七十五話 雨の日の襲撃2
一人を人質に取られ三人は手が出せないようだった。
「お前達でも仲間は大事か?」
「っつ」
バッカスさんは「返してやる」と人質を大きく振り上げ投げた。
あっさりと三人はそれを避け、代わりにロッカクさんが片手で受け止める。
「ウチの構成員で遊ぶのは勘弁してくれ。こいつらのプライドが再起不能なほどに崩れるだろうが」
「チャラチャラしたお前に、そんなことを言われる日が来るとはな。だが仲間もろとも殺すくらいの覚悟がないと俺はやれんぞ」
「言われるまでもねぇ。お前ら、死に物狂いで戦え。さもなくば俺がお前らを殺す」
掴んでいた一人を投げ捨てて新しい煙草を取り出して火を付ける。
紫煙を吐き出したロッカクさんは倒れた棚に腰を下ろした。
戦いが再開する。
先ほどとは打って変わり四人は連携でバッカスさんを果敢に攻めていた。
一人が攻撃した直後にもう一人が間髪入れず攻撃、さらに左右からも攻撃が迫る。
彼は四本の腕で左右の二人の攻撃を捌き、正面からの攻撃も真下からの蹴りで対応。蹴り上げられた一人が宙を舞い、後方にいたもう一人がひるむことなく距離を詰めてナイフで突く。
「はっ!」
左右の二人を掌底で弾き飛ばし、すぐさま腹部を狙って突き出された刃に手刀を振り下ろす。ナイフは半ばから切断、がしっと相手の胸ぐらを掴み、背負うようにして頭から地面に叩きつけた。
ほぼ絶命だっただろう。
投げられた者の頭部は地面にめり込みぐったりと力をなくした。
「風斬!」「水切!」
「砂壁」
左右から魔術攻撃が放たれる。バッカスさんは砂の壁を創り出しこれを無効化、壁が崩れると同時に飛び出し一人を手刀で真っ二つにしてしまう。
悪魔は人間とは違いほぼ全ての者が生まれつき魔術を使いこなすと聞くが、あの近接を得意とするバッカスさんですら魔術を使用しているところを見ると、噂はあながち嘘ではないようだ。
そう考えるとピスターチがもし侮らずに魔術を使っていたら、僕は今頃ここにはいなかったかもしれない。
「羅生撃」
「げぼっ!?」
彼の強烈な一撃が相手の胸部にめり込む。
離れている僕にも骨が砕ける音が聞こえた。
覆面を付けている男は大量の血液を吐いて前のめりに倒れた。
あと一人。
バッカスさんと最後の一人がじりじりと距離をとって間合いを測る。
一方ロッカクさんはと言えば今も煙草をのんびり吸っている。仲間が死んでいるというのに焦る様子も見せずじっと戦いを窺っていた。
僕はなんとか立ち上がって物陰に腰を下ろす。
すでに投げられたことで受けたダメージは回復していた。ここはバッカスさんに助力したいところだが、ロッカクさんは背中を向けつつも隙がない。まだ素人に毛が生えた程度の実力しかない僕でも、彼が腕の立つ悪魔だというのはなんとなく感じ取れた。
下手に動けば殺される。恐らく確実に。
このままでは勝ち目はないと判断したのだろう、最後の一人は自ら服を引きちぎったかと思えば急激に膨張する。
皮膚は濃い緑に変色して鱗が生える。顔はトカゲのようなは虫類となり、お尻からは太く長い尻尾がズボンを突き破って現われた。
雨に打たれる人型のトカゲは異様な光景だった。
「は虫類系の悪魔だったのか。こりゃあなかなか堅そうだ」
バッカスさんは笑みを浮かべている。
正体が明かされた後でも負けるような相手ではないと考えたようだ。
悪魔には大きく分けて二種類の考えが存在する。
常に真の姿を周囲にさらし戦うことをためらわせるか、常に人の姿をとって能力を悟られないように秘匿するか。だいたいはこのどちらかだ。例に挙げて言えばバッカスさんの場合は前者にあたり、ロッカクさんやその仲間は後者になる。
加えて希にだがこれらに当てはまらない悪魔もいる。そう言った存在は生活をするのに面倒ごとが多いからなどの理由で人の姿をしているそうだ。
トカゲ顔の男が先に動いた。
叩きつける雨を全身で弾きながら水たまりを踏みつけ駆ける。
彼は高く跳躍したかと思えば空中で身体をひねり、尻尾を真上から勢いよく振り下ろした。
「ふっ!」
バッカスさんは尻尾をギリギリで躱し、すぐさま着地した相手に拳をぶつける。
相手は腕でそれをガード、瞬時に守りを解いてナイフを彼の腹部に向けて突きだした。
「バッカスさん!?」
無意識に声が出てしまった。
