三十八話 十二魔将第九位
戦場の上空で爆音が鳴り響き、シルフィナが炎を切り裂いて現れる。
僕は後方に高速飛翔しながら再び術を放った。
「”十雷剣”」
「アタイにそんなのは効かないよ!」
黄色い軌跡を描きながら十本の剣が音の速度でシルフィナへと向かう。
だが、彼女は飛行速度を落とすことなく全ての剣を槍で弾いた。
「さすがだね。だったらこれならどうかな」
術を行使すると、地上から膨大な砂鉄が蛇のごとく身体を伸ばす。
それらはシルフィナを飲み込み彼女の身体の表面へ張り付く。
”砂鉄鎧”
基本的には防御力を高める目的で使用されるものだが、思うよりも防御力が上がらないことと無駄に重くなることから、敵に使う術として最近は認知されている。しかも鎧として形成する部分を術式から除外しているので、実際は鎧とも呼べない不格好な状態となる。
「なんじゃこりゃぁあああっ!?」
もこもこと身体に付着する砂鉄に彼女は混乱しているようだ。
最終的にできあがったのは、サイズの違う黒い球がいくつも寄せ集まったようなものだった。もっと分かりやすく言うならわがままボディになったシルフィナかな。
元が細いだけにずいぶんな変わり様だ。
「僕はこっちだよ。ほら、早く追いかけてきてよ」
「こいつっ! ぐぬぬぬ!」
「早く早く。逃げちゃうよ」
飛行速度が格段に落ちた彼女は、ふわふわとした移動で僕を追いかける。
このまま追いかけっこを楽しんでもいいんだけど、イリスの方が少し心配だからできるだけ手早く終わらせたいところ。
”磁気誘導”
強力な磁気の引き寄せに彼女は地上へと落下する。
クレーターの中から這い出たシルフィナは僕を見上げて怒っていた。
「てめぇ、卑怯だぞ! 正々堂々と戦え!」
「そう言われても魔術師だし……」
「アタイを本気で怒らせたらどうなるか教えて――やびゅ!?」
彼女は天高く引っ張られると、今度は斜め下方に移動、お次は斜め上方に引き寄せられ、さらに一気に真下に引っ張って地面すれすれで急上昇。
最後に地面に落として大きいのを一発放つ。
”爆炎球改”
これは僕が実戦用に改造したアンリの術だ。
低コストでありながら大威力を実現した戦術レベルの魔術。
掲げた右手から真っ赤な火球が出現。
その直径はおよそ十メートル。そこから圧縮を行い十センチほどの大きさにすると、球は光に照らされたルビーのように輝いた。
僕はそれをシルフィナの落ちた場所へ軽く投げる。
次の瞬間、爆炎が立ち昇り衝撃波が環状に地上を舐めた。
「てめぇ……このアタイに、いい度胸じゃねぇか……」
揺らめく炎の中で立ち上がる人影。
あれくらいで倒せるとは思ってなかったから驚きもなにもない。
三つの竜巻が発生して巨大な炎が霧散した。
「ここからは本気だ。さっきまでのようなお遊びになると思うなよ」
僕は杖を専用空間に仕舞う。
こっちも本気でやらないと死んじゃうからね。
さらにマントを投げ捨てると魔闘術を発動させた。
「まさか素手でアタイと戦うつもりかい? 杖もなしでさ?」
「心配無用。元々僕は格闘戦を得意としているからね」
人間界の魔術師にとって杖はなくてはならないものとされている。
理由はいくつかあって、スムーズな術の行使や術の継続時間の向上などコントロールを高めたりなどがあげられる。対して悪魔は杖などを持たずに魔術を行使する。なぜなら彼らは人間よりも魔力を操ることに長けており、杖という補助具を持たなくとも人間以上に力を発揮できるからだ。
そして、僕も杖を使わずとも悪魔並に魔術を使用することができる。
シルフィナは爆発的な加速で僕に攻撃を仕掛けた。
「おらおらおらおらっっ!」
「ふっ!」
たった一秒の間に数百という突きを繰り出す。
僕は後ろに下がりつつ全ての矛先をギリギリで躱した。
「てめぇ悪魔だろ! アタイの突きを避けられるなんて人間にはできない芸当だぜ!」
「心外だなぁ。僕はこれでも人間だよ」
「嘘つけ! てめぇから悪魔臭をびんびん感じるんだよ!」
「そうなの? どんな臭いか気になるなぁ」
矛先を蹴り上げて素早く内側へ身体を滑り込ませる。
