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いよいよ、本格的に雨季が始まり、激しい雨が降る。
俺は、一人雨具を身に着け、辺境の牧場町を一人見回りしている。
「まさか、ジニーがあそこまでごねたとは――」
中級の火精霊と契約したジニーだが、この雨季の激しい雨の中で外出を控えさせるために、基本的に鍛錬は中止とした。
基本的に精霊との対話と魔力の操作や感知、室内でできる軽い柔軟運動などの地味なことを申しつけた。
それに対して、リア婆さんが喜び、これを機に薬師としての勉強も進めようとさせた。
だが――
『雨季の間、鍛錬しないと体が鈍りそう。だから、中止にしないで、お願い。ヒビキお姉ちゃん』
『ヒビキお姉ちゃん、ですって! ふふっ、お姉さんに任せなさい! それで、コータス、どうにかならない?』
ジニーに懇願され、ヒビキが早速陥落してジニーの味方になってしまった。
だが、俺の答えは――
『ジニーの安全のためだ。嵐の中を鍛錬だから、って理由で外出してきたら、流石に危ないだろ。そもそもリア婆さんが許さないだろ』
俺の言葉に、今度は、ジニーがリア婆さんに頼む。
『お祖母ちゃん』
『……ダメだよ。二人は、好意であんたに色々と教えてくれているんだ。なら、その通りに従いなさい』
きっぱりと言うリア婆さんに、ジニーちゃんは、しゅんと気落ちして猫精霊が前足をポンと太ももに乗せて慰める。
その様子を見たリア婆さんは、溜息を吐いて、妥協をする。
『はぁ、全く……仕方がないねぇ』
『リア婆さん、そう言われても困るんだが……』
『なにも、雨季の鍛錬をこれまで通りしてくれ、って訳じゃないさ。ただ、天候を見て、あたしが行っていいか判断する。その時だけジニーの面倒を見ておくれ』
そう言われて、俺もそれなら、と納得する。
ただ、他にも幾つか条件を付ける。
鍛錬の日は、これまで通りだが、リア婆さんの判断で激しい雨の日や風が強い日などは、中止させる。
次に、雨などが弱くても牧場関係の仕事が忙しい場合には、俺やレスカの判断でジニーの鍛錬を中止にするなどのジニーの安全面に配慮した内容を話し合った。
そして、その日から数日が経ち、今日は本来、ジニーの鍛錬の日だが、激しい雨のため予想通り中止となった。
きっと、今頃は、リア婆さんに薬師の勉強を仕込まれているだろうな、と思いながら牧場町の見回りをする。
「おーい、騎士野郎! 商人の荷馬車が泥濘みに嵌ったから手伝え!」
「わかった!」
雨具を身に着け、牧場町を見回りしていた俺は、牧場町一番の牧場主の息子であるオリバーに呼ばれ、轍に嵌った荷馬車を動かすのを手伝いに現場に向かう。
そこで見たのは、荷物を積み込んだ荷馬車が話の通り、轍の泥濘みに嵌っている姿だ。
「これは、一度積み荷を降ろしてから動かした方が早いよな」
「そんなの分かってる。左遷野郎もさっさと手伝え」
俺の呟きに、オリバーが悪態を吐きながら、荷馬車を動かすために集まった自警団の人たちと一緒に積み荷を降ろす。
荷馬車の積み荷が半分くらいになったところで自警団が荷馬車を後ろから押し、車輪の下に木の板を敷いて、押し始める。
「うぉぉぉぉっ!」
「ぐぬぬぬぬっ!」
「ふぅ――《オーラ》!」
力自慢の男衆が顔を赤くして押す中で、俺は身体強化の魔法を使い、押していく。
少し動き、木の板の上に乗った車輪がそのまま進み、見事に轍から抜け出すことができた。
「よし、動いたぞ。また、下ろした積み荷を乗せろ!」
そして、全員で協力し合った自警団と俺は、最後は少し出発が遅れた商人を見送る。
「よし、次の仕事行くぞ」
「俺は、待て。俺は町の見回りを」
「左遷野郎! 今は、見回りよりも先に必要なことがあるんだよ! てめぇも手伝え!」
俺はオリバーに毛嫌いされているが、根は真面目なために自警団と共に俺を連れて移動を始める。
その際、なんか大変だな、と若干馴染みの自警団たちに肩を叩かれ、その際に泥に塗れた掌が雨具に跡を残していた。
まぁ、その汚れもこの後に分からないくらいに汚れるが――
「よし、養殖場の付近に土嚢を積むぞ!」
「養殖場?」
「チッ、左遷野郎は、初めてだから、一から説明してやる!」
この牧場町は、町の西側に河川がある。
その形は、緩やかに波打っているが、こうした雨季で川の水量が増す時は、カーブしている部分を土嚢を積んで補強する必要がある。
そうでなければ、町の西側は、浸水してしまう可能性があるのだ。
「俺がガキの頃に一度、川が決壊して浸水した。その時、川の上流から流れてきた水棲魔物が町の中に入り込んだりした! だから、これは欠かせねぇんだ!」
「なるほど、わかった!」
「よし、なら災害用に用意された土嚢を積み上げろ! ただ、絶対に危ない場所に近寄るな! まだ水量はそこまで多くないが、鉄砲水で流されたら死ぬぞ!」
