたを殺す機会を狙っている」
殺すねぇ。でもまぁ、仕方ないか。侍従だから危険はないとこっちが勝手に思っていた。そもそも俺はキースではないんだ。バレたらどうなるか分かったものではない。
ただ、カリム・サンが何者で、何をしたいかが、分かったのはラッキーだ。俺は王になる気もないし、キースを王にする気もない。むしろ、議会側に立ってカールを応援したいぐらい。そして、そういう点で言うなら逆にカリム・サンは利用できる。
白髪交じりの右隣りの男が言った。
「噂は本当だったんだねぇ。キース・バージヴァルは一度死んで全部を忘れたって。でもねぇ、我々はあなたの命を守っているんですよ。それは、忘れてもらったら困る」
困るって? 俺に死なれたらあんたらが困るんだろ。俺を助けたいから肩入れしている訳ではない。
だが、それだって腑に落ちない。もしカールが廃嫡したとして俺が本当に王になれるのか。カリム・サンがスパイなら、こんなやつらと付き合っているのは議会にバレバレだ、ってことになる。王にはまだ子がいたはずだ。キースの母親は亡くなっている。つまりは腹違いの弟、ブライアン・パージヴァル。
そのうえで、後見人を豪語するこいつらの、この態度。俺は、こいつらの上にまだ黒幕がいるとみた。カリム・サンなら知っていよう。帰ったら問いただす。こいつらとこれ以上話し合ったって埒が明かない。
「俺は君たちのことを誤解していたようだ。今日のことは忘れてくれ」
じじいが笑った。
「やはり死んで賢くなったな」
俺はうやうやしく、頭を下げた。そして、ガラス張りの壁から進み、ドアの前に立った。
「ところで、さっき言っていたお祝いの品、それが頂いたらシルヴィア・ロザンはどうなるんだ。お払い箱になってどこかの遊女屋に売られてしまうんじゃないだろうな。秘密を知られたからって、まさか殺しはしないだろうな」
白髪交じりの男が言った。
「あなたの心配するところではない」
「まぁそうだが、情が移るってことはある。実際俺はあの女がいないと眠れないんだ。出来ればこのまま城に置いておきたいんだが、どうだろう。俺はこのとおり、全てを忘れてしまって、あんたらにこれまでどんだけよくしてもらったかを、なにも覚えていない。こういっちゃぁなんだが、覚えていないことなんてどうでもよかったりするしな。だが、今なら忘れない。ずっと感謝するが」