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01

 人は誰しもいつの頃からか、世界にルールが存在することに気付く。物心がついてすぐかもしれないし、思春期の時かもしれない。


 生まれたら必ず死ぬ。ライフは一人一個のみ。永遠に生きられないし、死して蘇ることもない。


 当然それは、歴史に名を残し、前人未到の偉業を成したと言われる人も逃れられない。特別にボーナスチャンスは与えられないのだ。


 だが、無謀にも、そのルールにあらがう者たちもいた。結局は達成出来ず、そのために国を潰してしまったり、諦めて自らその生涯を閉じてしまったりした。


 俺の場合はどうか。もしかして、俺みたいなやつが存在していたのかもしれない。ただ単に、世界からいなくなって別の世界へ行ってしまったから分からないだけなのだ。


 いや、今いる場所が天国といわれる場所かもしれない。だが、それも間違いかもしれない。俺には死んだ記憶がなかったんだ。


 俺は大聖堂のど真ん中で目が覚めた。といっても、すぐには状況が掴めなかった。目にはコインが乗せられていた。


 それを冥銭と呼ぶのだろうか。あるいはカローンと呼ぶのだろうか。何かの冗談に違いないのだろうが、それにしても、悪ふざけが度を過ぎている。


 ともかく、俺は目から手で払い落した。


 コインは大理石の床に落ちて転がっていく。静まり返ったところに金属音である。大聖堂の音響もあいまって、まるで底なしの枯れ井戸に小石を投げ込んだようにコインの音は、長々と高い音で、大聖堂の奥へ奥へと響いていった。


 コインが目から払われて、視界に宗教画が飛び込んで来た。ドーム状の天井に描かれていたものだ。真っ青な空に雲が一つあり、そこから差した陽の光に沿って、大勢の天使や兵士たちが地上へと行進している。


 見渡すと、多くの人が俺を見守っていた。彼らはまるでアリーナを見下げるスタンド席の観客のようで、その誰もが布一枚を体に巻き付ける古代ローマの“トガ”を思わせる出で立ちだった。


 二、三百人はいたのではないだろうか。それら観客と俺の目が合ったかと思うとそれが起こった。次々と、連鎖的に、人々は悲鳴を上げ、逃げ惑った。


 大聖堂はパニック状態であった。じいさんもばあさんも可愛いねぇーちゃんも、屈強な男でさえ、自分より弱い者を押し退け、踏みつけ、大聖堂から出ようとしていた。


 俺はその光景を、大理石の寝台の上からポカンと口を開け、見守っていた。あの時点、俺も何が起こったか分かっていない。人々の、あまりのパニクリように俺も観客と一緒になって、逃げ惑っても良かったぐらいだ。


 男が大声で叫んでいた。


「キース王子はまだローラムの竜王と契約を結んでいない」


 男はカール・バージヴァルという。キースの兄にあたる人物で大聖堂でただ一人、プールポワン風の服装をしていた。


 俺としては、カールの言っている意味も分からなければ、あえてここでそれを呼び掛けるっていう意図も分からなかった。だが、確かにカールはこの時、そのようなことを人々に何度も言って、状況の沈静化を図っていた。


 結局、広い大聖堂に人っ子一人居なくなって俺は寝台から降ろされ、中央礼拝所の裏側、王室礼拝所に運び込まれた。そこは王室と一部の聖職者しか入れない場所であった。


 どうやら俺はキースという男になってしまっているらしい。キースは昨日、落馬したショックで心臓が止まったという。


 もし、俺が死んでその魂がキースのむくろに入ったとしよう。だが、何度も言うが俺は、自分が死んだという記憶がない。俺が死んでないということは、生きているということだ。


 であるならば、逆も言えるのではないだろうか。キースは死んだとされるが、どこかで生きている。因みに今さっきまで行われていたのはキースのお別れ会みたいなもので、正式な儀式は明日。その後でキースの遺体は焼かれる手順となっていた。


 大聖堂の装飾の感じから、俺の世界のキリスト教を彷彿とさせる。異世界なのは薄々分かっている。おれ自身、黒髪黒目の生粋のアジア系なのだ。それが金髪碧眼。しかも、二十歳にもなっていないこの若さに、垢抜けたこの美貌。どう考えてもどこかの世界のキースというおぼっちゃんに俺が入れ替わったとしか思えない。


 キリスト教のことでも分かるように、前の世界での俺を、俺は全く覚えていない訳ではない。妻子がいた。元軍人で、辞めた時は少尉。前線で指揮していたが、結婚を機にセキュリテー会社に転職。四十五の若さで幹部に上り詰めた。


 基本、キリスト教は土葬だ。文化が違うといえばそうだろうが、火葬というのが引っ掛かった。ここはそういうものだと俺は受け入れるべきなのだろうか。


 それでも、やはり気に掛かった。大聖堂に掲げられる十字だけではない。言葉がほぼ、前の世界と一緒なのだ。喋るという点で言うとオーストラリア英語に近いというか、訛りの域から出ていない。文字は全く変わらなかった。


 この世界は、俺たちの世界の親戚なのではないだろうか。どこかの過去で枝分かれしたもう一つの未来。そんな仮説を立ててみた。


 キリスト教―――。この世界ではイザイヤ教と言われているのだが、火葬は王族に限ってのことらしい。


 王室礼拝所に俺が入れたのもそう。つまり、俺は王族ってことだ。先ほどのカールが俺の兄で王太子。因みに王は、俺の父親ってことになるだが、どういうつもりか息子の、国民へのお別れ会に顔を出さなかった。


 それについては、他人?の俺でもむかっ腹が立つ。その一方で、キースはよっぽど親に嫌われていたのだろうな、と想像してしまう。


 王にとっては丁度いい厄介払いだったのではないか。そんなことを考えると寒気を覚える。それはまるっきり俺へと降りかかる災難なのだ。王の考え次第で俺はどうにでもなる。都合よく死んだのに残念とばかりに、今度は確実に、この手で、と考えているのかもしれない。


 それ以上に、妻と娘が心配だ。俺の説では、俺とキースが見た目そのままに入れ替わっている。


 となれば、妻と娘の未来はキースという男が握っている、ということになる。







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