二十話 再会
ストックがなくなってしまいましたので、書き溜めに入りたいと思います。
期間は半月から一ヶ月ほど。
アメリカンコーヒーでも飲みながらのんびり待っていただけると幸いです。
「くひ、くひひひっ! どうした、こんなものかっ!?」
「グガッ!!」
強烈な右ストレートが奴の顔を揺らし、一気に下方へ移動したところで鳩尾にえぐるようなアッパーを打ち込む。
五十メートルもの巨体が僅かに宙に浮かんだ。
「もう一発!」
さらに上方から背後に回り込むと、奴の大きな背中に向けて回し蹴りを打ち込む。太鼓を打ち鳴らしたかのような打撃音が響き、ベヒーモスは大地に叩きつけられた。
だが、相手は魔界の怪物。
無抵抗のままやられるなんてことはありえない。
振り返り様に僕に向けてブレスを放つ。
素早く回避するも、放射される熱は僕の皮膚をじりじりと焼いた。
まともに食らえば火傷では済まないだろう。
だからこそゾクゾクする。
これこそが戦いの醍醐味。
ずっと戦っていたい気分にさせてくれる。
ベヒーモスは身体を起こすと、僕に向かって高く跳躍する。
振り下ろすは巨岩とみまがうような拳だ。
対する僕も加速して拳をぶつけた。
巻き起こる爆音と突風。
そこからさらに奴はもう一つの拳を繰り出す。
僕も対抗して拳をぶつけた。
迸る赤いオーラが左腕に集中して爆発的な力を生み出す。
拳を振り抜けば、奴の身体は弾かれるように大きく押し返された。
ズゥゥン。
そんな音が響き、ベヒーモスは大地に着地する。
奴は両手を地面に突き込むと、手当たり次第に岩を投げ始めた。
僕のすぐ傍を十メートルを超える岩が猛スピードで飛んで行く。
着弾した場所は天高く土が舞い上がり、家が何軒もすっぽり入りそうな穴ができる。
やっていることは児戯のようであるが、実際はこれだけで王都を壊滅しかねない。
僕は岩を避けながら縦横無尽に飛行を続ける。
「くひひっ、楽しいなぁ! 永遠にこれが続けば良いのにさ!」
「グガァァアアアアッ!」
岩では僕を止めることは無理だと判断したのか、奴は再び両手を地面に突き込むと、大地をめくってひっくり返す。
これにはさすがの僕も驚いた。
地面からこちらに向かってくるのだ。
おまけに逃げるには距離も時間もない。
僕は咄嗟に出した打撃で大地を真っ二つにする。
「しまっ――!?」
割れた大地の向こう側で、ベヒーモスが大きく口を開いていた。
次の瞬間、真っ赤な閃光が僕を飲み込む。
腕を交差させて防御姿勢をとったが、熱線は僕の身体を焦がして行く。
これは不味い。このままだと死んでしまう。
魔闘術でハイになっているとは言えさすがに焦る。
「”熱紫光”」
右手から発した紫の熱線が赤い熱線とぶつかる。
周囲の気温がさらに上昇した気がした。
威力で言えば向こうが上だが、今は奴の攻撃を凌げればいい。
案の定というべきか、上半身の服は焼け落ち皮膚は焼けただれていた。
だが、そんなことはどうでもいい。
痛みすら僕には心地よかった。
「これでまだ戦えるっ! もっともっとやろう!!」
さらに大量の魔力を、行使している魔術に流し込む。
紫の熱線はより強力となって、敵の熱線を押し返し始める。
「グガッ!?」
今度はベヒーモスが焦りを見せた。
最大の攻撃であるはずのブレスが負けているのだ。
たとえ魔術が効かないと分かっていても、プライドは傷つけられる。
魔界の怪物としての、上位捕食者としての、誇りが。
すると熱線の勢いが強まった。
だが、ここから見ると、かなり無理をしているのが分かる。
ベヒーモスの額に玉のような汗が吹き出していた。
まぁ、魔力をエネルギーとして使っているブレス攻撃だが、延々と吐き続けられるわけじゃない。あの攻撃の弱点は息が続くまでしか出せないことだ。
一応、ブレスと名前が付いているわけだしね。
(ご主人様、いつまで遊んでいるつもりですか)
(あ、イリス。無事だったんだね)
脳内にイリスからの通信が入る。
どうやらどこかで戦いを見ているようだ。
(まだ戦っていたいなぁ。すごく楽しいんだよ)
(はー、またですか。いいから早く仕留めてください。逃すと後々厄介なことになりますからね)
(それはそうだけど……もう少しダメ?)
(ダメです。いい加減にしないと春画コレクションを焼きますよ)
僕の背筋が凍り付く。
そこでようやく高揚感が薄れた。
よ、よーし、ベヒーモスを倒すぞ!