だが、彼女は即座に空気を切り裂くような鋭い回し蹴りを放った。
ドォオオン。
轟音が響く。僕のガードした腕に蹴りが当たった音だ。
シルフィナはそのまま身体を回転させて、後ろ回し蹴りを僕の鳩尾にめり込ませる。
蹴り飛ばされた僕は数キロ先の地面に激突、土の柱を作りながらバウンドした。
「あたたた……失敗したな」
立ち上がって服に付いた土を払う。
魔闘術でダメージを抑えているとは言えさっきのはかなり痛い。
すると百近くの風の槍が僕に向かって降り注いだ。
辺りは爆炎に包まれ皮膚を焦がす。
これは多分、フォーナスが使っていた『三爆槍』の上位魔術だ。
「あははははっ、お返しだ! 卑怯だなんて言わせないよ!」
「くっ……」
腕を交差して攻撃を耐える。
熱で皮膚が焼け焦げ衝撃に骨がきしんだ。
このままだとなぶり殺しだ。
僕は風の魔術で浮き上がり、超低空飛行で地面を移動する。
こちらを捉えた風の槍は追尾機能で追跡を開始した。
「”攪乱炎”」
白い尾を引く十個の球状の炎を放つ。
風の槍は次々にそちらに引き寄せられ爆発した。
それでもほんの一割消えただけだ。
僕は森の中を蛇行しつつ槍の誤爆を誘う。
樹にぶつかった槍は爆発。
その熱に引き寄せられ他の槍も誤爆する。
「さっきまでの威勢はどうした! アタイに手も足も出ねぇじゃねぇか!」
上空でニヤニヤするシルフィナに呆れる。
きっと僕が魔界の賢者だと知ったら、あんな風に笑っていられないだろうね。
”衝撃音響”
”千爆槍”
”風晶壁”
追いかけていた槍は僕の放った破壊音波によって残らず爆破され、創り出された千の風の槍が今度はシルフィナを狙う。
「こいつ! 同じ術をアタイに向けるなんてっ――あげっ!?」
逃げようとする彼女は見えない壁に額を打ち付ける。
残念。君の周囲にはすでに風の壁ががっちりと逃げられないように覆っているんだ。
……一部分を除いてはね。
空中で連続して爆発が起きた。
だが、これで終わりじゃない。あれくらいで死ぬほど十二魔将の第九位は弱くはない。
「ざけんなぁぁああああっ! 人間ごときが!」
爆炎を突き破って矛先を僕に向ける。
その顔は悪魔らしく身の毛もよだつような憤怒の表情。
僕は流れるような動きで身体を半回転させ、彼女の攻撃の内側へと身体を滑り込ませた。
食らわせるのは渾身の力を込めた掌底だ。
「螺旋衝」
直撃を受けた彼女は、定規で引いたかのようにまっすぐに地上へ落下。
再び戦場へと戦いの場は戻る。
「シルフィナ!?」
クレーターにジュスティーヌが走る。
のそりと起き上がったシルフィナは、額から流している青い血をその手で確認して笑みを浮かべた。
「あんたは逃げた方がいい。どうもあいつからはヤベぇ臭いがする」
「貴様ほどの悪魔が負けると言うのか!?」
「その可能性は高いね。もちろん逃げられるなら逃げるが、まずは主であるあんたを先に避難させねぇとさ」
「!?」
ジュスティーヌは口を押さえて動揺を隠そうとした。
だが、見開いた目にははっきりと色が出ていた。
「もしアタイが帰ってこなかったらそう言うことさ。そん時はもっと利口で使える奴を呼び出しな。ほら、あいつがあんたに注意を向ける前に行きな」
「……っつ! 絶対に生きて戻ってこい! 命令だ!」
そう言い残してジュスティーヌは樹海へと走り去っていった。
僕は地上にゆっくりと降下してシルフィナを見据える。
「主人を逃すなんてずいぶんと忠義に溢れているね」
「んなわけないだろ。アタイは戦いの邪魔になる奴を追っ払っただけさ。それに初めから最後まで青藍の賢者のいいようにされてたまるかってんだ」
「へぇ……正体が分かったんだ」
「まぁね。アタシとここまでやりあえる奴なんてそこまで多くないからね。それに魔界ではあんたが人間界へ帰還したって噂になってんだ」
そりゃあそうだよね。
魔界でも十二魔将と対等に戦える者なんてそう多くはない。
僕に行き着くのは時間の問題だったはずだ。
「アタイの本気の本気がどこまで通用するのか試させてもらうよ」
シルフィナは真の姿を現わした。
