六十五話 試験1
メリークリスマス!
王都から少し離れた草原地帯。
そこには無数のテント群があった。
アモンとして立つ僕の前には三百人を越す魔術師が整列する。
これより行うは『銀魔会』のアモン部隊の選抜試験である。
僕の部隊に参加できるのは最大で六人まで。
条件としては十五歳以上の魔術師であること。
種族や性別は問わない。
開催期間は三日間。
厳しい条件をクリアした者だけが所属を許される。
「君達はこれから僕の試験を受ける。恐らく大部分は脱落するだろう。だが悲観する必要はない。普通の魔術師ならば落ちて当たり前の内容だからだ。だから安心してどこにでもいる魔術師の日常に戻るといい」
僕の言葉に全員が緊張感を漂わせた。
煽るのはこれくらいでいいかな。
こっちとしても気が抜けた状態で試験を受けられると困るしさ。
ちょっと火を付けるくらいがちょうど良いと思うんだ。
第一、僕の試験は命を落とす可能性もあるからね。
ふと、参加者の中に見知った顔があるのに気が付く。
フォリオとベネだ。
元賢者のくせに試験に出てくるなんてちょっとズルイ気がする。
でも制限には引っかかってないし今さら追い返すわけにもいかないよね。
ちなみに僕以外の賢者も王国内の各所で試験を開始している。
選考の全ては各賢者に任されているので、ただスカウトするだけでもいいのだが、やっぱりこの目で実力を見ておきたい気持ちの方が強かったようだ。
加えて同じ開催日にしたのは、どれだけの魔術師が自分に信を捧げようと考えているのかを測る為でもある。
こっちに参加した後で別の試験に参加されたら気分は良くない。
一方でレイモンドだけは試験を行わずスカウトに終始するようだ。
彼の場合国内の人気が良くない為、試験を開催してもあまり人が集まらないだろうと予想されていたのだ。
もし本当に少なかった場合、さらなる不人気を呼ぶことは想像に難くない。
「ご主人様、そろそろお時間です」
「分かった」
僕が下がり代わりにイリスが進行役を務める。
スタッフが参加者に腕輪を配布し、左腕にはめるように指示を出す。
「腕輪をはめましたね。それでは皆様にはこれからとあるダンジョンに潜っていただきます」
彼女の発言に全員がざわつく。
ダンジョンとは古代遺跡のことだ。
その多くは地下に作られ未だ全容が解明されていない未知の構造物。
ダンジョンではタリスマンや未解明の物体が数多く発見されているそうだ。冒険者などではこの謎の古代遺物を見つけることで生計を立てている者もいるほどだとか。一方で魔物の住処になっていることが多く、毎年数え切れない者達が命を落としている。
一人の青年が発言する。
「こんな場所にダンジョンがあるなんて聞いたことがない! なにかの間違いでは!?」
「事実です。ごく最近発見された、ほとんど手つかずの遺跡です。ただ、内部でどこかの遺跡と繋がっているのか、魔物が大量に繁殖されていることが確認されています」
「そこで一体何をしろって言うんだ!?」
「貴方方には三日以内にタリスマンを持って帰ってきて貰います。すでに調査員によって確認済みなのであるのは間違いありません」
さらにざわつきが大きくなる。
イリスは微笑んで離れたテントに手を向けた。
「辞退される方はあちらに。どうぞ遠慮なく」
二十人ほどの参加者がテントへと走った。
ここにきて命が惜しくなったのだろう。
でもそれを責めるつもりはない。
誰だって無謀なことはしたくないし、命を無駄に散らせる必要はないのだ。
所詮はただの試験、部隊に入れなかったからといって、賢者への道が断たれたわけじゃない。
「残った皆様は参加の意思があるということですね。ではスタッフより一日分の食料と水を受け取ってください。それと持ち込める道具は杖のみに限らせていただきます」
そこで一人の女の子が挙手をした。
あの子は見覚えがある。確か名前はニア・ロックウッド。
後進育成会にて泥で球体を作った子だ。まさかこっちに参加してたとは。
「し、質問してもいいでしょうか?」
「構いません」
「魔力切れを起こした場合どうすればいいのですか」
「ダンジョン内で魔物に攻撃を受けた際、貴方方にお配りした腕輪が即座に検知します。割り振られるポイントは十。攻撃を受けた箇所によってマイナスされるポイント数は違います。ゼロになれば失格と認識しておいてください」
「つまり……魔力の配分も自己管理しろということですね」
「率直に言えばそうです。この程度で死んでしまうような輩は我が主には不要、あらゆる環境で生き残れるだけの力を見せなさい」
