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魔界賢者のスローライフ  作者: 徳川レモン
第一章 帰還

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十一話 血縁者

 ガラガラと幌馬車が草原をゆっくりと進む。

 実にのどかな風景だ。

 白い雲の浮かぶ青空に鮮やかな緑の草原は、ずっと見ていたいくらい気持ちが良い。おまけに草木の爽やかな匂いが鼻腔をくすぐり、小鳥達の鳴き声が心を和ませてくれる。

 僕らは王都から遙か北に位置するとある村へと向かっていた。


「違います。きちんと武器に魔力を通してください。これではムラがありすぎて使い物になりません。それに速度も遅い。敵に待っていてくれとでも言うつもりですか」

「分かってるけど難しいんだよ。魔力操作なんて今までしたことなかったし」


 イリスの指導にナッシュは眉間に皺を寄せて悩んでいる様子だった。

 一方で僕の近くに座っているライは、二人の様子を他人事のように見ていた。


「君も指導を受けなくていいの?」

「ああ、俺は大丈夫。ナッシュとは違って器用だからな。もうイリスちゃんには免許皆伝をもらっているんだ」


 へらっと笑うライに僕は感心した。

 魔力操作を覚えるのは結構難しいはずなんだけどな。

 やっぱり侮れない人物だ。


「すぴーすぴー、むにゃむにゃ……」


 アンリはというと、隅っこで猫のように丸まって眠っていた。

 昨日は夜遅くまで僕から術の指導を受けていたから疲れているのだと思う。


 新しい術の習得というのは簡単なことではない。

 どんな熟練者でも三日はかかるものだ。だけどアンリはたった二日で新しい魔術を習得した。これは高いセンスを持っていないとできないことだ。

 もちろん本人の高い意欲と努力がなければなしえなかったことだろう。

 久々に素晴らしい才能の持ち主と巡り会えて僕も楽しかった。


 これでナッシュが必殺技を覚えてくれれば、彼らから出された条件は達成できる。

 まぁ、本当はそこまで急ぐ必要はなかったんだけど、彼らのやってくれたことを考えると僕の気持ちが収まりが付かなかった。

 少しでも感謝を形として返したかったんだ。


「いい加減にしてください。何度言えば分かるのですか」

「いだだだっ! ちゃんとやってるって!」


 イリスがナッシュの頬を引っ張る。

 どうやら理屈で説明する彼女とは相性が悪そうだ。

 僕はナッシュの前に座るとアドバイスすることにした。


「魔力をビューと動かしてバシッと剣に満たすんだ。剣を身体の一部とイメージすればいい。あとはイリスに教えられた技でズバババッと敵を斬ればそれが君の必殺技だ」

「なるほど! そういうことか!」

「えぇ!? 今の説明で分かるのですか!?」


 ぎょっとしているイリスを余所に、ナッシュは先ほどとは打って変わってスムーズな魔力操作ができていた。

 やっぱりそうだ。ナッシュは僕と一緒で感覚派の人間だったんだ。

 うんうん、君の気持ちは良く分かるよ。論理的に説明されてもいまいちピンとこないよね。今でこそ僕もイリスのような説明をしたりするけど、本心ではもっと分かりやすく伝えられるのにって思ったりする。


「やっぱり後輩はすげぇな! めちゃくちゃ分かりやすかったよ!」

「なるほど……ご主人様と同じ人種だったのですね……どおりでいくら教えても理解できないはずです」


 イリスは納得した様子で溜め息を吐いた。

 きっと彼女は僕から魔術を教わっていた日々を思い出しているのだろう。

 ずいぶんと苦労をさせたからね。本当に申し訳ない。


「おい、あんちゃん達。もうすぐ村に着くぞ」


 御者のおじさんが僕らに声をかける。

 僕は立ち上がって馬車の前方を覗いた。


 地平線に微かにだが外壁らしきものが見える。

 白い煙がもくもくと立ち昇っていて、そこに人々の生活があることがすぐに分かった。

 あれこそがマグリス家が暮らしている”パナルロイ村”だ。


 僕は興奮のあまり今すぐにでも走り出したい気分だった。


 話は数日前に遡る。

 屋敷へと訪れたナッシュ達は、マグリス家が見つかったと僕に報告をした。

 ただ、王都ではなく現在は北の辺境の村に住んでいるとのこと。しかもそこに住む者はマグリス家らしく、今は結婚をして別の家名を名乗っているのだとか。

 念の為にその人物の年齢を聞いてみると今は八十歳だった。

 つまりルナとテトではない。恐らくどちらかの子供なのだろう。


 僕は少し迷ったがその人に会うことに決めた。

 家族がどんな人生を歩んで死んでいったのか知りたかったんだ。

 それに兄弟の子供が、その子孫が、どのような暮らしをしているのかも見ておきたかった。

 あれから百年。マグリスの血筋は豊かになったのか貧しくなったのか気になっていた。


 そして、僕らは王都を出発して四日目。

 ようやくその村に到着しようとしていた。



 ◇



 村に到着した僕らは幌馬車を降りた。

 パナルロイ村は僕が想像していたよりも綺麗な場所だった。

 石畳に敷かれ、村を横断するように流れる川には、石造りの橋が架けられている。

 家々もしっかりとした造りで、どこの家の玄関にも鉢植えが置かれていて可愛らしい花が咲いていた。村の中心にそびえ立つ丘には立派な屋敷があり、この土地の領主のものだと言うことはすぐに分かった。


