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記憶喪失のバニーガール

作者: 斉木凛

カーテンの隙間から差し込む太陽の光が顔に当り、ひどい頭痛と共に目を覚ました。

私はベッドから抜け出し、痛む頭を押さえながら部屋を横切りトイレへと向かう。

ふらふらと覚束ない足取りで歩いていると、

「うおぉ!」

真横に人影があり思わず飛び退く。

そこにいたのは、網タイツに黒のレオタード。頭には長いウサギの耳を付けている。

「なーんだ。バニーガールか。驚かさないでよ」

って、なんでバニーガール?

よく見てみると、姿見に映った私だった。なぜかバニーガールの衣装を着ている。

 そして、ふと辺りを見回して驚いた。部屋の中が荒らされている。衣装ダンスやクローゼットの中、アクセサリーとかの小物を入れている小さな戸棚の引き出しまで、中身が散乱している。無事なのは十冊ほどしか並んでいない本棚くらい。

そして、どういうわけか、スーパーにおいてある『大売出し』と書かれているのぼりが壁に立てかけてある。赤地に白い字なのでとても目立つ。

 まさか、泥棒?

財布は……、テーブルの上にいつも通り置いてある。中身を確認。現金もカード類も盗られてないみたい。

通帳と印鑑は……、クローゼットの奥の方に置いてある小さな箱の中を見てみる。いつも通りの状態だ。問題ない。

とりあえず、戸締りの確認をしておく。窓際にあるベッドに戻り、窓を確認。ちゃんと鍵は掛かっている。散らかり放題の部屋の中、足元に気を付けながら玄関に向かい、ドアを見てみる。二つある鍵は両方掛かっていて、ドアチェーンまでしてある。部屋の鍵もいつも通り財布の横に置いてあった。

となると、私の部屋はワンルームだから、もし泥棒が隠れているとすればユニットバスの中だけということになる。

確認したいけど、怖い。何か、武器になるようなものはなかったっけ。

そうだ、包丁。

思い立ったら台所へ。台所も荒らされている。戸棚は開け放たれ、引き出しも開けられている。シンクには普段使わない湯呑が二つ置かれていて、なぜか、その中には割られた状態の生卵が一つずつ入っていた。

 包丁を構えてユニットバスの扉の前に立ち呼吸を整える。突然、勢いよく扉が開けば、中にいる泥棒も少しは怯むんじゃないかと思って、一気にドアを引く。

 中に人はいなかった。

安心したらトイレに行きたかったのを思い出した。でも、まだ怖かったから包丁を持ったままトイレに入った。それにしても、バニーガールの衣装って脱ぎづらい……。なんか、スクール水着でトイレに入った時のことを思い出した。


 トイレも済ませたし、今日は日曜日で仕事は休みだから、ゆっくり状況を整理してみようか。まず、

・部屋が荒らされている。

・この部屋の出入り口であるドアと窓は、内側から鍵が掛かっている。したがって密室状態である。

・私はバニーガールの衣装を着ている。

・湯呑に生卵。

・壁に立てかけてある『大売出し』と書かれているスーパーマーケットに置いてあるのぼり。

 状況的に考えて全部、私がやったってこと?