魔術で熱線を押しつつ僕自身も前に進む。
そして、奴の攻撃が限界を迎えて放射が途切れる。
僕はほぼ同時に魔術をキャンセルして加速した。
「奥義・魔天崩撃」
渾身の拳がベヒーモスの眉間にめり込む。
怪物の瞳孔が開いてぐらりと倒れた。
大地に横たわると、その後はピクリともしない。
それもそのはず、僕の攻撃によってベヒーモスの脳は破壊されたのだ。
魔天崩撃は内側に衝撃を閉じ込めて内臓を破壊する技。
いかに強靱な肉体を誇っていようとこれを防ぐことは難しい。
その反面、この技は使う側にも大きな体力の消耗を強いる。
ここぞと言う時にしか使えない奥の手なのだ。
僕は適当な場所に降りて岩に腰掛けた。
すでに魔闘術は解除済みだ。
「ふぅ、調子に乗りすぎたかも」
「その通りです。最初から本気で行けばそのような状態にならなくて済んだものを」
ストッ、と空から降り立ったイリスがそんなことを言った。
彼女は服が焼かれたせいで下着だけの状態だった。
白い肌にピンクの下着が僕の目に入る。特に大きな胸は目に毒だ。
「恥ずかしいから何かで隠してくれないかな」
「いいえ、見せているのです。せいぜい私の魅惑ボディに興奮すればいい」
くっ、童貞の僕をからかって何が楽しいんだ。
落ち着けロイ。冷静になるんだ。
心頭滅却。無の境地に至れば火もまた涼しい。
百年と言う時間は僕に究極の技を与えた。
その名も『スーパー賢者タイム』
これによっていつでもどこでも賢者モードになれるのだ。
欲が消えた僕は専用空間から一枚の布を取り出す。
それを素早くイリスに羽織らせてあげた。
「君の姿は僕には刺激が強すぎる。魅力的で美しすぎることを自覚して欲しいな」
「ちっ、例のあれを発動させたのですね。まぁいいでしょう、今回は見逃してあげます」
イリスはそう言いつつ顔を紅潮させて布にくるまる。
どうやら意地悪をする気は失せたようだ。
危ない危ない。部下の前で下半身が元気な姿を見せるわけにはいかないんだ。
僕にも魔界の賢者としての誇りがあるからね。威厳を失うわけにはいかない。
「ところでお体は大丈夫でしょうか」
「うん、このくらいならすぐに治るよ」
ブレスにさらされた時間は思うより長くはない。
それでも至る所がヒリヒリするのは仕方のないことかな。
念の為に僕は回復薬を取り出して口にする。
火傷はみるみる消えて行き、元の状態へと戻ってしまった。
うんうん、やっぱり僕の作った回復薬は効き目バッチリだよ。
不意に馬の嘶きが聞こえる。
空から降りてきたのは少女を乗せた小太郎だった。
少女は素早く飛び降りると僕に駆け寄る。
「お主! 本当にベヒーモスを倒してしまったのじゃな!」
「何度か戦って倒した経験があるからね。ところで君の名前は?」
「アタシはプリシア・ウィリアムズ! 六賢者の一人じゃ!」
「賢者!?」
僕は驚きのあまり後ずさりする。
え? え? プリシアって賢者だったの?
だってレイモンドはそんなこと一言も……。
いや、そんなことよりもまずは挨拶だ。
六賢者と言えば平民であり村人である僕にとっては雲の上のお方。
それにここで仲良くできれば人間界の知識を沢山与えてくれるかもしれない。
なにごとも第一印象が肝心だ。貢ぎ物を渡しつつ自己紹介する。
「僕はロイ・マグリスと言いますっ! 貴方とはぜひ親交を深めたいと考えておりました! あの、これは友好の証として是非受け取ってください!」
僕はプリシアに小さな小箱を渡す。
彼女は首をかしげつつ箱の蓋を開けた。
「僕の作った若返りの薬です」
「ふむ、若返りの妙薬か。アタシもよく飲んでおる」
「すでにお作りなっていたんですね。じゃあこれは選択ミスかな」
「待て! なんじゃこの魔力の濃度は!?」
小瓶に入った白色の液体を見てわなわなと震える。
だが、彼女は何かに気がついたように首を横に振ると、小瓶の入った小箱を地面に置いた。
「そんなことよりお主は本当にロイ・マグリスか?」
「ええ、同じ名前の別人がいない限りは」
「出身はどこだ?」
「パタ村ってところです。今はもう町になっちゃいましたけどね」
「――!!」
プリシア様は何も言わず僕に抱きついた。
突然のことで僕は慌てふためき、頭の中は疑問符で埋め尽くされる。
イリスがすぐさま怒りを露わにする。
「この女! 私のご主人様に!」
