四十二話 合流
僕らは王国軍の陣地から北西に進んだ場所にあるゴラウド谷へと向かう。
この谷は複雑に枝分かれしており、迷路のように入り組んでいる。土地勘のない者が足を踏み入れればまず迷う難所だ。
一方で岩場が多くある為に隠れる場所も多いのがここの特色だ。
奇襲をするにはもってこいのポイントとも言える。
谷の入り口に到着した僕らは一度足を止めた。
「ここに潜んでいることは分かっているんだ。問題はそれがどこかってこと」
「ではリルルの鼻を使いましょう。何か匂いがついているものはありませんか?」
「えっと……」
僕は小太郎から飛び降りてポケットから小さな布を取り出す。
それは縞々のパンツだった。
「ご主人様?」
「違うんだ! プリシアが旅立つ直前に僕のポケットにねじ込んで行ってさ! あとから気が付いたんだよ!」
「……まぁいいでしょ。あの女ならやりそうですし」
くんかくんかとリルルがパンツの匂いを嗅ぐ。
それから地面を嗅いで「がうっ」と力強く鳴いた。
どうやら妹の臭いを見つけたらしい。
「ここからは最大限注意をして進むよ」
「了解です」
「分かりましたぞ」
走り出したリルルを僕らは追いかけた。
捜索が始まって一時間ほど経過。
その間、何度も魔族の兵士を見かけた。
彼らは五人一組のチームで動いており、三人が兵士、一人が魔術師、もう一人が使役悪魔というなかなかバランスのとれた振り分けを行っているようだった。
しかも中には中位の悪魔もいて、敵の防衛力の高さが窺える。
岩陰に潜む僕らはうろうろする敵の動向を観察する。
「何かを探しているようですね」
「プリシアだと思う。リルル、居場所はあの向こうなのかい?」
「がうっ」
十字路の先の岩陰に穴のようなものが見える。
あそこに妹達はいるらしいのだが、一向に敵の一グループがここから離れようとしない。
向こうもこの辺りに潜伏していると踏んでいるようだ。
「師匠、ここは儂にお任せを」
「追い払えるの?」
「これでもかつては賢者だった者ですぞ。このようなこと朝飯前。おっと、もうすでに昼は過ぎておりましたな。では夕食前で」
「うん、分かったから早く」
フォリオは腰に備えていた杖を抜き、短縮詠唱で術を行使する。
すると敵兵の一人が興奮した様子で突然鎧を脱ぎ始めた。
「やらないか?」
他の三人も同意して四人でどこかへと消える。
残された使役悪魔は状況が受け入れられず動揺していた。
「魔力抵抗が高いので悪魔までは巻き込むことができなかったようですな」
「ちょっと待って。あの術はなんなの?」
「ルモホの術ですぞ。儂が3Pしたい時によく使っ――」
「もういい」
弟子の術が碌でもない件はこの際置いておこう。
あとはあの悪魔を始末すればいいだけなんだ。
イリスがリルルに命令すると、白銀の狼は一瞬にして姿を消した。
そして、道の先で敵の首をかみ砕いていた。
相変わらず恐ろしいまでの強さだ。
中位悪魔でもそれなりに強いんだけどね。
さすがは魔界の怪物フェンリルだ。
僕らは息を殺して十字路を進む。
「おほっ、良い光景ですな」
「見ちゃダメだ。見ちゃダメだ。見ちゃダメだ」
「なんと破廉恥な……でもああいう世界もあるのですね」
十字路を左折した先では四人の男が絡み合っていた。
僕はできるだけ見ないようにして先へと進む。
「小太郎とリルルは表の見張りをしていてくれるかい?」
「ぶるる」
二頭にここで待つように命令し、僕らは例の岩陰の洞窟へと踏み入れた。
洞窟の中は十メートルほどで行き止まりだった。
だが僕の目には魔力の不自然な流れが捉えられている。
魔術で偽装工作が施されているんだ。
壁に触れると指が素通りした。
そのまま幻の壁を抜ければさらに奥に続く道が視界に入る。
僕は二人に目配せしてから奥へと進み始めた。
「心配するな。必ずここを脱して軍に戻るのじゃ。諦めてはならんぞ」
「ですが敵に囲まれたこの状況でどうすれば……」
「それを必死に考えておる。状況は厳しいが必ず手はあるはずじゃ」
洞窟の最奥では開けた空間があった。
そこでは十人ほどの兵士が身を寄せあい、プリシアがしきりに励ましていた。
その近くでは楓の姿もあり、彼女はこちらに気が付くとプリシアの肩を叩いた。
「なんじゃ話をしている最中なの――お兄ちゃん!?」
「助けに来たよ、プリシア」
妹は僕の胸に飛び込んでぎゅぅと抱きしめる。
それから顔を擦り付けてクンカクンカ匂いを嗅いでいた。
「ご主人様から離れなさい!」
「いやじゃ。まだ完全にお兄ちゃん成分を補給しておらぬのじゃ」
「ぐぬぬ、儂もその成分を補給したいですぞ」