頭痛は続いていたが、思い出せる所まで思い出してみよう。

昨日は友達の結婚式があったんだ。新郎側の友人に、すっごいイケメンがいたんだっけ。二次会に参加したら、そのイケメンも参加していて嬉しかったな。

「あー、連絡先を聞いておけばよかったー」

って、そんなこと人見知りの激しい私には恥ずかしくて出来ないんだけどね。

その後の事は覚えていない。頭が痛い。お酒は結構飲んでいたとは思うんだけど。

 記憶喪失だ。

考えてもわからない。こんな時、頼りたくはないけど、頼れるのはアイツくらいしかいない。

アイツというのは元カレのことだ。ちょっと、問題のある奴なんだけど……。

電話を掛けようとして気付く。充電、切れてんじゃん。充電ケーブルを繋いで、充電したまま電話を掛ける。

「はい……」

「もしもし、私だけど……」

「なに?」

「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど……」

「なに?」

「昨日の夜……、私、何してた?」

「は?」

「知ってんでしょ?ってか、まだ、知らないんだったら、今から調べてよ」

「何のこと?」

「とぼけないでよ。こっちはね、もうわかってんのよ。あんたが私の部屋、盗撮してんの」

そう、私の元カレは盗撮魔だったのだ。

高学歴、高収入、高身長のイケメン。本当に申し分のない男なのだが、盗撮が趣味という残念な男だ。ただ、その秘密の趣味は、周囲には、うまいこと隠し通しているらしい。

「あんたの大切な覗き趣味の事、周りの人に教えちゃってもいいんだけど?」

「な、なんで、お前知ってんだよ。わ、わかったよ。お前の昨日の夜の事を調べればいいんだな?」

通話状態を保ったまま、何やらパソコンのキーボードを叩いている音だけが聞こえてくる。

「とりあえず、お前の部屋のリアルタイムの映像を見てるんだが……。何があったんだ?部屋ん中、凄い事になってんな。それにお前、なんて恰好してんだ?」

「私にもわかんないよ。それを知りたいの。いいから昨日、私が帰ってきたところから見て」

また、カタカタとキーボードを叩く音とカチカチとマウスをクリックする音が続いたかと思うと、

「おっ、帰ってきた。時刻は一時三十二分。服装は……、普段着だな。少しおしゃれ目の。それと手には大きな紙袋と……、なんだ?旗持ってるぞ」

普段着で帰ってきたってことは、ドレスで出席した結婚式後に、普段着に着替えて二次会に参加したから、バニーガールの衣装はこの部屋の中で着替えたってことだよね。外でこの格好見られてなかったんだ。とりあえずよかった。んで、やっぱ、スーパーののぼりは私が持ってきたのね……。

「なんか、ニコニコしながら紙袋の中から大きめの箱を取り出したぞ。すぐに箱を開けた。中身は黒い布きれみたいだな。それで、着替え始めたぞ」

着替え見んな!って、思ったけど、この部屋にカメラが仕掛けられているんだから、こいつにはいろんなこと見られてるんだよね。

「これバニーガールの衣装か。モデルみたいに鏡の前でポーズとってるぞ。あ、何か思い出したみたいだ。急に電話かけ始めたぞ。このカメラ音声入ってないから何話してるか、わかんないんだよな。これ、発信履歴残ってるんじゃないか?リダイヤルして聞いてみろよ。その間、こっちは先の展開確認しておくからさ」

深夜一時半に電話って。相当迷惑な奴だな。って、私なんだけど。

一度通話を切り、スマホを開きなおす。メッセージアプリに通知があるけど今は電話が先。履歴を見ると、結婚して子供のいる友達だ。とりあえず昨日の事、謝らないとね。

「もしもし、昨日はごめん。私、記憶無かったみたいで……。なんか変なこと言ってなかった?」

すると、友達は怒った様子もなく、

「あー、やっぱりねー。なんか変だと思ったんだよねー。夜中に急に、『茶碗蒸しの作り方教えて』だってー。そんで、作り方教えようとしたら、『茶碗蒸しっていうくらいだから、茶碗に生卵入れればいいんだよね』って、勝手に進めちゃって。違うよ、まずはだし汁と卵を溶くんだよ。って、言ったら、『あー、もうわかんない!ネットで調べるからいいや!』って言って切られちゃった」