ナイフがバッカスさんの腹部に刺さったのだ。
だが彼はそれでもなお笑みを浮かべていた。
「指導その二、ちょこまかと逃げる奴には肉を切らせて骨を断て」
彼は相手の腕をがっしり掴んで手刀を振り下ろした。
トカゲ頭は真っ二つとなって地面に転がった。
ぶしゅ。ナイフを抜くと同時に血が吹き出す。バッカスさんは慣れているのか取り乱す様子もなく、ナイフを放り捨ててこちらに身体を向けた。
「次はお前の番だ。ロッカク」
「うぃーす、さすがはおっさん。予想よりも何倍も早かったぜ」
煙草を下に落として踏み消したロッカクさんは、ポケットに手を入れて彼の元へと歩み出る。吹き付ける雨が二人を濡らし、カラフルなシャツがふわりと揺れていた。
僕は二人の戦いを見る為に、よく見える位置へ移動する。
「こんな日が来るとは考えてもいなかった。まさか常連とやり合うハメになるとはな」
「そりゃあこっちの台詞だ。ようやくいい店を見つけたと思ったのによ。久しぶりにふらりと来てみりゃあ、上から始末しろと依頼されている標的が働いているじゃねぇか。どうしたらいいのか分からなくなった俺の気持ちも考えてみろよ」
「ぶはははっ、お前も運が悪いな。だがそれでもやる気なんだろ」
「当たり前だ。俺は所詮は組織の飼い犬だからな。餌をくれる相手には全力で尻尾を振る」
二人は会話もほどほどに戦いを始めた。
最初に攻撃を始めたのはバッカスさんだった。目にも留まらぬ連撃を繰り出しロッカクさんを攻める。しかし、対するロッカクさんは後退しつつも丁寧に受け流し、ダメージを受けるのを上手く避けていた。
「二段撃!」
「っつ!?」
一撃目を受け流すも遅れて二撃目が顔面を捉える。
四本の腕を持つバッカスさんだからこそできる攻撃だ。
ひるんだところで追撃の左フックが脇腹をえぐる。
弾き飛ばされたロッカクさんは道を照らす街灯に背中から叩きつけられた。
折れた街灯が明滅しそこにだけ別の空間が出現したような錯覚を起こす。
ロッカクさんは立ち上がって不敵な笑みを浮かべた。
「その腕は反則じゃないのか。こっちは二本なんだから合わせてくれよ」
「馬鹿言うな。殺し合いで卑怯もクソもあるか」
「だよなぁ。俺ももうちょい強い身体で生まれたかったぜ」
「知るか。そうなったのはお前自身が望んだことだろう」
二人の会話を聞いてとあることを思い出す。
悪魔がなぜこんなにも多様な姿をしているかという点についてだ。
とある書籍に寄れば、悪魔は生まれた瞬間に自らの姿を決定するらしい。ではどうやってその形が決定されているのかということだが、生まれ持った資質や指向性や能力を本能が整理して定めるとか。その結果両親とは似ても似ない子供が誕生する。
じゃあ両親から受け継ぐ物はないのかと言えばちゃんと存在する。それは固有能力だ。悪魔には大別されるいくつかの種族が存在し、それらの有する種族的な固有能力が子供にも引き継がれる。
つまり魔界において子と親を結ぶのは力なのである。
しかしながら種族の傾向も引き継がれる為、両親と全く違う姿になるというのも事実ではない。似ても似つかないとは人間の視点から見たものであり、悪魔基準では我が子は己とよく似ていると考える。
バッカスさんが自分自身で望んだことと言ったのは、単純に肉体的特徴のことを指したのだと思う。
「つっても俺はこの姿は嫌いじゃないんだぜ。俺の生まれ故郷では狐ってのは化かすのが上手いらしいからな。嘘つきにはお似合いだろ」
雨が小雨になると、ロッカクさんは煙草を取り出して火を付ける。
紫煙を夜の町に吐くと、煙草を地面に落として踏みつけた。
「うぃーす、そんじゃあ再開するか」
「最後の煙草はもういいのか」
「まだ死なねぇよ。俺はしぶといんでな」
ロッカクさんが炎の大蛇を創り出す。
対するバッカスさんは砂の大蛇を創り出した。
二匹の大蛇は鎌首をもたげ激しく絡み合った。
ほぼ同時に二人の戦いも再開している。
互いに間合いを詰め、至近距離で殴り合いを始めた。
それは殺し合いと言うよりも友人同士の喧嘩のように見える。
殴られたバッカスさんは即座に殴り返し二人は青い血を流す。
僕はその様子を見ながら酷く後悔していた。
ここへ来てはいけなかった。バッカスさんに頼ってはいけなかった。僕は彼の言った通り疫病神だったのだ。災いを連れてきてしまった。