参加者は列を作って水と食料をテントで受け取る。
それから地面にぽっかりと空いた下へ向かう階段を降りていった。
さて、どれだけの人間が生き残るかなぁ。
◆
薄暗い石造りの通路、悲鳴と獣のうなり声が響いてくる。
「怖くない。怖くない。ニアはやれる」
そう言いつつも杖を持つ手は震えていた。
まだ腕輪に表示されているポイントは十、どういった仕組みで腕輪ができているのかは分からないけど、私がするべきことははっきりしていた。
このポイントを死守する。
タリスマンを見つけることが目的だが、その為には生き残らなければならない。
これは勘だがアモン様はこのダンジョンに、なんらかの保護魔術を付与していると思う。
いくら賢者様でも参加者がバタバタ死ぬような試験は許可されないと思うのだ。だから命の危険はそこまでないと踏んでいる。
だから私が警戒すべきはポイント数なのだ。
魔術で気配を薄める術を行使、できるだけ足音を殺して先を進む。
夜目の術も平行して使用したいが、魔力量を考えると今のうちに節約しておかなければならない。それに目をこらせばぼんやりとだが見えなくもない。
「ぐるるるっ」
荒々しい息づかいに身体がこわばった。
近くにいる。
恐らく大きな獣が。
じっと息を殺して目をこらすと、前方に牛頭人身の魔物が、のそりのそりと歩いてきていた。
すぐにミノタウロスだと分かった。
オーガすらも簡単に殺す怪物。
私は口元を手で押さえて壁際に身を寄せる。
「ぐる? ぐるる?」
ミノタウロスが立ち止まってキョロキョロする。
気取られたのだろうか。でもまだ見つかってはいないようだ。
だとすれば今なら逃げられる。
私は静かに壁際を歩く。
「うわぁぁ!? ミノタウロスだ!」
「ぐがぁ!」
別の誰かが叫んだおかげで、ミノタウロスはそっちに気を取られ走って行った。
「ふぅう、助かった……」
びっしょりと冷や汗が身体を濡らしている。
すぐにでも水浴びしたいけど、ここではそうもいかない。
それにしてもここはどれだけの階層があるのだろう。
すでに三階層まで潜ってきているが、未だに最下層にたどり着ける感じがしない。
おまけにタリスマンらしき物も見当たらないし、本当にここにアモン様達の言うような物があるのだろうか。
もしあったとしてそれはいくつなのか。
すでに失格しているのではと思いが頭をよぎる。
「とりあえず安全な場所を探さないと」
地面に手を当てて魔術を使う。
私の得意な術は『振動系』と呼ばれる術だ。
言葉通り振動を主に使う魔術。
微細な振動の波を感知する。
それにより頭の中に立体的な構造物が創り出される。
私の実力ではまだ一階層まるまるに力を伸ばすことはできない。
それでも百メートル四方ならなんとか把握することができた。
というかそもそもこの構造物自体が大きすぎる。二、三キロはありそうな広大さだ。
『まったく師匠はとんでもないものを造ったのですぞ』
『いかにモ。だが、それこそが我らの師匠の実力ダ』
『ところで本当にタリスマンはあるので?』
『正確に言えば本物ではないそうダ。師匠が自作した魔道具と聞いていル』
『誰から聞いたのだ』
『それとなくイリス様からダ』
『ズルイですぞ! さては隠してある場所まで聞いているのでは!?』
『くくく、猫かぶりという奥義を体得したワタシに隙はナイ』
どこからか聞こえてくる会話に集中する。
何者かは分からないけど、今回の試験の裏側を把握している者達のようだ。
この人達に付いて行けばタリスマンも手に入るかも。
そう判断した私は声の主の位置を特定し、足早にその場所へと向かう。
「このっ! ぶっとばしてやるですぞ!」
「上等だクソジジイ! 前々から気にくわないと思っていタ」
二人は杖でたたき合いをしていた。
仲が悪いのになんで一緒にいるのだろうと思ってしまう。
大きい少女の杖が小さい少女の頭を叩くと、今度は小さい少女が大きな少女のお尻を思いっきり叩いた。
「ひぐっ!? よくも!」
「くははははっ! ざまぁみろダ! 師匠からの寵愛はワタシが受けるノダ!」
「ふざけるなですぞ! 犯罪者のくせに!」
「だからこそ罪滅ぼしの為にも師匠にこの身を捧げなけれバ!」
「調子のいいことを! この眼帯ロリ!」
「眼帯を馬鹿にするナ! カッコイイのだゾ!」
喧嘩はヒートアップする。
そこで私はあるものが目に入って悲鳴をあげた。
「ぐるるる」
ミノタウロスが近づいていた。
二人は喧嘩を止めて私に視線を向ける、それから後方に顔を向けて魔物がいることに気が付いた。