「まぁまぁ落ち着いて。何か事情があるのかもしれない」
「そんなものはありません! きっとご主人様の肢体に欲情したのです!」
「君の怒っているポイントが僕には分からない」
するとプリシア様はぐすぐすと泣き始めるではないか。
僕の頭はさらに混乱する。
「お兄ちゃん、アタシのこと忘れちゃったの?」
彼女の言葉に僕は心臓を鷲掴みにされたような感覚を味わった。
そうだ、なぜすぐに気がつかなかったのだろう。
声も姿もそっくりじゃないか。
原因は恐らく、家族は全員死んでしまったなんて思い込みがあったからだろう。
それにあの頃とは格段に成長していて、僕の中の彼女と姿が重ならなかったのもある。
僕の胸の中で顔を上げたルナは、涙と鼻水で酷いありさまだった。
「ルナ……なのかい?」
「そうだよお兄ちゃん。ずっとずっと会いたかった」
「ああ、ルナ! 僕も君に会いたかった!!」
百年ぶりに僕は妹を抱きしめる。
長かった。本当にここまで長い道のりだった。
もう二度と会えないと思っていた。
僕はようやく最愛の家族と再会したのだ。
自然と涙がこみ上げ止まらない。
ルナも僕も強く強く抱きしめ合って泣き続けた。
金木犀の木の近く。
オレンジ色の小さな花が舞い香る。
僕はこの日、何よりも大切な家族を取り戻した。
◇
ベヒーモスの死体が横たわるすぐ傍、僕らは布を広げてのんびり休息する。
「――にしても、お兄ちゃんは便利な術を持っておるの。こんな場所でティーセットを準備するとは恐れ入る」
プリシア――ルナは微笑みながら紅茶を一口含む。
すでに僕もイリスも新しい服に着替えている。
さすがにいつまでもあの格好じゃ恥ずかしいからね。
僕はコーヒーを飲み干すと、カップをイリスに返す。
散々泣いたから水分不足で喉がカラカラだったんだ。
最近の僕は泣いてばかりのような気がする。
僕とルナはお互いに今までのことをあえて聞かず、まずは久しぶりの再会を楽しんでいた。
そうなったのは当然と言えば当然だ。
永く年老いて死ぬような年月を僕らは離れて過ごした。
積もる話がありすぎてどこから始めればいいのかも分からないのである。
ただ、そんなことはどうでもいいのかもしれない。
僕がいてルナがいる。
それだけで満足だ。
「……ちょっと距離が近すぎやしませんか?」
イリスが僕らをジト目で見ていた。
確かに僕らの距離は近い。
僕の身体に寄りかかるようにしてルナが座っているのだから。
「ほら、久しぶりの再会だし。ずっと離れていたんだからしょうがないよ」
「それはそうですが……どうもその女からは油断ならない気配がするのです」
油断ならない気配? 今日のイリスはおかしいよ。
ルナは妹なんだから近くにいるのは当たり前じゃないか。
「その通りじゃ。アタシは妹なのだから隣にいる権利がある。どこの馬の骨かは知らぬが、余計な口出しは控えてもらおう」
「なるほど、ライバルというわけですか。よく理解しました」
イリスとルナの視線が正面からぶつかる。
よく分からないけどあまり良い状況じゃなさそうだ。
「そう言えばテトはどうなったんだろう。ルナと喧嘩して出て行ったって聞いたけど、やっぱり死んでたりするのかな。もしお墓があるなら行ってみたいんだけど、ルナは何かしらない?」
「…………」
ルナは急に黙り込んだ。
やっぱり触れてはいけない話題だったかな。
でもテトだって僕の可愛い弟だ。
どこで眠りについたとか知っておきたい。
ルナはしばらくしてから口を開く。
「テトも生きておる」
「え!? ほんと!? 嬉しいよ、またあの子に会えるなんて夢のようだ!」
「……でもお兄ちゃんは会わない方がいい」
僕は彼女からそんな発言が出て耳を疑った。
「僕は会っちゃいけないの?」
「きっと失望する。テトの今の姿に」
「どういうことだよ。ちゃんと教えてよルナ」
失望ってなんだよ。
僕は弟がどんな姿をしていようとそんなことは思ったりしない。
だって僕らはたった三人の兄弟じゃないか。
百年待ったんだ。そう簡単に諦めはしない。
ルナは僕の強いまなざしに深いため息をついた。
どうやら諦めて話をしてくれるようだ。
「お兄ちゃんはこの国が現在、戦争中なのは知っておるか?」
「うん、魔族とだよね。突然侵略を始めたとかなんとか」
「その魔族の支配者こそテトなのじゃ」
第一章 〈完〉