あー、割とまだ余裕があったみたいだね。
でもまぁとにかく無事で良かった。
「君達、お腹が空いてるだろ? イリス何か出してあげて」
「承知しました」
イリスは専用空間からパンや水に干し肉に果実などを出した。
さすがにここでは煙が出るので調理はできない。質素な食料で申し訳ないが、拠点に戻るまではこれで我慢してもらうしかないだろう。
「うめぇ! 一日以上何も食ってなかったから助かった!」
「下手をすると軍で出されるものよりも豪華だぞ!」
「マジで生き返る。空腹にパンは最高のご馳走だ」
兵士達は我先にとむさぼっていた。
しかし、プリシアは一切手を付けようとしない。
「食べないの?」
「先に兵士達に食べさせるのが先決じゃ。ここから逃げる為の体力を取り戻してもらわねばな。なぁに、アタシは普段から良い物を食しておるので、一日や二日抜いたところで問題ではない」
そう言ってプリシアは地面に腰を下ろす。
僕もその横に腰を下ろした。
「将軍に会ったよ」
「そうか。頭の悪い指揮官にさぞ呆れたじゃろ」
「まぁね。参謀の価値をよく理解していない印象だったよ」
「あれは自分の戦術に理由なき自信を持っておる阿呆じゃ。攻め続ければいつか倒せるなどと妄言を吐いておってな。戦の機微がまったく分かっておらん」
プリシアによると参謀着任後、彼女は軍の立て直しを図る為にあらゆる点にメスを入れた。
兵士の指導、兵糧の節約、武器の管理、指揮者クラスの意識改革、新兵器の導入、新しい戦術の提案などなど。
しかし、逆にそれが将軍からの反感を買ってしまった。
そしてある日、彼女は将軍に敵地への夜襲作戦を命じられる。
目的は補給路の分断。付けられた兵数は二十。
明らかに無謀な作戦だった。
でも彼女はあくまでも参謀であり将軍の指揮下に入っている。
作戦への拒否権はなかったそうだ。
「それで確信した。あやつはアタシを殺そうとしたのじゃ。どうせ理由はくだらないことじゃろう。テリトリーをいいように改変するアタシが目障りになったとかその辺りじゃ」
「賢者を殺すなんて信じられない!」
「お兄ちゃんからすればそう思うじゃろうな。じゃが、実際は賢者を疎んでおる者も数多くいる」
つまり賢者は国内にも敵が山のようにいるのか。
僕は王国民なら誰もが無条件で崇拝しているものだと思い込んでいたみたいだ。
ふと、彼女が右肩を押さえていることに気が付いた。
半蔵からの報告では負傷しているって言ってたな。
僕は専用空間を漁ってとある小瓶を取り出した。
「これはなんじゃ?」
「治癒促進薬だよ」
「ほぉ、それにしては売られているものとは色も含まれている魔力も違うのぉ。以前にお兄ちゃんがくれた若返りの薬もまだ研究中だというのに、もう新しい研究対象を渡されてしまったか」
「ん? あれ飲んでないの?」
「その辺りはおいおい話すとする」
ぐびっと液体を飲み干した彼女は、みるみる治癒する右肩に感嘆の声を上げた。
数秒後には右肩をぐるぐる回せるほどとなった。
「やっぱりお兄ちゃんの作る薬は規格外じゃ。これを売れば億万長者じゃな」
「あはは、そんなわけないじゃないか。これはただの治癒薬だよ?」
「……常識を知らないとは恐ろしいことなのじゃな」
「??」
オホン、と彼女はわざとらしく咳をして話を変えた。
「ところでお兄ちゃん達はどうやって将軍と面会したのじゃ? あそこは無関係の人間は簡単には入れぬ場所だったと思うが……」
「えっと、そこは魔術でちょいちょいとね」
僕はフォリオをチラリと見てから視線を戻す。
彼女が元賢者であるビルフォリオだと教えるのは良くない気がする。
なんというか直感がそれだけはやめておけと囁いているのだ。
案の定、フォリオも先ほどから沈黙している。
「ところでそこにいる若い娘はなんじゃ?」
「僕の弟子だよ。どうしてもってお願いされて引き取ることにしたんだ」
「ほぉ、弟子とはなぁ。どこの馬の骨じゃろうかなぁ」
プリシアは冷たい気配を漂わせてフォリオを観察する。
じろじろ頭から胸と足にかけてじっくり見てから言葉を発した。
「不思議じゃ。見た目も性別もまったく違うと言うのに、あの変態ジジィの臭いがするのぉ。いやはやまことに不思議じゃ」
「あ、あの……儂はビルフォリオ様の遠い親戚でして……」
「なるほどな。それなら納得じゃ」
僕は安堵から大きく息を吐いた。
が、プリシアは恐ろしいことを口にする。
「その娘があの変態ジジィでなくて良かった。もしそうだったら舌を引っこ抜いてさらし首にしてやるところじゃった」
ひぇぇええっ!? なにをやらかしたのビルフォリオ!?