灰色の外殻に包まれ背中には大きなコウモリ羽。
女性らしいスリムな曲線を保ちつつ、その肉体が強靱にして凶暴であることを見るだけで悟らせる。
大きな口には鋭い牙が並び、縦長の瞳孔がぎょりと僕を睨んだ。
姉弟らしくフォーナスと姿がよく似ている。
「そんじゃあやるよ。青藍の賢者」
「うん、いつでもいいよ」
彼女が槍を構えると僕も拳を構える。
数秒が引き延ばされ何時間にも思えた。
思わず顔が緩んでしまう。
ひりひりと皮膚を炙る緊張感。
自身の鼓動が感じられ生きている実感があった。
いけないと分かっているけど、どうしても戦いが楽しい。
昔の僕がぬるりと闇の中から顔を出して今の僕に重なる。
「猛牙衝!」
「剛歩拳!」
矛先と拳がぶつかった。
お互いに退かず力と力が拮抗する。
「アタイの一撃を拳で止めるなんてふざけた奴だよ!」
「くひひ、ひひひっ!」
僕の拳が僅かだが押される。
足がずりずりと地面を滑っていた。
さすがは十二魔将第九位。
魔闘術を使っている僕の力を越えるなんて。
「ジェット突き!」
腕の部分から収納されていた突起が現れる。
ボッ、突起に円錐形の炎が灯り、彼女の槍はさらに僕の拳を強く押し返す。
僕は力を抜いて素早く真上に離脱。
空中で身体を縦に回転させてかかと落としを繰り出した。
ズンッ。
槍で受け止めた彼女の両足が地面にめり込む。
そこから僕は身体をひねって後ろ回し蹴りを放つ。
身体をのけぞらせて蹴りを躱したシルフィナは、左手で至近距離から魔術を放とうとする。
”氷結旋風”
”灼熱旋風”
一瞬で相手を凍結させる風の渦。
対する僕は逆回転で炎の渦をぶつけた。
急激な温度の変化によって、僕とシルフィナの間で蒸気爆発が起きた。
「あんたいいよ! やっぱ強い奴とやるのはゾクゾクするねぇ!」
「うんうん、すごく分かるよ! 僕も楽しいんだ!」
体勢を立て直して即座にぶつかり合う。
そして、ぶつかるとどちらかが弾き飛ばされ、再び体勢を立て直してぶつかる。
戦いは五時間以上にも及んだ。
どれほどそれを繰り返していたのだろうか。
気が付けば日が沈もうとしていた。地上は紫色の光に照らされる。
「はぁ……はぁ……悪いけど、そろそろ終わりにさせてもらうよ」
「えー、もうなの? まだ始まったばかりじゃないか」
「底なしの体力……化け物だね……アタイじゃ付き合いきれないよ」
「化け物なんてひどいなぁ。くひひっ」
シルフィナは矛先を僕に向け、右腕に例の突起を出した。
シュォオオオオオッ、ボッ。
そんな音が響き突起に炎が灯る。
だが、今度は今までのような生やさしいものじゃない。
彼女の後ろに爆風が発生し、突起から激しく炎が吹き出る。
轟音が空気を振るわし黒煙が吐き出されていた。
「これがアタイの奥の手、真ジェット突きだぁぁああああっ!!」
爆音を置き去りにしてまっすぐ僕に突貫する。
切り札にするにふさわしい一撃のようだ。
だが、僕も死んであげるわけにはいかない。
「魔闘術二式」
僕の身体を覆う赤いオーラが紫に変わる。
魔闘術二式は闘気をより高濃度に凝縮したものだ。
その攻撃力は通常の魔闘術の比ではない。
爆発的加速で前に飛び出すと、僕はシルフィナの攻撃に拳をぶつける。
「羅剛拳」
拳は槍を砕きシルフィナの上半身を消し飛ばした。
そして、遙か先にある雲に穴が開く。
一息つくと地面に落ちていたマントを見つけて羽織った。
杖を握ったところでイリスから通信が入る。
(終わったようですね)
(まぁね。そっちはどうだったかな)
(…………)
(イリス?)
なんだかイリスの様子が変だ。
(そうそう、珍しく失敗してさ。うっかり指揮官を逃しちゃったんだ)
(そ、そうですか、なら仕方ありませんね! そんな時もありますよ!)
若干声が明るくなった彼女に、僕はなるほどと事情を察した。
こんな様子の彼女はだいたい失敗した時だ。
きっと彼女もうっかり相手を逃しちゃったのだろう。
(早くサーニャの紅茶で一息つきたいね)
(ええ、まったくです)
僕はイリスとのんびり会話をしつつビルフォリオの元へと向かった。




