七十一話 中心都市キーマ
興奮した状態でピスターチの肉を喰らった後、僕は自分のやったことに後悔した。
他の三人はともかくピスターチに関しては戦う必要はなかった。僕は己の欲に負けて無駄な争いを行ってしまったのだ。勝てたから良かったが、もし負けていたら今頃命はなかっただろう。
それにどうして僕はまた悪魔を食べてしまったのだろうか。魂を吸うだけで事は済んだはずなのに、その肉まで貪欲にむさぼったのはあまりにも野蛮で倫理に欠けている。僕はこんな人間じゃなかったはずなのに。
ただ、今回の戦いで大きな力を得られたのも事実だ。
ピスターチに勝利したことは僕の魔界を生き抜く可能性を格段に高めた。結果的に今回の戦いは欲望に突っ走った僕が正解だったと言えなくもない。認めたくはないが。
そうそう、ピスターチや他の三人の所持品を漁ったことで、僕はいくらかのお金を手に入れることができた。
詳しい額面は不明ではあるがある程度まとまったお金なのは確かだろう。
金貨や銀貨に価値があるのは人間界も魔界も同じだろうから。
窃盗行為はとてもではないが喜ばれることではない、しかしながらこの状況下で聖人君子のようなことをするつもりもない。僕の目的は人間界に無事に帰還することであり、そのためならどんな汚いことだってやるつもりだ。
僕はこの町でひとまず仕事を見つけようと思う。資金面もそうだが僕には情報があまりにも不足している。この二つ問題を同時に解決するには仕事に就くのが一番だと判断したのだ。
「ん~、じゃあさっそく仕事を探そうか」
太陽がしっかり昇ったところで僕は湖の畔で背伸びした。
リュックに荷物をまとめ移動を開始する。
僕が町に入ると住人は一斉に視線を向けた。
「あいつがピスターチを倒したガキだろ。まだ信じられねぇぜ」
「直属の三人衆も倒したって言うじゃないか」
「下手に触らない方がいいぞ。食い殺されるかもしれない」
「なぁウチの肥え壺がぶちまけられてたんだが誰か事情を知らないか?」
ざわざわとどこからともなくささやき声が聞こえる。
突き刺さるような視線が向けられ居心地が悪い。
僕は目に付いた適当な店に入って仕事はないか聞いて回ることにした。
「いらっしゃ――ひぃっ!」
店主は僕を見るなり笑顔から一変して恐怖に染まった表情を浮かべる。
それだけピスターチが恐れられていたと言う事だろう。そんな相手を食い殺した僕は同等またはそれ以上に凶暴なのだと思われているらしい。
心外だ、と言いたいところだが昨日の戦いを客観的に見れば否定しきれない。
「仕事を探しているのですが……どんなことでもしますので雇っていただけませんか?」
「わ、悪いな、ウチにはアンタのような上等な悪魔にさせる仕事はないよ」
「そうですか。ところでこれは別の相談なんですが、お金について聞いても良いですか。できれば人間界の貨幣と比較できたらありがたいです」
店主は恐る恐るだが僕に魔界のお金についての知識を教えてくれた。
どうやら人間界と魔界とでの貨幣価値はほぼ同程度らしい。つまり金貨はこっちでも金貨なのだ。
僕は情報提供のお礼に店にあったテントを購入した。
店を出て次の店へと足を運ぶ。
「ないない、いくら力が強かろうがガキに任せる仕事はねぇよ」
「……分かりました」
二つ目の店もすげなく断られる。
彼らが僕を断る本当の理由は子供だからとかそんなことではない。信用ができないから分かりやすい理由を付けて断っているだけなのだ。もしこれが知り合いの子供だったらきっと快く雇っていたことだろう。世の中とはそう言うものだ。
その後も僕は何件かの店を回ってみたものの仕事にありつけることはなかった。
とは言え全く収穫がなかったわけでもない。店主達は僕の希望を断る代わりにいくつかの質問に快く答えてくれていた。
この辺りの詳しい地理、他の遺跡について、向かうにあたり必要な物資と技能などなど。だいたい欲しい情報は得られた感じだった。
入手した情報の中で最も貴重だったのはやはり遺跡のこと。
どうやら近くの国に一つ遺跡があるらしいのだ。