振り返るとフォリオは冷や汗を流してあからさまに顔を逸らしていた。
これは本格的に正体を明かせないことになったぞ……。
兵士達は食事を終えると整列して片膝を突いた。
「助けに来てくださった方々に深い感謝を。それに加え賢者様のお気遣いのおかげでなんとか気力が戻りました。どのように感謝を言って良いものやら」
「よいよい。実のところアタシはあまり食欲がなかったのじゃ。それはそうと逃げるだけの力はちゃんとあるのだろうな」
「もちろんです。ですが、いかような策でここから脱出するのでしょうか。外にはまだ例のアレがいるはずです」
例のアレ??
そういえば肝心の敵のことを聞いてなかったな。
思うにプリシアや楓を追い詰めたのは、もっと強力な戦力のはずだ。
先ほどのような少数の敵に手こずるほど僕の妹は弱くはない。
プリシアは立ち上がってお尻の土埃を払う。
「さて、お兄ちゃんが来てくれたのならアレらも敵ではないだろう。それどころか作戦の続行も可能となるはずじゃ」
「まだ続けるつもりなのかい」
「まぁの。その為にここへ来たのじゃ。逃げるのはその後」
彼女は洞窟の外へと歩いて行く。
兵士達も付いて行き、僕らも後を追った。
妹が洞窟の外へ顔を出す。
すでに外は日が暮れ薄暗くなっていた。
移動するにはうってつけの時間帯だ。
「そうそう、通信機とやらをなくしてしまってごめんなさいなのじゃ。戦闘中にうっかり落として踏みつけてしまってな。連絡手段を失ってしまったのじゃ」
「それなら仕方ないね。新しいのをあげるよ」
プリシアは顔をほころばせて新しい『通信君九号』を渡す。
以前の八号を改良し、現在地が分かるようにした新型だ。
これでいつでもどこでも妹を助けに行くことができる。
ちなみにプリシア側から僕の居場所は探せない仕組みだ。
「足音隠しの術を行使する。全員はぐれずにアタシに付いてくるのじゃ」
走り出したプリシアの後ろを兵士が一列になって追いかける。
僕らは彼女達のサポートとしてその後ろから追いかけた。
「がうっ」
「ぶるる」
並走して小太郎とリルルが指示を求める。
僕は二頭に進行方向にいる敵グループの殲滅を命じた。
一瞬にしてその場から二頭は消える。
「ぬふふ、やはり小太郎殿とリルル殿は素晴らしい獣であらせられる。羨ましいですな。儂もあのようなモフを飼いたいですぞ」
「…………」
フォリオがぶつぶつ言ってるけど無視する。
先を走っていた楓がスピードを落として僕の近くまで来た。
「改めて救援に来ていただいたこと感謝申し上げる。やはり兄上からの報告を聞いてくださったのですね」
「まぁね。でもよく半蔵がこっちに来てるって知ってたね」
「あの……兄上とは時々連絡を取りあっておりまして……」
「そっか。ああ、別にとがめるつもりはないよ。君は他国の悪魔だけど、ちゃんとわきまえてると思うし。今は仲間同士じゃないか」
楓は深く一礼してプリシアの元へと戻る。
不意に先頭のプリシアが立ち止まり全体が動きを止める。
岩陰から先を覗くと、複数の谷が交差する開けた場所で、敵の魔術師の集団が使役悪魔と共に中央で居座っていた。
悪魔の数は十。
どれも中位ほどの実力を有しているようだ。
プリシアの目が僕に向けられる。
暗に例のアレと教えていた。
中位が十体もいればさすがに楓でも苦戦するだろうね。
おまけに無詠唱ができる魔族の魔術師。
相手にするには厳しいはずだ。
けど、逆に言えばここが補給路であることは確定だろう。
しばらくすると西側のとある谷から大量の荷物を積んだ荷車がやってくる。
魔術師達はそれらを止めて自軍の人間であるか確認をする。
「ご主人様、あの物資もいただいてしまってはどうでしょうか?」
「それはいいね。将軍を驚かせる手土産にはちょうど良さそうだ」
プリシアに『僕達が行く』とハンドサインをする。
彼女は小さく頷いた。
さて、可愛い妹を痛めつけた相手に仕返しをしないとね。