俺は、自然相手に危機感を改めて思い出し、オリバーの指示に従い土嚢の運搬を手伝う。
農業などに適さない土などは、頑丈な麻袋に詰めて、土嚢として保存しているようで、一つで15キロほどある。
それを一つずつ運ぶ自警団たちに対して、オリバーは、両肩にそれぞれ一つずつ載せて運び、俺を見る時、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「なるほど。すまん、俺の肩にもオリバーと同じように載せてくれ」
「えっ!? あ、はい。わかりました」
左右の肩に一つずつ載せたが、まだ余裕がある。
「もう一つずつ載せてくれ」
「えっ、あっ、はい」
左右に二つの土嚢袋。合計60キロのものを指示された場所に運ぶ。
「なるほど、腕の筋肉とバランス感覚が必要だな。これもこの時期の風物詩の鍛錬か」
そして、一度土嚢を置いたオリバーとすれ違い様にこちらを見られるが、驚いたように目が見開かれた。
「ぐぬぬっ、左遷野郎! 俺だって!」
そして、決壊しやすい場所を補強し、もしも水が溢れても町には入らないよう、南西側にあるトレント牧場まで水路のように土嚢を積み上げていく。
それによって、トレントが水分を吸い上げてくれるので、町への浸水の被害を抑えることができる。
そうして、また新たな土嚢を運ぶために戻るとその時、オリバーは、左右合わせて5個の土嚢を肩に積んでいる。
「なるほど。オリバーもああやって鍛錬していたのか。なら、負けられないな」
そうして、俺は、土嚢6個を積んで移動すると、今度は、オリバーも6個にして運ぶ。
これ以上の重さだと身体強化を使えば運べないことはないが、流石にバランスが悪くなるが、オリバーと共に6個ずつ土嚢を運び、作業をしていくとかなり作業のスピードが上がる。
「この体力お化けの左遷野郎! なんて運び方しやがるんだ!」
終わり際に肩で息をするオリバーを見たが、やはりオリバーは真面目で責任感が強いな、と思いながら、自警団の次の仕事を尋ねるが――
「もうねぇよ! 帰れよ!」
何故か、オリバーに怒られ、そんなオリバーに他の自警団の面々が宥めに入る。
なので、俺は、町の見回りの続きをした。
その途中、どんよりとした空を見上げると遠くの方の雲はより黒く厚く存在した。
「もっと天気が荒れるかもな」
町の見回りを終える頃には、雨具の隙間から水が入り、服やブーツの中は、ぐっしょりと湿り、体の熱も奪われる。
早く帰ろうと思い、足早にレスカの牧場に帰った。
「ううっ、おはよう……少し寝るつもりがしっかり寝ちゃったわ」
牧場に帰れば、今起きたばかりのヒビキがラフな格好で頭を抑えながらのろのろと食堂にやってきた。
おやつの時間は大分過ぎ、もうじき夕飯の時間になろうとしている。
「ヒビキさん、お水いりますか?」
「ええ、レスカちゃん、お願い。こう、雨が酷いとジニーちゃんも来ないし、革細工に魔法を付与するお仕事もないから少し外が薄暗いから寝ちゃおうと思ったら、寝過ぎたわ」
そう言って、欠伸をして、寝癖の付いた頭を掻くので、やっぱり家ではだらしないヒビキに眉を顰める。
「大丈夫なのか? そんなんで夜は眠れるのか?」
「寝れそうにないわねぇ。だから、夜遅くまで本でも読んで過ごすわ」
また不摂生な生活を、とジト目を向けるが、レスカはクスっと小さく笑う。
「私の叔父も同じような感じでしたね。晴れた日は、牧場仕事でお金を稼いで、雨の日とかの天気が悪い時は、牧場仕事はお休みで魔物研究の本や資料を読み漁ってました」
「へぇ、話に出てたレスカちゃんのおじさんね」
そこからレスカが夕飯を作りながら、どんな風に雨の日を過ごしていたか、などを教えてくれる。
レスカの場合は、牧場仕事の合間に溜まった牧場経営の収支計算をしたり、他に加える畜産魔物の候補を選定するために魔物の資料を読み解いたり、興味の範囲の読書をしたりするらしい。
「そう言えば、コータスさんは、雨の日ってどう過ごしていたんですか?」
「基本は、体が鈍らないように室内鍛錬だが、それ以外だと義弟と過ごしたり、俺に色々と教えてくれた師匠の騎士から宿題代わりに本を読まされたな」
一応養子と言え、そして名誉貴族とは言え、貴族だ。
なので、室内での過ごし方としてチェスなどの盤上遊戯は家にあるが、俺や養父は、苦手としている面がある。
なので、もっぱら宿題代わりに出された様々な分野の本を読み、それについて義弟に噛み砕いて説明して過ごすなどしていた。
その経験は、ジニーに冒険者としての知識を教える時は、非常にためになっていると思う。
そんな風に、時間を過ごしレスカの作る夕飯を食べて、俺たちは早めの就寝をする。
モンスター・ファクトリー1~3巻が発売中です。
書店で見かけた際には、ぜひ手に取っていただけたらと思います。
また、Web版第4章は、毎日投稿の予定です。
改めてよろしくお願いします。