ただ、遺跡の詳細については店主達も知らなかったようで、誰がいつ頃にどうやって作った物なのか全くの不明だった。つまり僕は悪魔すらも把握していない古代の遺物で魔界に転がり落ちてきたのだ。
なんとなく分かってはいたことだが、やはりはっきり聞かされると落胆してしまう。
一応魔界から人間界へ行く方法も聞いてみたが、召喚される以外に聞いたことがないと返答を貰った。
僕は夕方になる頃に町を出た。
向かうのは隣町キーマ。そこはこの辺りで最も栄えていて人口も今までの町の比ではないそうだ。流入する品も潤沢で豊富な情報も各地から集まる。そこなら僕にでもできる仕事も見つかる可能性が高いとか。
「今夜はここら辺でいいかな」
岩が転がるだけの荒野。大きめの岩の陰にテントを張り、適当な枯れ草を集めて種火にする。焚き火が煌々と照らし始めれば辺りには夜のとばりが降りてきていた。今夜は三日月らしく空にくっきりと綺麗に浮かんでいる。
店で購入した野菜を鍋に入れて軽く油で炒めてから、水を投入して昼間に食べた魚の残り身を入れる。塩で味付けしてから興味本位で購入した香草を刻んで入れてみる。
これで魚の臭みが消えればいいけど。まぁ失敗したらその時だ。
どうせ食べるのは僕だけなのだから。
切ったパンにベーコンとチーズを載せて軽く炙る。
とろりと溶けたところで口に入れた。
「……美味しいはずなんだけどな」
決して味覚が鈍くなった訳ではない。想像したとおりの美味しさだ。
だがしかし、今の僕は比較にならないくらいの上等な味を知っていた。それは甘美で脳みそを蕩けさせるような魂の味わい。それと比べたらこれは中の中、最高とは天と地ほどの差があった。
だからこそ憂鬱になる。この先もずっと食事に満足できないのだろうか。魂を啜らないといけない身体になったりしないだろうか。不安だ。
スープも飲んでみるがやはり味気ない気がした。
それでも胃袋に何か入れる感覚はあってほんの少しあった空腹感は紛れる。
聞いた話によれば悪魔というのは、定期的に魂を摂取しなければいけない種族らしい。
普通の食事はあくまでもその期間を延ばす為の行為、してもしなくてもいいものなのである。
もちろん味を楽しむと言う点ではやる意義もある。悪魔には美食家もいるらしく料理に情熱を注ぐ者も少なくないとか。この世界では料理は魂を摂取するまでの間を埋める娯楽の一種と捉えていい。
で、悪魔達は肝心の魂をどこから摂取しているのかと言えば、専門の業者から魂を直接購入しているらしい。悪魔は人間界へ召喚されると人間の魂を交渉材料として力を貸すかどうかの契約を結ぶそうだ。
その際得られた魂は魔界に持ち込まれ業者を相手に金銭と交換して貰う。悪魔によっては交換など行わず摂取することもあるそうだが、大体の悪魔は交換してしまうそうだ。魂はいいお金になるとかなんとか。
「魂を買う、か……」
僕にはできないかもしれない。
身体は悪魔になったがまだ心は人だ。魂を啜る対象が悪魔だから今はなんとか言い訳をすることができている。だがしかし、それが人の魂となれば僕はきっと拒絶するだろう。
ますます憂鬱になったので僕はさっさと寝ることにした。
◇
荒野を歩き続けて三日。
地平線に建造物群が見えてくる。
あそこが不夜城と呼ばれる町キーマだ。
キーマは歓楽街として有名らしくこのトイオックスで最も栄えている中心地だ。
このトイオックスとは国の名前ではない。いや、これは正しくはないか。確かに国の名前ではあるのだが現在は存在しない国の名だ。かつてこの地には国があったそうだが、しかしその国は滅んでしまいその名称だけが現在も残っているそうだ。
そして、今ではトイオックスは無法地帯として名が知られるようになった。
キーマはその亡き国家の首都があった場所だそうだ。
ここからでもキーマの中央にそびえ立つお城が見える。
だが金属板が幾重も貼り付けられ異彩を放っていた。まるでつぎはぎのお城、醸し出す歪さが禍々しさを感じさせる。
それでも僕にとってはオアシスのように見えた。
仕事や新たな情報を得るために町へと足を速めた。
キーマは数万の人口を抱える町のようだ。
規模は大きく今までとは使われている技術も違うように見える。