「「邪魔だ」」
ほんの数秒の間を経てから、石と光の剣が無数に射出、ミノタウロスはあっさり倒れてしまった。
私は二人にゾッとした。
恐ろしいまでの術発動の速さ。
しかも詠唱すらしなかった辺り実力は賢者クラス。
こんな人達が参加しているなんて知らなかった。
「お前が騒ぐから見つかってしまったのですぞ」
「ワタシのせいにするナ。声のデカいジジイが原因ダ」
にらみ合う二人に私はつい笑ってしまった。
こんな場所でマイペースを保っている人達がおかしかったのだ。
「「なにがおかしい!」」
「ご、ごめんなさい」
ひとまず私は自己紹介をする。
「ニアは……ニア・ロックウッドといいます」
「儂はフォリオ」
「ワタシはベネ」
「フォリオさんとベネさんですか、お二人とも参加者なんですよね?」
二人は腕輪を見せてそうだと教えた。
「あの、もしよろしければ一緒に行動させてもらえませんか」
「断るですぞ。我らはこの試験を絶対に落とすことはできない事情がある、故に足手まといを連れて行くつもりはないですぞ」
「その通りダ。役に立てる力でもない限りはナ」
フォリオさんもベネさんも私が同行するメリットを示せと要求した。
やっぱりお二人ともこの試験の意味を理解しているようだ。
私は覚悟を決めてリュックを差し出す。
「なんのつもりですぞ?」
「ニアの水と食料をお二人にお譲りします。その代わり同行させてください」
「…………」
二人は顔を見合わせて笑みを浮かべた。
だが、すぐに無表情に戻って述べる。
「もう一つメリットが欲しいですぞ。我々にだけ戦わせるのはこれだけでは不公平ではないか」
「ニアは振動系が得意でして……ある程度の範囲なら索敵可能です」
「ほうほう、振動系とは珍しい。ロックウッドと名乗っていたが、もしやブロウズ・ロックウッドの血筋の者か?」
「祖父を知っているのですか?」
「なんせ儂は彼とよく寝て――じゃなく彼の書いた書籍をよく読んでいた」
ブロウズ・ロックウッド――私の亡き祖父だ。
非魔術師家系であるロックウッド家に現われた天才魔術師。彼は振動系の魔術を得意とし、その術はいかなる敵が隠れていようと見つけ出してしまうと言われていた。
ただ、あまりにも振動系に特化過ぎていた為に、賢者にするには不適当と評され晩年は田舎に籠もって振動系魔術の有能さをひたすらに書き綴っていた。
私はそんなおじいちゃんの教えを受けて魔術師となったのだ。
「ブロウズは振動系魔術の第一人者だったですぞ。もう少し他系統の術が使えていれば、間違いなく賢者になれた傑物。ではお主は祖父の術を?」
「受け継いでいます」
二人はこそこそ話を始め、気味の悪い笑みを浮かべてこちらを向いた。
「同行させるですぞ」
「索敵は重要ダ」
「ありがとうございますっ!」
やった、このお二人に同行できればほぼ安全だ。
あとは私が上手く魔術でタリスマンを探し出せば合格できる。
苦しい家計からお金を捻出してなんとか宮廷魔術師養成所に入学したのだ、どうにかここで賢者様にお顔を覚えていただき確実に宮廷魔術師にならなければ。頑張るからねパパ、ママ、犬のポチ。
「しかし、これがチーム戦だとよく気が付いたナ」
「冷静に考えればおかしいですよ」
だって遠距離専門の魔術師を、たった一人でダンジョンに潜らせるなんてあまりにも不自然だ。
ダンジョンを得意とする冒険者だって数人でパーティーを組んでいるのだ、そう考えれば自ずとこの試験が、何のために行われるのか察することができる。
これは目的を達成する為に他者と協力できるかを試す試験なのだ。
だが同時に敵か味方かを見極める目も必要だ。
水と食料は最低限しか配られていない。
こんな状況では裏切りや仲違いは高確率で起きるだろう。
「よく我々を仲間にしようと考えたですぞ。裏切られるかもしれないというのに」
「そこが引っかかるノダ。水と食料まで差し出すのは自殺行為ダ」
「同行することにそれだけの価値があると思ったからです。それにお二人が誰かを騙して逃げるなんてそうそうないと感じました。だって欲しければ他の参加者から無理矢理奪えばいいだけですからね」
実力を知って確信した。この人達は騙す必要などない。
力尽くでどうにでもできるレベルの方達なのだ。
だからあえて私は低姿勢で全てを差し出した。
信じて貰うにはこれが一番早いと考えたからだ。
「気に入ったですぞ」
「同意ダ。しっかり働ケ」
「はいっ!」
こうして私はフォリオさんとベネさんに同行することとなった。




