『トラベルコースター』
35億×2。
魔族亡き後、僅か数十年の間に増殖し過ぎた人類を抱える異世界は今宵も戦を行なっている。ガ◯ダム的なロボットを使って、しかも遠隔操作で。
ーー
さて、現実世界。
東京タワーに飛行機が突っ込んだ、100人死んだ。
新宿駅で通り魔事件、3人死んだ。
新潟病院で8人死んだ。
中国自動車道で追突事故、爆発炎上35人死んだ。
テレビから流れるそんなニュースを眺めながら、スマホから流れる大音量の黒人HIPHOPに耳を傾けながら、僕はおかきをかじっている。
ニュースは続く。
夫婦間の刺殺事件、1人死んだ。
野球場でデッドボール、1人死んだ。
中国自動車道の死者が増えた、37人死んだ。
近所の学校で飛び降り事件、1人死んだ。
連鎖的に別の学校でも飛び降り事件、2人同時に死んだ。
体育館で熱中症、1人死んだ。川で溺れて3人死んだ。助けに入った犬1匹と1人も死んだ。
僕はおかきをかじっている。
リビングから出て、トイレに行って自分の部屋でスマホいじって風呂入ってコンビニ行って薬屋寄って袋ぶら下げて家に帰って姉ちゃんの部屋にあるアイドル雑誌を何となく読み耽った。
と、ポケットの中のスマホから連絡音♪
母からだ。
『姉ちゃんが、亡くなりました。
東京タワーに飛行機が突っ込んで、そこにお姉ちゃんが乗っていたそうです。遺体はちょっと見つかっていないけれどお姉ちゃんが昨日お母さんに話していた話や空港の監視カメラにお姉ちゃんが映っていたこととか色々考えると、まず間違いないようです。これからのこと家族で色々話そうね』
僕は、スマホをお姉ちゃんのベッドに投げ捨てた。
信じられない想いで、汗ばむ手をしっかりとズボンで拭いてから、雑誌をいつもの百倍丁寧に本棚にしまってテレビをつけた。
どのチャンネルでも飛行機事故のニュースがやっていて、画面の中は映画みたいに大炎上だった。だけど、1つの局だけ、若い女タレントがフォアグラを頬張って「んー、おいひー」と大はしゃぎしていた。
ーー
さて異世界。
今日も大勢の転生者がこちらの世界にやってくる。
人口は増えるばかりだ。
世界は何の解決も見ぬ間に、新たな参加者を嬉々として迎え入れ、戦を行なっている。ガ◯ダム的なロボットに乗って、遠隔操作で転生者たちは戦っている。シェルターの中に身をひそめるお姉ちゃんは、大好きなアイドルが表紙を飾る雑誌を読めない世界で、熟練の兵士が遠隔操作する機体のミサイルによって爆散した。
ーー
僕と母さんは葬式に出た。母の運転する車で高速道路を降りて、葬式場に着いて、一番前の席に座って呆然としたまま読経を聞いて母さんが泣いていて、訳も分からないまま火葬場に行って、でも燃やしてあげられる姉ちゃんの身体はもうなくて、仕方なく姉ちゃんの大好きだったアイドル雑誌を燃やしてその灰を瓶に詰めた。
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異世界でも姉ちゃんが死んだ。
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あれから母さんはいつもリビングの机に突っ伏して、泣いている。最近、リビングの花瓶が萎れっぱなしだから花なんて興味ないけどとりあえず僕は水をやった。そのうち、母さんとちゃんと話をしようと思う。僕はとりあえず今日も学校に行った。授業には身が入らない。
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異世界に母さんが行った。
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遅かった。ちゃんと話をしない間に母さんが死んだ。僕はそれでも学校に行った。とりあえず、ちゃんと高校を卒業してそれから働くんだ。幸い母さんは僕が最低限生きる為の遺産を残してくれていた。
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熟練のパイロットが操縦する機体が、めちゃくちゃな数のバッタみたいに母さんの頭上を飛び交う日々が続く。母さんは、姉ちゃんが爆散したシェルターを見つけて線香をあげた。そして異世界でも死んだ。その頃、そんな世界があるとも知らず、たった2人の家族を失った僕は、高校を卒業した。就職先は決まっていたけど、直前になって何だかんだ嫌になって働くことはやめた。あれは2月のことだった。先方はえらく怒ったみたいだ。まあ、僕の預かり知ることではない。僕は浪人する。浪人して勉強して、お金がないから奨学金で大学に行って医者になる。頭が良くない僕が今更目指してなれるかどうかは分からないけど、誰かの命を助けられる仕事がしたい。何故って聞かれても分からない。多分全てが嫌になったからだ。それでも僕は生きていく。
fin.