「この村に元マグリスの人がいるんだね」

「まぁな、案内するから付いてこいよ」


 ナッシュ達はスタスタと先へと進む。

 妙に慣れた態度に僕とイリスは顔を見合わせた。


「もしや彼らはここへ来たことがあるのでしょうか」

「かもしれないね。冒険者って色々な場所へ行くみたいだしさ。きっとこの村も仕事できたことがあるんだよ……たぶん」


 言われるままに付いて行くと、すれ違う人々がナッシュ達に親しげに挨拶をする。決定的だったのはナッシュと同年代の少年とすれ違った時だ。


「よぉナッシュ。いつ帰ってきたんだよ」

「たった今だ。数日中に王都に帰るつもりだから土産話はまた今度な」

「んだよ、つまんねぇな。次に帰ってくる時は真っ先に声をかけろよ」


 少年は「じゃあな」とナッシュ達と軽く拳を打ち合わせてから去って行く。

 僕はこの状況を説明してもらう為に慌ててナッシュの肩を叩いた。


「帰って来たって言ってたけど、まさかここは君達の故郷なのか?」

「あれ? 言ってなかったか?」

「聞いてないよ。こっちは元マグリスの人が住んでるとしか話をされてない」

「悪い悪い。じゃあ改めて言うけど、このパナルロイ村は俺達赤ノ牙レッドファングの生まれ育った場所なんだ。ド田舎だけど見た目よりはいいところだぜ」


 ニシシと笑う彼に怒る気も失せてしまう。

 さりげなくアンリとライが補足の説明をしてくれた。


「実は私達、王都でマグリスの方を見つけられなかったんです。それで悩んでいる内に、ナッシュの大婆様の旧姓がマグリスだったことを思い出したんですよ」

「いやぁ、なんというかすげぇ偶然だよな。ロイって俺達ととことん縁があるって笑っちまった」


 あははは、と笑う三人に僕は冷や汗を流した。

 ……ナッシュの曾祖母の旧姓がマグリス? 嘘だよね?

 だとするとナッシュは僕の親戚ってことになるんだけど。

 イリスに顔を向けると彼女は僕を哀れんだような目で見ていた。


「ご兄弟の子孫がこのようなバカだったとは……ご主人様の心中お察しします」

「違うから! 僕は全然哀しいなんて思ってないから! 彼はあれだよ、ちょっと変わってるってだけで、本当はすごい才能を秘めた子なんだ! だからそんな目で僕を見ないで!」

「…………」


 ダメだ。僕にはナッシュをフォローできるだけの力がない。

 使えない伯父さんでごめんよ。

 イリスはぽんっと肩を叩いてニコッと微笑む。


「真のマグリス家の子孫はご主人様の子供だけですから大丈夫ですよ」

「家系図から除外するような勢いだよね!? そんなにダメな子なの!?」


 彼女は「フフ、冗談です」と先を進むナッシュ達を追いかける。

 一方で僕は未だショックが抜けきれない。

 ナッシュが血縁者だったとは心底驚いた。

 ただ、ある意味僕は運が良かったのかもしれない。

 もし彼と出会わなければこの村に来られなかった可能性だってあったんだ。


「おーい、尊敬すべき後輩! 早く来いよ!」


 遠くで手を振るナッシュ達に僕は手を振り返す。

 兄弟の子孫がちゃんと続いているって分かっただけでいいじゃないか。

 僕は彼らに向かって駆けだした。



 ◇



 ナッシュが案内したのは村の中心部に近い一軒の家だった。

 周囲の家々と比べると二回りほど大きく民家と言うにはかなり広い印象だ。

 建物自体は造られてから結構な年月が経っているようで、大切には使っているようだが、ところどころガタが来ているようにも見える。

 家がもう一軒建ちそうな面積の庭には、鮮やかな花々が咲き誇っており、小さな畑もあってトマトやキュウリが実っていた。質素だが決して貧しい暮らしをしているわけではないことがうかがえる。


 ナッシュは僕達を玄関まで案内すると、前もって何かを言うまでもなくドアを開けて中に入る。アンリもライも我が実家と言わんばかりに、無遠慮にスタスタと中へと入っていった。