もう一度、ほんとにごめん。今度埋め合わせするから。って、言って電話を切った。

なんで、茶碗蒸し作ろうとしたんだろ?茶碗にって言ってるけど実際は湯呑だったね。

電話の内容もわかったし、アイツに続きを聞いてみるか。

「その後、どう?」

「あー、電話しながら台所でなんかやってて、その後だよ。急になんか思い出したみたいで、部屋中を荒らしまくってた。何かを探しているみたいだったな。そんで、探し疲れたのか、二時四十八分にベッドで寝た。とりあえず、そんなところ。何を探していたのか、もう一回見直してみるわ」

「そっか。ありがとう。メッセージが来てたから、それ確認してみる。なんか解るかもしんないしさ」

とりあえず、メッセージを確認。

一件目。


『景品のバニーガールの衣装着てみた?』


景品?景品……。あっ、二次会のビンゴの景品!

で、イケメンに言われたんだっけ、

「君、スタイルが良いから似合いそうだね」

って。それで、帰宅早々、ニコニコして着替えて、鏡の前でポーズ決めてたりしたんだ。誰かに見られていたと思うと、恥ずかしい。まあ、バニーガールの謎は解けて良かった。

二件目。


『イケメンを落とせる茶碗蒸し、作れるようになった?』


思い出した。二次会の最中、話の流れで好きなタイプは?って、なった時にイケメンの答えが、

「茶碗蒸しを作れるような料理上手な子」

って、言っていたのを。だから、あんなに必死に茶碗蒸しを作ろうとしてたのか。湯呑に生卵という結果を見てしまうと、理想の女性までは先が思いやられる。

三件目。


『殿!イケメンは討ち取れそうでござるか?頑張るでござるよ』


殿?ござる?なにこれ?わかんない。次。

 四件目。


『のぼり、ちゃんと返してね』


のぼり持ってきてたの見られてたのね。記憶無いけど酔っぱらってる私、最低。

五件目。


『風林火山ってなに?』


あああー、思い出した。二次会でイケメンと戦国武将の話で盛り上がったんだ。イケメンは真田幸村が好きなんだって。私は伊達政宗様推し。だって、政宗様は私と同じB型だっていうし、ヤンチャして秀吉さんに怒られたりしてるのとか超可愛いんだけど。でも、政宗様と真田幸村って敵対する間柄だから、とっさに武田信玄が好きって言っちゃたんだ。だって、真田幸村って武田軍の味方だから。そしたらイケメン、

「武田信玄って……、渋いね」

だって。


あっ。


だから、スーパーののぼりを軍旗に見立てて、

「風林火山」

とか、

「イケメン討ち取るぞ」

みたいなこと言ってたんだね。多分、友達に私の事、殿って呼ばせてたんだろうな。つくづく、酔っぱらってる私、最悪。


メッセージはこれで終わりみたい。

後は、部屋が荒らされている原因が解ればいいのか。アイツに聞いてみるか。

「その後、どう?」

「おう、映像を見返してみたら変な動きをした時があったんだよ。なんか、ニコニコしながら、赤い本に紙切れを挟んでたんだけど、ひょっとしたら、それ探してたんじゃねえか?」

本棚の赤い本というと一冊しかない。


『武田信玄物語』


本を取り出し、パラパラとめくってみる。すると、本の間から小さな紙切れが出てきた。そこには名前と連絡先が書かれてあった。

ピッコリーン。

メッセージが届いた音がする。


『人見知りのあんたが、積極的にイケメンの連絡先聞いてるの初めて見た』


まじで?これ、イケメンの連絡先?

酔っぱらっていた私がイケメンの連絡先を聞いたってこと?スマホの充電が切れてたから、私の手帳を切り取って、そこに連絡先書いてもらったってこと?


信玄様、最高!酔っぱらっている私、最高!


最後にアイツに言っておかないとね。

「そういうわけで、新しい恋を始めるから、もう盗撮は止めてね。ま、ほんとに付き合えるようになったら引越しするから」


 まあ、これで一件落着かな。











あっ。











スーパーにのぼり返しに行くの、恥ずかしいし嫌だなぁ。

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