「たまには本気で殴り合うのもいいものだ!」
「戦いを求めるのは悪魔の本能ってやつなのかね! 気分がいい!」
やめて……殺し合わないで……。
僕は自分が憎い。こんなことになっても自分が大事なんだ。
ルナやテトや両親の元にどんなことをしてでも帰りたいと思っている。
ごめんなさいバッカスさん。ロッカクさん。
「――あぐっ!?」
不意に聞こえた叫び。
僕は顔を上げて二人を見た。
「だから言っただろ嘘つきだって」
「ロッカク……お前……」
バッカスさんの背後から胸を腕で貫くロッカクさんがいた。
だがしかし、バッカスさんの目の前にももう一人のロッカクさんがいる。
事態が飲み込めず僕は眺めることしかできない。
腕を引き抜いたロッカクさんは、その手に今も鼓動を打つ心臓を握っていた。
バッカスさんが片膝を突く。
「どうやって……外幻術にしては感触があった……だとすれば内幻術だろうが、それならば俺がすぐに気が付くはず……」
「数多の戦場を渡り歩いたおっさんに、内幻術が悪手だってことくらい知ってるさ。ほんのちょっとの思考の乱れで気づかれちまう。かといって外幻術でもおっさんには中身と外見の違いを感触で暴かれる」
「中身だと?」
正面にいるロッカクさんがぐにゃりと姿を変化させる。
そこにいたのは人型の炎だった。
炎はボッと音を立てて消える。
「言ってなかったけ? 俺が『紅蓮国』の出身だってことを」
「そうか……固有能力か」
「幻術ではないマジものの変化の術だ。これを見破れる奴はそうはいない」
バッカスさんがうつ伏せに倒れると同時に争っていた二匹の大蛇の内、砂の大蛇がさらさらと形を崩していく。
「バッカスさん!」
僕は駆け寄って彼を仰向けにした。
「すまねぇな、守ってやれなくて……」
「もういいです! しゃべらないでください!」
僕は服を脱いで彼の胸に当てた。
再生能力の高い悪魔ならまだ助かる可能性はある。
少しでも時間を稼がなくては。
「あれだな……昔死んだ息子に似てたからなのかもな……」
「どういうことですか」
「こうみえても昔は結婚してたんだよ……すぐ離婚したが……そんときできた息子がお前とよく似ててな……ああ、泣き虫なところがそっくりだ……」
バッカスさんは精一杯に笑顔を浮かべる。
それが僕には二度と見られないものの様に思えて怖かった。
「指導その三………生きる目的を見失ったときは誰かのために生き……」
「バッカスさん!?」
声が途切れる。
僕は必死で呼びかけるが返事はなかった。
恩人との突然の別れに呆然とした。
人は本当に悲しい時、泣くこともできず思考が停止すると聞く。
僕は今まさにその状態だった。
「ふぅうううう、やる気が失せちまった」
振り返るとロッカクさんが煙草を吸っていた。
人の姿で背中を向けて紫煙を吐き出す。
「今回だけ見逃してやる。組織にはお前は死んだと報告する」
「なんで……」
「その代わりこのトイオックスには二度と来るな。今夜中にこの町を出ろ」
彼はそう言って歩き出す。
「なんでですか」
なぜ僕を見逃すのか、そう聞きたかった。
だが口から出たのは中途半端な言葉。
「友はお前を守り切ったんだよ。それでいいじゃねぇか」
彼は振り返らずそう言って去った。
残された僕はしばらく動けなかった。
一時間くらいそうしていたかもしれない。
ようやく立ち上がってバッカスさんの遺体を背負うと、ボロボロの店に入って彼を寝かせた。
僕は瓦礫の中から荷物を探し出し、数冊の本をリュックに入れる。
それから再び彼の元へと戻ってきた。
「僕はこの町を出ます」
もう起き上がることはないと分かっていても、僕はいつものように言葉をかけずにはいられなかった。
「給料の代わりに何冊かもらいますね。それが嫌なら起きてください」
返事はない。
僕は立ち上がって店を出た。
雨があがった街灯が照らす夜道。
僕はとぼとぼと歩き続け町を出る。
夜の荒野で出ると、頬を涙が伝った。
「う、ううううう……うわぁぁああああああ!!」
思考と感情の歯車がかみ合いどっと悲しみが押し寄せた。
次から次へあふれ出る涙を僕は何度も何度も腕で拭いながら、ひたすらに前へ前へと歩き続ける。
僕の永い旅はまだ始まったばかりだ。