 僕とイリスは少し戸惑う。


「我々も入ってもいいのでしょうか?」

「何も言わなかったし構わないんじゃないかな」


 恐る恐る玄関をくぐり抜けると、そこはリビングだった。

 使い古されたテーブルと暖炉が目に入り、陽光が入る窓際では一人の老婆がロッキングチェアに揺られて眠っている。

 ナッシュは彼女に近づいてトントンと肩を叩いた。


「大ばあちゃん、話を聞きたいんだけどいいかな」

「……おや、ナッシュちゃんじゃないかい。久しぶりだねぇ」


 老婆は目を開けて笑顔を浮かべた。

 その顔はどことなくだがルナとテトに似ている気がする。

 するとアンリとライが老婆に深くお辞儀する。


「お久しぶりです大婆様」

「アンリちゃんも来てくれたのかい。嬉しいねぇ」

「大婆様、ライが参りました。ご息災でなによりです」

「ライちゃんもずいぶんと男前になったねぇ。もう立派な大人だ」


 しわくちゃの顔をほころばせて老婆は何度もうなずく。

 それにしても幼なじみの家族と言うには妙にかしこまった感じだ。

 僕は疑問を感じてナッシュの肩を叩いた。


「大婆様というのは?」

「オレのひいばあちゃんだよ。つってもアンリとライにとってもそうなんだけどな」

「ちょ、ちょっと待って! じゃあ君達は親戚同士ってこと!?」

「それだけじゃないぜ。この村の大半はこのトンプソン家の親戚なんだ」


 僕はその衝撃の大きさに後ずさりする。

 嘘だよね……だってそれだとこの村のほとんどの住人は僕の親戚ってことになる。

 ただでさえナッシュが血縁者だったことに驚いているのに、アンリもライも兄弟の子孫だったなんてどんな確率だよ。

 これは魔界から帰って来て一番の驚きかもしれない。

 百年という歳月がどれほど永かったのかを思い知らされる。


「それでその人達は誰だい?」


 老婆が僕に目を向けた。

 すかさずナッシュが紹介をしてくれる。


「こいつらはオレの後輩だ! こう見えてスゲぇ奴らなんだぜ!」

「おやおや、いつもナッシュがお世話になっております。王都からさぞ長旅でしたでしょう、よければ今夜はウチに泊まっていってくださいな」

「それはそうと、大ばあちゃんって昔はマグリスって名前だったよな!?」

「いきなりなんだい。まだこの人達を話をしている途中だよ」

「いいからどうなんだよ!」

「……確かに結婚する前はマグリスって名乗っていたよ」


 ナッシュは「なっ! オレの言った通りだろ!」と振り返って僕に親指を立てる。

 彼女が僕の姪っ子である可能性が急上昇した。

 僕はイリスと視線を交わしてから老婆に話しかけた。


「初めまして。僕はロイ・マグリスと言います」

「ロイ・マグリス……?」


 老婆は目を大きく開いて僕をまじまじと見た。

 そして、口を押さえて震えるように泣き始める。


 突然の出来事にナッシュ達は戸惑った様子だった。


「ど、どうしたんだよ大ばあちゃん!? なんで泣くんだ!?」

「ごめんね。あんた達には悪いんだけど、この方と二人きりで話をさせてもらえないかい」


 彼女の言葉に三人は渋々応じる。

 イリスも気を遣って一緒に部屋を出て行った。

 老婆はハンカチで目元を拭いながら微笑む。


「初めまして。あたしはルナ・マグリスの娘、ヒルダ・マグリスです。今ではトンプソンって名字に変わっちゃったけどね」

「やっぱりルナの娘だったんだね。その感じだと僕のことは聞いているのかな」

「ええ、母の兄が魔界に落ちたと言うことは、幼き頃より聞かされていました。もう死んでいるとばかり思っていましたが、まさかこんなお若い姿で戻ってこられるなんて。兄弟と言うだけあってやっぱり顔が似ていますね。すぐに本物だと分かりましたよ」


 僕は彼女の横にしゃがんで手を握る。

 すると年老いたしわくちゃの両手が僕の右手を優しく包み込んだ。


「母は貴方が生きていていると頑なに信じていました。この村がどうしてできたのかご存じですか?」

「いや、知らない」

「ここは貴方がいつか帰って来た時に、居場所がないと困るからと母とその兄弟と両親で造った村なのです。この地方ではパナルはお帰りなさいと言う意味なのですよ」


 パナルロイ……お帰りなさいロイ。

 僕は涙が溢れて止まらなかった。

 ありがとう。ごめん。

 二つの言葉が僕の胸を強く締め付けた。


「まさかこの言葉を言える日が来るなんて……」


 老婆は「お帰りなさいロイ伯父さん」と笑顔を浮かべる。



 ただいま。

 僕は年老いた姪っ子にそう言った。



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