そう思うのは町が金属板に覆われているからだろう。石造りの建物に金属板が貼り付けられ町全体が鉄色に染まっている。
至る所で煙や蒸気が立ち昇り作業服を着た男達がウロウロしていた。
歓楽街と聞いたけど様相はまるで鉱山だ。
とはいえやはり娼婦らしき女性も見かけるので、教えられたことは間違ってはいないのだろう。
僕は適当な宿に入る。
さすがにそろそろ野宿を続けるのには疲れを感じていた。
仕事を探すためにも身だしなみを整えて、今夜はぐっすりベッドで休んでおくべきかもしれない。
カラン。ドアを開けるとベルが鳴る。
簡素な宿。第一印象はそんな感じだった。
カウンターには老人が一人座っていて、鋭い目でじろりとこっちを見る。
「一泊いくらですか」
「五千ベルト」
銅貨五枚を払う。
老人はお金を見てから僕を頭から足先まで確認する。
「汚ぇなりだな。ウチに洗濯機があるからそれで洗って、身体は風呂にでも入って綺麗にしろ。絶対にそのままでベッドには入るなよ」
「あの、洗濯機って何ですか?」
「なんだって??」
老人は僕の質問が理解できず大きく目を見開いた。
不味かっただろうか。しかし僕はその洗濯機とやらを知らないのだから、やはりここは聞いておくべきだろう。
「今時洗濯機も知らねぇなんてお前どこから来たんだ」
「ブロウの辺りから……」
「おかしいな。あの辺りにも洗濯機はあると思うんだが。まぁいい使い方を教えてやるから付いてこい」
「はい」
宿の奥の小部屋に入る。
そこには二つの大きな箱が置かれていて箱の上部は開かれていた。
「この中に汚れた服を入れる。で、この洗剤をいれてスイッチを押すだけでいい。後は勝手に水を引き込んで洗ってくれる」
「すごい! 洗濯がひとりでに終わるなんて!」
「ひとりでじゃねぇよ。スイッチを押さねぇといけねぇからな。洗い終わったら裏庭で干してくれ。出し忘れてどっか行くんじゃないぞ、もしそんなことをしたら捨てておくからな」
「ところでこの服以外に持ち合わせがないんですが」
「そん時はこれでも代わりに着て寝ろ」
戸棚からシャツとズボンを出した。
人相は悪いけど結構優しい。冷たくされてばかりだったから特にそう感じてしまうのだろう。
「その調子じゃぁ風呂もわかんねぇんじゃねぇのか」
「……はい」
洗濯機の置いてある部屋にはもう一つ扉があった。
ドアを開けて入れば綺麗なタオルが置かれ、いくつもの籠が置いてある。
そこにはもう一つ扉があり、開くと石で作られたそこそこ大きな長方形の器が置かれている。器の中はお湯らしき液体で満たされふわふわと湯気を漂わせていた。
「これが風呂ですか?」
「お前、本当にどこから来たんだ」
「すいません」
「謝るんじゃねぇよ。別に責めてるわけじゃねぇ」
お風呂とはお湯に身体をつけるなんとも贅沢な行為だった。
僕も世の中にはそう言うものがあるとは知っていたが、辺境の村人には縁がなかったことだし言葉自体もそれが理由で覚える必要性がなかった。まさか魔界に来て体験することになるとは予想もしていなかった。
説明してくれた老人に感謝を述べ、僕はさっそく洗濯機に服を入れて洗剤を投入、服を全て入れてからスイッチを押した。洗濯機は自動で水を引き込み一定の位置に達すると勝手にごうんごうんと音を立てて動き始める。
なんとも不思議な道具だ。恐らく魔道具だろうけど、その仕組みがとても気になる。悪魔は人よりも何倍も進んだ知識を有しているのだろう。
それから僕は脱衣場に入り、籠に着替えを置いて浴室へと足を踏み入れる。
湯船――器の名称だそうだ――は湯に満たされ入ると思わず至福の吐息が漏れる。なんて贅沢、癖になりそうな気持ちよさだ。身体の芯まで温められる感覚は筆舌に尽くしがたい経験だった。
「おい、言い忘れていたが身体を洗わずに湯に入るなよ」
扉を開けて老人が注意する。
が、彼は手遅れだったことを察して眉間に皺を寄せた。
「す、すいません」
「まぁいい。今日はどうせ他の客も来ないだろうしな。お前一人で汚れても問題ないだろう。最悪湯をつぎ足して誤魔化せばいい」
老人は扉を閉めて去った。
そうか……お風呂は身体を洗ってから入るものだったのか。
一つ賢くなった気がした。




