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ヤオヨロズ企画

ワタクシはあなたの健康をいつも願っています <ヤオヨロズ企画>

作者: 有音 凍


 ワタクシは目の前にいるあなたに、どう呼びかけようか悩んでいます。


 チャーオというほどには、まだ親しい関係でもない。サルベというほどには、知的な挨拶は似つかわしくない。ボンジョールノというほどには、堅苦しい場でもないはず。ま、とりあえず、コンニチワと言っておきましょう。


 そんなワタクシを見るあなた。ワタクシはずんぐりむっくりとしたスーツを着ています。多少皺のよった白いシャツには、ワタクシの名前が記されています。ワタクシが上にひっかけている外套は、麦わらでできたもの。失敬、もしかしたら土臭い田舎の香りがするかもしれません。生まれは、それほど恰好ぶった場所でもありませんから。


 でも、ワタクシの首にある黒い鶏の紋章(マーク)が見えるでしょうか。ワタクシが由緒正しい生まれであることの証明。


 食通(グルマン)どもは、ガリア人の末裔が産み出す従兄弟達を評価しています。最近では、新世界の従姉妹たちが産まれて、評判を高めているようです。でも、伝統ということであればワクタシ達の祖先に敵う者はありません。ローマ時代、それ以前のエトルリア時代からの正統派なのです。


 イタリア半島はトスカーナ州キアンテイ地方からやって来たワタクシ。ワタクシを産み出したその地方には、歴史上優れて有名な政治家、政治学者がおりました。宮廷を追放る前の思い出にふけって官服を纏い、夜な夜な執筆活動に勤しんでいた彼。その傍らにもワタクシと同じ姿をした仲間がいたに違いありません。


 今は亡き彼の書斎は、ワタクシが命を深めたところ。その2階はワタクシの身分(ブランド)を証明する団体が居を構えています。そして、それらが入っている建物の向かい側には小さなレストラン。代表的なトスカーナ料理と父母たちが丹念に作り上げた我が兄弟達の姿。周囲には広大なブドウ畑があり、そこには我らの生命の源が見えています。


『山』と言うほどの意味を持つイタリア語を冠した会社の商社マンたちがいます。彼らの熱情に動かされて、父母と兄弟達に別れを告げたワタクシは、はるばる海路を1週間ほどをかけて、ここ日本にやって着ました。


 あなたがワタクシを見出したのは、千葉県に本社を置く大企業のグループ企業の系列店。世界から集まった兄弟たちや従姉妹たち、そして生まれ育ちも原料も違う親戚たちが並んでいます。


 今日はどいつにしようか? あなたはいつもそうやっているように、居並ぶ同輩タチを矯めつ眇めつ(ためすがめつ)選んだり、時には口に含んで試してみたり。


 本日のお勧めというPOPを眺めたあなたは、最近ではなかなかお目にかかれないワタクシの外套姿を見つけます。最近のワタクシは、大体において白いシャツだけで済ませているもので。


 ちと、これは良いお値段だなと見ていたあなたはしばし悩みます。そうこうすると店のソムリエが寄ってきて長口舌を垂れる。それなりの節度を持ったあなたはそれを半分ほど耳に入れる風でしたけれど、ホントは半ば聞き流していたのですよね。


 小説を書くのを趣味にしているあなたは、こいつをやりながら一つ故人のひそみに(なら)ってみようか。そんな思いを得ていたのでしょう。ゴクリと喉を鳴らして、買い物かごにワタクシをスルリと入れました。


 そして夕食の時間。その時にワタクシが登場する手もありましたが、本日のメニューは(カレイ)の唐揚げ。とてもいい香りがして美味しそうですが、それとワタクシを合わせるほど無節操ではないあなた。賢明にも冒険はおやめになられたようでホットしました。


 麦酒(ビール)とカレイを交互に口にして、時折塩ゆでの落花生を放り込み、それなりのお腹が出来たところで手を止めます。お皿を流しの中のタライにつけ込んだあとは、自室のPC(執筆道具)の前へ。


 ワタクシを脇のテーブルにデンと置き、素焼きのコップを配置します。ナイフとスクリュウはどこだったかなと机を探り、見つけたその道具を使ってフィアスコの口を剥がします。そしてグリグリと器具をねじ込み十分な深さに達したのを確かめ、ググっとコルクを引き抜きます。


 スポン! という良い響きと共に、私の本体が空気に触れてベリーやフローラに色づいたワタクシの香りが溢れてきます。あなたは、おかれた陶器の容器にワタクシを盛大に注いでくれます。リストランテ(一流店)では許されない、トラットリア(大衆レストラン)でも誉められたものではない注ぎ方。


 でも、それで良いのです。ワタクシはバール(居酒屋)で飲むものではなく、そう、気心の知れた仲間たちが集うオステリア(大衆食堂)で楽しみながら騒ぎながら飲むもの。


 今日のあなたは一人寂しく執筆活動ですが、なに、ワタクシがいますよ。


 では乾杯しましょう~ サルーテ(ご健康を)





分かる人には、三段落目でわかります。いや、四段落かな。


あとで、気づいたのが、これって某イタリア大好きおばさまの作品のオマージュじゃないか。パクりじゃないよな擬人化しとるしな。まぁいい、あの作品のお陰で、ワインをグビクビやるようになっちまったから酒のせいだよきにしない。


商品名は出せませんが、キアンティ・クラッシコ・リゼルヴァ。マキャリベリのワインですね。あ、いけね、クラシコだと大衆食堂で飲まないかも、安いのもあるけどね。


こも包みのこいつは輸入されていないと思います。古い年代ものキャンティが家にあったもんで、つい着想が。祖父のものだから、中身は酢になっているかなぁ。 


で今日のお酒は、熱燗です……なにかこう寒かったもので。

投稿したら本格的に飲みます~。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんな友に見守られていたならば、筆……いえタイピングの指も進みましょう。 あまり過ごしますと、夢の中にいたりもしますが。
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